幕間-36 元魔法局副局長の内省(2)

『カケス-シメント、こんばんは』


 真夜中に、まさか侵入者か?

 いや、夜風を聞き間違えたのかも知れない。


 コヨミ王国の刑務所は、およそ他国(特に平民差別や獣人差別が未だに存在する様な国)と比較したら天と地だと他の国の出身だという受刑者から聞いた事がある。


 実際、その通りなのだろう。

 ここは仮収容施設と比べてもそれ程不都合な場所ではなかった。

 むしろ、建物全体が対魔法、対物理に特化している為に枷などもなく、定められた労働や起床時間等の規則さえ守れば、受刑者という立場を考えたら不満等出て来ない生活をさせてもらえるし、実際、させてもらっている。


 空調等も魔道具が配置されていて不快な温度、湿度等ではない。

 しかも、私に与えられた労働は刑務所敷地内に併設された若年層の為の更生施設内の学校に於ける講師役と魔石への魔力補充作業。

 その上、後者は時間が許す時のみで可であり、強制作業ではないのだ。


 座して良い時間も少なくない上に休憩時間は別に確保されているという、もしかしたら魔法局副局長時代よりも休めているのではという物だ。

 今日も教え子の少年が母から手紙の返事が来たと喜んで報告してくれた程で、やりがいと言うのだろうか、充実感も得ているのだ。


 ……蝙蝠こうもり


 そう、斯様に、真夜中の独房(と言うにはシャワーとトイレもある、それなりに落ち着いた住処)内で小動物を確認出来る程度の照明魔道具の使用を許されているというのも驚くべき事なのだろう。


 しかし、この堅牢な刑務所の何処からこの蝙蝠は侵入できたのだろうか。


 万が一、と言うこともある。

 非常用呼び出し装置(驚くべき事に、体調不良の訴え等、受刑者我々の身を守る為の物だ!)で看守を呼ぶべきだろうか。


 そう思案をしていたら、


『ああ、久しぶりだね。僕だよ。フード無しでごめんね。分かりにくかったね』


 聞き間違えではなかった。念話だ。

 そして、この声は。


 まさか!


『君にはたくさん活躍してもらったから、お礼をしたくてさ。君の元の仕事場にちょっとした贈り物をしておいたよ。君は魔法局副局長の仕事自体はとても真面目にしていたろう? 書類の確認を第三王子殿下の友人達にしてもらう様に上司さんにお願いしてみるといい。特に、数に強い子が良いな。きっと素敵な物が見付かるから。……じゃあね』


 あの蝙蝠は、きっと、いや、絶対にそうだ。


 私に聖女様の復活を持ちかけ、最もそのお立場に近いとされる聖女候補様と第三王子殿下の婚約を画策させた存在。


 つまり、私が今刑務所にいる原因の一つ。


 ただ、今私は前ほど彼の存在を恨んではいない。

 いや、むしろ、感謝すらしているのかも知れない。


 魔法局副局長在職中、部下に聖教会への寄進を強要したのも、第三王子殿下の婚約者様に対して失礼な行いを画策した事も、全て私が行った事だ。

 裁判でも、そう証言している。


 当時雇った者達が相変わらず減刑を嘆願してくれているのは正直意外だ。

 それに今日、犬族の獣人の少年が言っていた獣人狩りから助けてくれた桁外れに強いフードの存在は……。


 まさか、本当に?


 私の罪は償う。

 この蝙蝠との会話を進言したところで、罪を軽減される等とは思ってはいない。


 だが、もしも本当に私以外の誰かの為になる、何らかの良い事に繋がるのであれば。


 手紙を書いてみようか、魔法局の局長閣下に。


 刑務所から外部への手紙に関しては内容は必ず確認されるが、訂正が必要ならば係官から訂正依頼が入り、勝手な修正等は行われない。

 そうだ、仕事上の書類の確認を依頼する事自体は特に問題もないかも知れない。

 そもそも、既に、何らかの確認は行われているだろうし。


 あれから、一月は経っただろうか。


 結局、手紙に訂正は入っていない。あのまま投函された事だろう。局長は動いて下さるだろうか。


 更生施設での今日の授業「新聞を読もう」では、自分達を追ってきた獣人狩りの仲間達とその買い手達が聖女候補様のお父上とその召喚竜殿とにほぼ壊滅させられたという記事を見付けた犬族の少年は、非常に興奮していた。


 コヨミ王国ではこの様な新聞が多く印刷されて、比較的安価で入手できる事等も共に教える。

 彼以外の者達も、知識を吸収する喜びに満ちあふれていて、やりがいがある。


 そろそろ、私の旧仕事場に確認が入っているのだろうか。


 もし、何かが在るとしたら。


 一体、何が見付かるのだろう。


 私は仕事自体は真面目にしていたつもりだ。それは、誓える。


 もしも逆に、何か不正の証拠等が出て来たとしたら、それはまたその際に証言させてもらおう。


 犯した罪は、償う。

 然しながら、冤罪であれば冤罪だと唱え、発言をする場所を用意してもらえる。


 コヨミ王国、我が国はそんな国だ。


 私はやはり、私なりにこの国を愛している。


 そして、その愛情は以前よりも増えている。


 確実に。

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