幕間-32 大好きな家族と大切な友人達と?な婚約者(2)
恐らく暫定的な私の婚約者、彼の名前はカントリス・フォン・マンガンと言う。
財務副大臣令息にして伯爵令息。
本来なら、侯爵家たる我が家の婚約者たり得ない筈。
けれども、カリウムの(私と同様一応の)婚約者である医療副大臣令息のご実家サルメントーサ家も伯爵家だ。
ただし、サルメントーサ家と言えば、主要産業の花の栽培では国内随一、のみならず国外からの輸入希望も多い。
その上、サルメントーサの初代伯爵様は妖精殿と心を通わせそのお力を得て領地領民に対する心配りを初代国王陛下から認められ、地方領主から伯爵位となられた方だ。
現在では、領地領民を大切にされた伯爵の規範と呼ばれるお方。
つまり、いわゆる伯爵家という扱いではない。
そう考えると、カリウムの婚約は成婚に連なる可能性があるのだろうか。
それならば、私の方は婚約話が解消しても良いのかも知れない。
そんな事を考えていたら、机上の冊子が目に留まった。
私達は母達と同様に、寝室も兼ねたそれぞれの個室と、二人で共用の寝室を兼ねた部屋を持つ。
母婦々も同じで、それぞれの個室と二人で共用の部屋を有している。
今私が居るのは、個室の方。
どんなに好ましい相手であっても、一人になりたい、なる事が出来る場所は必要。
そういう事を教えてくれる所も、私達が母二人を愛する所以だ。
そんな室内で目に留まったのは、数学の論文集。机上に置いたのは、私自身。
論文集の表紙に載せて頂くのは初めての事。
まだまだ拙いものだが、いずれ数式として完成する事が出来ると確信したものを序説としてまとめたものだ。
現在の我が国を思えば信じがたい事ではあるが、この国の前身、初代国王陛下、学院長先生、精霊王様直参の高位精霊殿が成敗をされた嘗ての国では、「女のくせに学問など、早く婚姻を、後継ぎを」
「魔力を持たぬ者には価値はない。平民等は貴族の為に生きるのが当然、平民に意思等は必要ない」
「人族以外には存在意義は無い」
「獣から転じることもある精霊をよしとされる精霊王様よりも聖霊王様を尊ぶべきだ」といったおぞましい思考を持つ者達が多く存在していた。
それでも精霊王様には様を付けてお呼びするあたりは実に愚かだが。
母達エルフ族等、人族とは異なる種族はそれらの忌まわしい存在から隔絶するべく自身達の住まいを守っていた。
しかし、それ故に同姓婚という前例のないものに不寛容だったエルフの里を出て、まだコヨミ王国という名を持たなかったこの国に移住をしたのが母達である。
今でこそ里との交流も多少はあり、本当に良い国になったと微笑む母達の姿は実に美しい。
世界の中にはまだコヨミ王国以前の国の様な国や思考も存在しないとは言えない。
だが、少なくとも我が国の友好国にはその様な事はない。
例えば我が国への留学生が斯様な態度を取る等をしたら、精霊珠殿や学院長先生からのお叱りさえあるのではなかろうか。
もしかしたら有無を言わせずに留学終了、等も有り得る。
まあ、まだ私達は入学前だから、学院の素晴らしさ厳しさは実際には経験してはいないのだけれども。それでも想像は出来る。
この国を益々良きものにする為に、自分で言うのはおこがましいが、優秀な女性人材の一人として、コヨミ王国に残るよすがとして、今回の婚約話はあるのだろうか。
少なくとも私は、カリウムと母達とが存在するこの国を心から愛しているから、必要ないのでは、とも思う。
そうだ、この国には大切な友人達も居る。
やはり、王太子殿下または王太女殿下の婚約者候補筆頭と噂されていたナーハルテの長姉様(数回お会いした事がある。素敵な方だ)が友好国である大国の王太子殿下と婚約を結ばれたので、高位の方々は念を入れておられるのだろうか。
まあ、ハーフエルフの様な存在である私達には時間がたくさんある。
その間に数学や数字、計算を否定しない者をゆっくりと探せば良いのかも知れない。
母達も言う様に、今回の婚約は破棄権はこちらにのみあるのだし、財務副大臣ご夫婦には申し訳ないが、せめてこれから入学予定の王立学院の在学中くらいは婚約を許して頂こうか。
ただ、何かが引っかかる。
論文集を手にして、改めて内容を確認していたら、思い出した。
あれは確か、数年前。まだ婚約の話など影も形も無い頃の事。
私は会っていたのだ。
彼、カントリスに。
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