185-白絹糸の婚約者と私
「イットリウム、まさか
夕暮れの海。
婚約者同士で散策するにはすこぶる雰囲気のある場所。
然しながら、私こと侯爵令嬢カリウム・フォン・フルリアン(医療大臣令嬢)と、イットリウム・フォン・サルメントーサ伯爵令息にして医療副大臣閣下のご令息との間にはそんな甘さは無かった筈だ。
少なくとも、今までは。
「まあ、ねえ。でも、君といるのは楽しいよ。海も良いよね」
護衛として付いて来て下さったエルフ族のネオジム様の伝令鳥梅殿は本当に静かに気配を消しておられた。
有難い事である。
「……医学が大好きなのも、領土領民を助ける事を第一とされた初代伯様の教えを守っていると言えなくもないでしょう。学院への医学書の寄贈数、サルメントーサ家はかなりのものよね」
「だーかーらー、俺はそういうのじゃなくて! 医学と魔法医学が好きなだけ!医療大臣閣下とかネオジム博士とかとは違って、ただの知的好奇心!勿論初代伯みたいに領土領民を第一に、とかでもないのは見れば分かるだろう? 皆が誤解してるんだよ」
「はいはい、だけどもうひねくれ良い子ってバレてるからね? あと、ナーハルテとセレンよね、あの二人なら……特別よ? 貴男に他に好きな人がいても許すわよ、あとは、昔の第三王子殿下かしら?」
ハブふっ、と、白皙の美青年らしからぬ音を出してイットリウムは唸った。
え、何、何? 何で分かるんだよ! って……。
顔に出てるし!
綺麗な白い肌に赤みと夕日。彼の顔は反射で益々綺麗に見える。
あの断罪劇場を上手くこなした手腕は元々評価していたのだけれど、この人はやっぱり、美しい外見をしている。
「え、ナーハルテとセレンの事、好きでしょう貴男。第三王子殿下の事は同類だからかもだけど。良いわよ、私も家族が大好きだし。あ、これ以上増えたらさすがに不快よ?」
たたみかけてあげたわ。
ナーハルテの事を苦手、と言っていたのは嫌っていると誤解されたくないから。
セレンに近付いたのを魔力目当ての
第三王子殿下の事は、本当に敬愛していたのかもね。
敬愛でも恋愛でもこの際もう良いのよ。
婚約者に纏わりつこうとしていた連中を皆でこっそりやっつけてたのは、正直、けっこう格好よかったし。
隠されていたまぬけ王子とその仲間達の活躍は第三王子殿下の召喚獣殿から伺った。
ライオネアが私達に内密にしていたのは多分、男の友情に敬意を払っていたからだろう。
「……それは!」
「違うって? 違わないわよ。勿論、ナーハルテやライオネアやナイカ、それから今ではセレンの事も私は大切。ただ、家族への思いとは違うの。それでも、もしかしたら家族よりも優先しないといけない瞬間があった時、私は貴男を選ぶ……かも知れない」
「はは、かも、なんだ」
驚きと安堵の表情を隠さない。
やっぱり、イットリウムは変わった。
私は、今の彼の事
元々破棄前提の婚約者。
からくりが分かれば私もイットリウムも異世界から第三王子殿下をお呼びする手段として最上位にあられる皆様方に駒として用いられたに過ぎない。
無論、それに異議はない。これでも侯爵令嬢で、大臣閣下令嬢だ。
現時点を鑑みて、皆様方が王子殿下の魂の転生を画策して下さらなかった場合を思うと首筋がぞわりとする程。
ただ、まさか、その相手を好きになる(?)とはね。
リチウムの婚約者、カントリス・フォン・マンガン伯爵令息がリチウムの事を心から思っている事は、リチウム以外は皆が知っている事……だと思う。
ただ、その好意の示し方がおかしい事も皆が知っている。こちらは絶対に、だ。
「もしかして、私と婚約を継続するのは気持ち的に難しい? ならナーハルテはまあ、さすがに無理だけど、セレンなら、お父上が爵位を授与される可能性も高いし、申し込めるから申し込みたいなら、私達の婚約を穏便に解消できる様に動くわよ?」
言いたくて言っている言葉ではないけれど、でも立場上、私が言ってあげないと。
「……あのさあ、さっきから分かった様に話すけど、俺、君の事もちゃんと大切にしたいからね」
「そりゃ色々心配だろうけどさ」
そう付け足した頬には赤みが増して……いるの?
驚いた。心底。
イットリウムは私が思うよりは、
だったら、時間をかけて私が示せばよいのだろうか。
この白絹糸の婚約者に、貴男を好ましいと思っているという事を。
それなら、こっちのものじゃない!
覚悟してなさいよ?
エルフ族(私達はハーフエルフみたいな存在だけどね)の女には時間がたっぷりあるんだからね!
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