214-現実の僕

「あれ、羽殿、皆も。カントリス君、良かったよ、体調は良さそうだね。こちらの調査が全部終わったから顔を見せに来てくれたの?」


 ああ、この方だ。

 あの夢の中で、僕を助けて下さった方は。


 何故かは分からない。だがそう感じた。

 それが全てだ。


『いえ、殿下、ご多用の折に恐縮にございますが、このカントリス・フォン・マンガン伯爵令息が先程夢渡りにてこの様な手紙を託されました事をご報告に上がりました次第にございます。イットリウム、殿下にお渡しを頼めるかな』


 僕の思いをご存知なのか、羽殿が殿下に話を向けて下さった。


「分かりました、羽殿。殿下、こちらにございます」

 丁重に、あの封書を殿下に捧げるイットリウム。


 それを見詰めておられる殿下の表情は真剣そのものだ。


「……これって」


 初代国王陛下が愛された花、桜。

 その色が幾重にも重なる美しい封筒は貴族階級の僕達も見惚れる程の品。


 そもそも、印刷技術が高い我が国でも斯様な印刷技術は見た事がない。

 だが恐らく殿下はそこではない箇所に驚いておられた。しかも、この品に既視感をお持ちの様に見える。


 羽殿をちらと拝見したら、先程の通りに、という様に羽を僅かに揺らされたので、僕はそれに従う。


「……ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ第三王子殿下、御身に僕が夢の中で見聞きした内容をお話してもよろしいでしょうか」


「……頼む」

 一礼して、僕は話し始めた。


 できる限り主観は入れずに、そのままに。


 まずは、あの言葉からだ。


『「あ、カントリス? 何でこっちで? そうか、お前もついに。これで攻略対象者は全員か? あ、お前また女性に囲まれて! ほら、こっちに来い。皆さんごめんなさい、この人、婚約者がいてその人に誤解されない様にしたいタイプの人なんで離れてあげて下さい。……あ、そこの人は『キミミチ』やってるんだ? いや、似てるけどね!」』


 鳥の姿に戻られていた茶色殿も何かを思われたのだろう、魔道具開発局局長殿と何やら話をされている。


 それからも、僕は続けて話をさせて頂いた。


「何故かどの人物からも「イケメン」と『キミミチ』という単語だけは聞き取る事が出来ました。そこに、輝くような黒い髪と瞳の生き生きとした可愛らしく健康的な女性が現れたのです。そして、その方の言葉だけは一語一句、全てを聞く事が出来たのです」


「……可愛らしい、の?」


 何故か、殿下は多少戸惑っておられた。


 どうしてだろうか、とは口には出さずに「はい」と肯くと殿下は続きを求められた。


『「いやだから、こいつめちゃくちゃ大好きな婚約者持ちだから! 離れてあげてね、っていや俺、じゃなくて私は違うから! でもこいつの友達なの!」』


「斯様に仰いました。何故、何処から見ても女性であられるのに俺と仰るのか。そして、何故僕を友達と呼んで下さるのだろうか。あとは何だろう、攻略対象者とは? と幾つかの疑念はございましたが、僕はその方にお目にかかった事がある気がしてなりませんでした。そして、更にこう言われたのです」


『「うわ、やっぱりカントリスも改めて見たら美形なんだなあ。イケメン、かあ。まあ確かにな。……ああ、もう仕方ない、俺ならリチウムも許してくれよう、ほら行くぞ!」』


 腕を取られて走り出して下さった為に他の女性達から逃げられた事はお伝えしたが、他の事は内密にした。


 女性に腕を取られて共に駆ける。

 ついこの間までの僕ならともかく、今の僕には有り得ない行いだから。


 リチウムの魔力から怒気は感じない。

 良かった。むしろ僕の体調を心配してくれているみたいだ。


 それに、あの方も出来るだけ内密にしてほしいとお考えの様だったし。

 ただ、リチウムの事だけでなくナーハルテ様のお名前もご存知だった事、もうお一方のお名前は聞き取れなかった事はお伝えした。


 殿下はこれには深く首肯されたので、また話を続ける。


『「……ああいうのは、離れて逃げる。良いな? 言葉が通じない女性又は男性に囲まれる可能性を常に鑑みろ。お前は自分が思っている以上に抜けているから、イットリウムを頼れ。あいつは見た目よりも遥かに賢い。……まあ、お前はものすごくいい奴だがな。性格が良いのは美徳だ。それは誇れ。あ、そうだ、これを預かってくれ。万が一の為に持ってて良かった。緑殿とカルサイトと他の皆によろしくな。……リチウムと仲良くしろよ。またいつか、会えたら良いな!今度はお前とイットリウムへの手紙も書いておくからな!」』


 イットリウムが「うわ……」とぼそりと呟き、カリウム様に諫められていたのを視界に止めた。


 彼等にも、思うところがあるのだろうか。


 いや、今はこの事をしっかりとお伝えせねば。


「……そして僕は目覚め、手には二通の書状がございました。恐れながら殿下、僕はあのお方はニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ殿下とお見受けいたしました。……以上にございます」


 ほぼ包み隠さずにお話ししてしまった。


 殿下はどうお感じになられたのだろうか。


「カントリスく、カントリス。その時の君と、君が出会った人の服装は?」


 服装? と思ったが全てをお伝えする。


「……はい、僕はこのまま、この王立学院の制服です。ああ、そうだ、ベッドに寝かせてもらっていましたので靴ではなく靴下でした。汚れておりますね、御前でありますのに申し訳ございません。あのお方、女性のお召し物は上はアイスブルーのシャツで、下は七分程の丈の白いパンツスタイルでいらっしゃいました。綺麗に磨かれた茶色の紐靴です。恐縮ながら、その色は茶色殿のお色に似ておられました」


「……そう、そうか。ありがとう」


 殿下は静かに僕をご覧になり、茶色殿、羽殿、魔道具開発局局長殿へと視線を送られた。


 自分としては、満足いく内容だった。


 然しながら、きちんとお伝えする事は出来たのだろうか。


 僕はただ、姿勢を正して殿下からのお言葉を待つ事にしたのだった。






 



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