幕間-35 元魔法局副局長の内省(1)

「先生、ありがとう。お手紙にお返事の紙を入れたから、母ちゃんからお返事もらえた!『ありがとうおべんきょうがんばてね』だって。母ちゃん、俺が字を書ける様になった事、絶対びっくりしてるよ」


 私の名前はカケス-シメント。爵位は剥奪されたのでただのシメント。

 平民と婚姻を結んだ実の妹に譲られたそれも、近々返上される予定だ。

 その旨を書面で伝えずに何故か面会に来てくれた妹は、

「兄、様が、まさか……」と驚いていた。


 そしてまた必ず面会に来る、と約束していった。

 さぞ驚いた事だろう。

 平民差別が甚だしかったこの私が流民の、しかも獣人も含まれた更生施設の子供や青年達に文字や計算、魔法を、自主的に教えているのだから。


 コヨミ王国では子供や青年といった若くして犯罪を犯した者達に関しては、本人の環境の為に罪人となったと判断される場合は更正施設に入所する事が多い。


 殆どが国民ではなく流民の者達。 

 実際、生まれて初めて人として扱われたと号泣する者も少なくないと言う。


 先に報告をくれた獣人の少年(犬族だそうだ)は私の指導で字を覚え、計算も出来る様になった。


 魔法の基礎力も低くはない。

 嘗ての私は、こういった存在を全て俗物と決めつけていたのだ。全く、どちらが俗物か。


 そう言えば、彼は辺境区で母親や仲間達と細々と暮らしていた時に、わざわざ他国から密入国して来た獣人狩りに反抗した際に保護されてこの更生施設に来た子供だった。


 彼が言うには、

「フードで全身を隠していた、多分若い人に助けられた。めちゃくちゃ強くって。騎士団の隠密隊の人か、辺境警備隊の人かと思って、いつかお礼が言えたらと思ってここに来て下さる騎士団の慰問の人達とかにも訊いてるんだけど、該当する人はいないんだって」

 という経緯なのだが。


 フード。まさか、な。


 そうだ、すぐに離縁の請求があると思っていた妻(嘗てならともかく、今の私は普通に請求を受けるつもりでいた)。


「今の貴男とならば共に過ごしたいです」「元々法服貴族の子爵ですし領地もない身だから楽でしたわ」と、見事だった刺繍の腕を生かして馴染みの業者と組んで専属のデザイナー兼お針子に転職してしまった。


 実に生き生きと魅力的で、そして、楽しそうだった。正直見惚れてしまった。


「国から頂戴している慰労金の月額はご存知?」

 と妻(と呼んで良いらしい)が掲げた明細書を見て愕然とした。


 筆頭公爵家に侵入者を差し向けた犯罪者の家族に渡す額ではないのだ。


 勿論、貴族階級には些少、とは言えなくもないが、質素な生活を厭わない妻と子供達ならば十分に暮らせる金額だ。

 平民の平均月収の三倍程と言えば分かり易いだろうか。


「落ち着いたら減額申請をします。いずれは停止して頂きましょうね。そうでした、聖教会から返却頂いた貴男が寄進したお金は改めて寄付させて頂けましたわ」


 使用人や住まいは共々手元からは無くなったが前者には確実な再雇用先、後者は空となっていた某貴族のタウンハウスを格安で賃貸してもらえたらしい。


 何だろうな、この国は。


「娘は元々、家に良く野菜をおろしてくれていた農家の長男君と親しかったのよ。貴方の事も先方では問題ないらしくて、結婚できるかも! とあの子は喜んでいるわ。息子も、魔力魔力と気にせずに済む様になった、万歳! って。新聞社で見習いとして働き始めたわよ」


 どうやら、世間的には私は「聖霊王様や聖教会、それから聖女候補様への気持ちが強すぎて一時的に暴走したものの、偉大なる第三王子殿下のご威光で深く反省し、刑務所で活動に励む者」として意外と好意的に解釈されているらしい。


 元部下達には何とか執行猶予が付きそうで、これは良かったと心底感じている。


 残された唯一の懸念だった魔力の高い姪も、王立学院で魔道具の開発をのびのびと行っている様だ。

 改良した魔道具で撮影したという、私宛の手紙に入れてくれた『風景の写し』は見事なものだった。


「先生、返事の紙をまた作っても良いですか?」


 弾ける様な声が聞こえた。


 そうだ、私はと話していたのだったな。


「ああ、いいよ」

「やったあ、ありがとう!」


 返事の紙、とは。

 まず、裏が白く、文字を書きやすい廃棄広告紙等に文字を大きく書いておく。

 それを、文字は読めるが書けない者が受け取り、丸やチェックをつけて、言葉を作り、手紙の返事にするのだ。


 この子の母親は、といった感じで、点を大きく打って返してくれたらしい。〇でも何でも良い。


 次は母親に小さい「っ」を教えてあげたいと少年は言う。


 ああ、更生施設からの手紙にはペガサス郵便の切手を貼った名前等が全て記入済みの封筒も同封して送られている。

 切手を貼るのは係官だが、住所等を記したのは彼自身。


 この方法は、コヨミ王国国民であれば義務教育の小学部に入学してすぐに習う「郵便の仕組み」。

 初代国王陛下が定められた素晴らしい制度を称えて必修科目として習うものの一環だ。

 金銭的な負担は全て郵便大臣閣下が認可されていて、国が負担をしてくれるのだ。


「まだまだたくさん教えてね、先生!俺、郵便の仕組み以外にもたくさん勉強して、フードの人とか先生みたいなお世話になった人に恩返し出来る仕事に就きたいんだよ! んで、母ちゃんを笑顔にするんだ!」


 そう口にする少年の笑顔は輝いていた。


 私が美しいものを魔法で生成する事は当分は無いだろうと思っていたのだが。


 まさか、こんなに早くに、キラキラとしたものを見る事が出来るとは、な。


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