226-地の精霊殿と僕
「はいはい、今開けます……って、あれ、前と違う?」
集音の魔法をカバンシ殿が掛けて下さったのだろう。
スーツ姿の多分幹部の声が天井裏の僕の耳にも届いた。
柱と柱を繋ぐ梁の上の僕。
天井板の隙間の小さな隙間から覗くと狭い室内は十分に見渡せた。
ガンガンガン。
かなりの騒音なのは、天井に潜む僕の気配を悟らせない為だ。
頑丈そうな扉に組み込まれた魔石は装飾の様だ。魔力を吸収される様子は無い。
室内には多分多くても五人。対応する一人を除いたら、四人。
多分、僕がこのまま身を潜めていれば、父たるアタカマ・フォン・コッパー騎士団副団長や他の皆様方だけで、ほぼ無傷の制圧となる筈だ。
それにもかかわらず、無言で第二王子殿下が転移座標を示された高感度の転移陣を貸与して下さった英雄ハンダ-カーボン殿。
「連中の部屋の座標を使えば君なら少しずらして何処かに潜む事は可能だろう」
お言葉を下さった召喚竜カバンシ殿。
「……スズちゃん、あ、スズで良いのか? じゃあスズさあ、精霊達に気に入られてるから精霊獣を召喚するよりも精霊に話しかけて協力してもらったら良くねえ? ほら、今耕した土とか、分かるだろう? 気配。ほら、やっぱり! な?」
辺境区の開墾をしながら、僕が精霊殿に声を掛けさせて頂く機会を下さった緑殿。
皆様歴戦の方々であられるのに、若輩者の僕に対してたいへんに大らかに接して下さる。
『スズオミ、貴男の魔力はかなりのものです。己を高めなさい。アタカマちゃんを宜しくね』
『行って来い。君と本気で戦えることが嬉しい。君の相手に相応しい自分でいられる様に努めるよ』
送り出してくれた厳しく優しい母と、僕が最も憧れる
そして、大切なあの方々の御為に。
『室内に
手を組み、魔力を集めて願う。
お声は聞こえない。しかし。
「いや、違わねえよ。増えただけだ。ダイヤモンド階級冒険者ハンダ-コバルト、召喚竜カバンシ、それから天下の高位精霊獣緑さんだ! 残るお一人は自分で名乗られるから待ってろ! いざ、尋常に成敗されろや!」
「ああ、それに加えてコヨミ王国王国騎士団副団長、アタカマ・フォン・コッパーが加わっただけだ! あとは正式なお前らの拘束許可関連書類だ。見ろ! あ、写しだから燃やしてもダメだからな?」
明らかに動揺している対応者。
「たかが獣人の為に、か? 面白い事を言うな」
カバンシ殿の怒りの魔力に、僕は震えそうになるのを押さえた。
「ごまかす必要はない。年少者を労働者として売買する事を禁ずる我が国、コヨミ王国にお前らは人を送って寄こした。それを裏付ける証拠を入手したから我々が来た。それだけの事だ。ああ、安心しろ。お前らだけではなく、購入した連中も平等に裁かれるからそこは心配するな。我が国は大国ではない中堅国だが、中立国で中庸国なのだ。覚えておくと良い」
父からも、静かな怒りを感じた。
静かな笑顔が対応者に更なる恐怖を与えている。
「緊張してやがるな。暴れ牛の件か? 噂じゃなくて本当だよ。但し、一頭じゃなくて五頭だ。ああ、申し遅れましただな、俺が噂の第三王子殿下の鬼の召喚獣さんだよ。ほら、その扉から離れたお前、逃げるな!」
緑殿はきっと、奴に上を見せまいとして下さっているのだろう。
扉から離れた。……無謀過ぎる。
「……逃げるのではない! 良いのかお前ら! 第二王子と聖女候補と聖女候補みたいな第三王子の婚約者を放っておいて! あとは執事が二人位ではとてもとても! 早く行かないと……ぶげえ!」
ハンダ殿の手刀だ。
魔力を用いずにあの威力。正に刀。
よし、今だ。
『な、何だよ壁が……。おい、どうなってんだ!』
多分、対応者……スーツ姿に次いで魔力が高い者だろう。
その者だけが自分が土壁から現れた土に埋められた事に気付いた。
だが、それだけだった。
「俺達以外の人員については伝えてないのにそんな事まで知っているとは。そのネクタイに付いているやつ、随分お洒落なネクタイピンだなあ。魔道具だろ? おい、そっちにいる奴等に言うぞ。そのお方達は強いからな?俺らを相手にするくらいの覚悟じゃねえと、やべえぞ。……よし、忠告終わり」
良かった。
元々あちらの皆様方は僕が心配する必要等ない方々なのだが、やはりご無事なご様子だと確認出来るとほっとする。
『お力をありがとうございます』
感謝を込めて、ご協力頂いた精霊殿達に魔力をお渡ししようとしたら、これくらいなら少しで構わないよという様に多少の魔力の減りを感じた。
まだまだ未熟な僕を
「……おい、忠告だけなのか? 本当に行かなくて良いのか?」
「良いと言っているだろう。それに、まだ他にもおられるし紛れているから、せいぜい気を付けるがいい。……と伝えてやれ。ああ、終わったか」
はい、時間稼ぎをありがとうございました、父上、皆様。
軽い転移魔法と浄化魔法を掛けてから父に軽く礼をした。
『よ・く・や・っ・た・な。』
精霊殿のお力をお借りしたからではあるが、それでも嬉しい。頬を緩ませない様に気を付けよう。
「心配ですか? お仲間は全員土壁に埋めてあります。鼻と口、どちらかは空けましたから呼吸は出来るでしょう」
僕を見て、スーツ姿の幹部らしき男は口を少しだけ動かして、驚愕した。
「ああ、自己紹介が必要ですか? 僕はスズオミ・フォン・コッパー。副団長の実子です。それでは」
自己紹介も済み、仲間と同じようにしてやろう、と思ったら。
「……似てねえ! モガモガ……」
多分、渾身のツッコミ。
似てない?
自分ではそこまで驚かれるものなのかは分からないが、やはりそうなのだろうか。
確かに父の方が縦横はかなり大きいが。
大丈夫、とばかりに一瞬、涼やかな風が吹いた。
ありがとうございます。地の精霊殿。
お声を聞く事は出来ないが、僕と父の魔力が似ていると憤って下さったのだろう。
思いやって下さるお気持ちが嬉しい。
そして、これにはお礼の魔力はいらないよ、とばかりに精霊殿の気が動かれた。
その場に突如、土柱が出現。
室内の土壁を媒介にした陣無しの土石召喚。
錬金術師と勘違いしただろうか。
まさか、という表情のまま、スーツ姿の視界は消えていった。
「何を言ってんだ、こんなに似てるのに」
「いや、アタちゃん、それはさすがに。それにしてもつまんねえなあ、スズが全部退治しちまったか? あ、いや違うな。まだたくさんいやがる」
うん、確かに多い。
ただ、次の相手はただ押さえ込めば良いというものではない。
出来る限り説得を、と皆様もお考えなのだろう。
それにしても、かなりの人数だ。
スーツ姿の執念? 深さには驚く。
せっかく精霊殿が形成して下さった土柱だからなるべくならこのままにしておきたいものだけれど、ここは静かに待機して皆様方の指示を仰ぐ事にしよう。
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