幕間40- 小さな勇姿
「先生、もう一度お願いします」
しまった、と感じた時にはもう遅かった。
孤児院数が大陸内で最少とされるこのコヨミ王国内では最大規模の孤児院。
間違えてはならないのだが、備えられていないのではなく、備える必要がない為に最少なのである。
逆に、聖教会関連施設は聖教会が存在する大陸内の国の中ではコヨミ王国のそれが最大規模だ。
そんなコヨミ王国の孤児院で長く働くドワーフの女性職員
例えば、辺境伯に憧れて辺境警備隊に入隊した若手連中が研修として孤児院に送り込まれた時に、
「せっかく憧れの辺境警備隊に入隊出来たのに子供の相手か……」という態度や言動を示した瞬間、エルボーや張り手や卍固めを決めて、資格無しと警備隊に報告したのも一度や二度ではない程だ。
辺境という土地柄、武闘派職員は彼女だけではないのだが、院内最強が編である事は間違いない。
その編がしまった、と思い、すぐに間違えてしまったと感じた事は。
「あ、あのね、アベリア。聖女候補様と筆頭公爵令嬢様は貴女にお話を聞いて、責任者である私に被害状況の報告書を出して欲しいと仰っておられるのよ。小さい子供が直接現地になんて、危険なのは勿論だけれども、皆様にご迷惑でしょう?」
クリームホワイトの毛並みが生えそろい、益々可愛らしくなった人型の猫獣人の美少女に伝えた言葉だ。
「先生のお話になった事はきちんと理解しているつもりです。あたしがあいつらにされた事、爪を剥がれて、毛を抜かれた事をお話して、先生から皆様にお伝え頂いたらしたら良いのでしょう?でもあたし、あいつらの所に行きたい。こいつらが、あたしを、あたし達を、魔獣狩りをするみたいに狩って、その次は飼ってやるって言って首輪を付けたって、正面から言ってやりたいの! 無理なら、犯人です! って言うだけでも! あたしはお兄ちゃんのお陰で逃げられたけど、友達とか、たくさん……」
ああ、やはり、言い方を間違えた。
編は自分の行動に腹を立てた。
血は繋がらないものの、身を寄せ合って暮らしてきたという血よりも濃い関係であろう狼獣人の兄の事をこの子、アベリアに思い出させてしまった、と。
もう少し上手く、せめて、高貴な身分やお立場でありながら周辺国の薄汚い連中を征伐しに行かれる皆様方がご出発をなされてから伝えるべきであった、と編は改めて後悔した。
この少女、猫の獣人アベリアは自分の爪が剥がされたものであった事に気付いてくれた医療副大臣のご令息と、その負傷に加えて更に首輪で痛めつけられた首の毛根まで治して下さった聖女候補様とそこに強い補助を成された聖女候補様に並ばれる程の魔法の使い手であられる筆頭公爵令嬢様に心酔しているのだ。
それも、ただの憧れではなく、きちんと地に足を付けて学問に励み、素晴らしい方々に少しでも近づける様に切磋琢磨したいという殊勝な心掛け。
教え導く立場としては、それはとても誇らしい。
元々この子は高い魔力や愛らしい容姿に奢らない、優しく賢い子でもあった。
実際、辺境伯閣下と第二王子殿下、そして辺境にさえその噂が届く筆頭公爵令嬢様のご婚約者第三王子殿下のご発案で辺境区に、しかも王国民でない者までが学べる機関がこれから増えていくらしいのである。
学び、成長出来る機会。
それに備えて、心穏やかに過ごしていて欲しかったのだが。
仕方がない。
こんな風に決意をした者に、
教育者としての矜持だと、編はアベリアをしっかりと見詰める。
そして、伝えた。
「……アベリア、それなら約束して。聖女候補様や筆頭公爵令嬢様、医療副大臣のご令息、いずれかの方にお断りされたら、わがままを言わずに私と一緒に皆様の為に精霊王様と聖霊王様とコヨミ王国の初代国王陛下にお祈りをしながらお待ちすると。それを約束出来るなら、貴女をお連れ頂けるかをご相談申し上げます」
尊敬する大好きな職員の言葉に、少女の顔が綻ぶ。
「ありがとうございます、編先生! あたし、そのお約束、必ず守ります!」
辺境区のある日の、孤児院での一幕である。
※瞞着……ごまかすこと、だますこと。
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