幕間-33 大好きな家族と大切な友人達と?な婚約者(3)

 あれは、そう。学院生で例えるならば中等部入学前位の年齢の頃。


 領民の為にと困難な中でも励んでおられた貴族階級や苦難に耐える平民達の存在など考えもせずに享楽的なパーティー等に耽っていた前権力者階級達の悪しき慣習を払拭するべく、国としての形を取り戻した後も極力華美な集まりを排除された初代国王陛下とその周辺の皆様方のご意志に倣い、現代でもコヨミ王国では集まりと言えばパーティー、という形式は少ない。


 パーティーが行われていない、という訳ではない。あくまでも必要最小限、だ。


 無論、外国からいらした方々に失礼など無い様に、上位階級は礼儀作法、ダンス、挨拶、言語、歴史等の素養は必修とされているし、必要な際にはパーティー等も行われている。

 また、個人間の茶会等も自由だ。


 但し、それらにより起こり得る一定の層のみの閉鎖的空間に伴う弊害はパーティーや茶会の文化が残る先進国としては非常に少ない。

 それが我が国、コヨミ王国というものだ。


 そういう訳で、必要とされるパーティーに出席していた私達家族。


 当日の招待客の最上位に両親がいた為に、逆に私達姉妹は割と自由にしていられた。


『『こっそりと何かをしたくなったら必ず私達の魔力を感じる範囲内で、認識阻害魔法を掛けて、ね』』

 という忠告に従い、両親とカリウムの魔力認識範囲内である中庭で一人、閃いた数式もどきを中空に記していた。

 きちんと、認識阻害魔法を掛けて。


 それなのに。


「……美しい数字の羅列ですね。貴女がこれを?」

 ふわふわの淡赤色の髪と目。大きな目の近くに泣きぼくろ。


 かわいい子。

 男装の美少女かと思っていたら伯爵令息で、しかも我が家とは馴染みのある財務副大臣のご令息だった。


 確か名前は……カントリス。

 そうだ、カントリス・フォン・マンガンだ。


 高位から名乗りを、という規則は両親のいないこの場ならば許される筈。私からでも彼からでも良いでしょう。

 それに、私の認識阻害を見破るのは、子供にしてはかなりの魔力がある証拠。


 私を見付けた、というよりは本当に数字を見ている様だったし。


「とても美しい。……ただ、貴女の様に素敵な方が、お一人でというのは。よろしければこれを。これならば、室内でもお使い頂けます」

 彼が差し出したのは、赤い革表紙の小さな手帳。鉛筆も添えられ、かなりの品だ。それに、彼自身の口調が丁寧なのも素晴らしい。


 けれども。

「こんなに素敵な物を理由もなく頂けませんわ」

 そう、万が一、という事は考えないと。

 もしかしたら母達への点数稼ぎのつもりかも知れないし。


「僕は貴女、いえ、貴女のその数字の羅列に感銘を受けました。どうかお受け取りを。そうだ、それならば、代わりにそちらを頂けませんか?」


 彼が示したのは、私が手首に結んでいた組紐。

 そう言えば、会場前に渡された小さな花束に付いていた物を気に入って結んでいたのだった。花束自体は害の無いことを組紐共々確認してくれた母様がマジックバッグに収納してくれている。


「これを?」

「はい、綺麗な赤い色です。」

「おかしな方ね。貴方の赤い髪と目の方が美しいのに。……分かりました、私はリチウム・フォン・タングステン侯爵令嬢です。そして、財務大臣令嬢でもあります。どうぞよろしくお願い申し上げます」


「失礼をいたしました!」

 心底驚いているようで、本当に、私の為に手帳を差し出してくれたのだと理解した。


「いいえ、私の数字達を褒めて下さってありがとう。では、こちらとそちらを交換して下さる?」

「は、はい!」


 少しだけ魔力を流してから、組紐をほどき、手帳と交換した。

 魔力と言っても、紛失防止のおまじない程度だけれど。


 それから会場まで送ってもらい、母達の所に戻ってから観察していたら、案の定、外見がかわいらしい彼の元には女の子達が山になっていた。


 ただ、母達が少しだけ声を掛けるとその人だかりは落ち着いた。私を会場内まで送ってくれたお礼の様だ。


 それからは、たまにそれぞれの家でのお茶会に参加したりしなかったりで、カントリスとも会ったり会わなかったり。


 きちんと予定を入れて会合を持ったのは婚約者としての顔合わせの時だった。


 その際に、少しだけ二人で話す時間があった。


「リチウム様。……貴女は、どんな男性を好まれますか?」

「様、はいらないわよ。私もカントリスと呼ぶから。そうね、女性私達を大切にしてくれる方かしら。だから、貴方にも女性には優しくしてほしいわね」


 そう、女性。

 私も、大好きな家族も、大切な友人達も女性なのだから。


「……分かりました。誠心誠意、努力します」

 あの言葉を彼は、覚えているだろうか。


 思い出した。


 私がいずれ数式として完成させたい物の原点は、カントリスと初めて会ったあの日の数字達。


 私は今でもあの赤い手帳を使っている。


 ダンスパートナーを記す手帳のふりをしても良いし、私達の外見しか見ていない様な連中には詩をしたためているの、とでも言えば感心された。


 そう言えば、婚約者として再会した時。


 カントリスは長い髪を一つに編んで結んでいたけれど。


 あの赤い組紐、見覚えがある。


 だけど、まさか……ね。









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