186-淡橙色の婚約者殿と俺

「イットリウム、まさかカリウムとデートする事になるとは、って思ってるんでしょ?」


 俺の婚約者たる侯爵令嬢カリウム・フォン・フルリアン(医療大臣令嬢)にこう言われた。

 だが、デート自体は決して嫌ではない。

 いや、むしろしたかった。

 だからカリウムに「一緒に海に行きたいから転移して! これ座標ね!」と言われて座標の書かれた簡易転移陣を渡された時は嬉しかったのだ。


「まあ、ねえ。でも、君といるのは楽しいよ。海も良いよね」


 本当の事を言えば、カリウムとなら噂の大書店に医学書と魔法医学書を探しに一緒に行きたい。


 あと、チョコレート色の肌に合う花と、そういった自由なお出かけに合うドレス、いや、ワンピースとかも良いな。そんなのを選んであげたい。


 灰色の髪から覗く人族よりは長い耳にサルメントーサ産の花を添えてみたい、と言うのはまだ時期尚早だろうな。


 婚約者としての仲云々もだが、セレン(謝罪の意を示した為にこう呼ぶ事を許してもらえた)への行いをやっと方々から許して頂けたばかりなのだから。


 護衛として付いて来て下さったネオジム博士の伝令鳥であられる梅殿は本当に静かに気配を消しておられた。


 元々博士のご血縁の伝令鳥でいらして、博士を第二ではあるものの等しく権利が存在する主と認められたのだ。


 それも、俺の為に梅殿の御羽を用いようとされたお心故に。

 元々尊敬して余りあるお方だったが、本当に俺にとっての大恩人になられた。


 益々、編入時のセレンに対する思いやりに欠けた俺の愚考が思い出され、頭痛がする思いだ。


 皆様方にはこれからの俺を見て頂いて、汚名返上するしかない。

 まあ、汚名しかないと思えば気も楽、と言えなくもない……か?


「……医学が大好きなのも、領土領民を助ける事を第一とされた初代伯様の教えを守っていると言えなくもないでしょう。学院への医学書の寄贈数、サルメントーサ家はかなりのものよね」

 いや、どうしてそうなる?


 それについては妖精殿、今は羽殿にも言われたが、皆は俺を買いかぶりすぎ!

「だーかーらー、俺はそういうのじゃなくて! 医学と魔法医学が好きなだけ!医療大臣閣下とかネオジム博士とかとは違って、ただの知的好奇心! 勿論初代伯みたいに領土領民を第一に、とかでもないのは見れば分かるだろう? 皆が誤解してるんだよ」


 本当に、両親もそうだが皆、医学マニアに甘過ぎる。


「はいはい、だけどもうひねくれ良い子ってバレてるからね? あと、ナーハルテとセレンよねあの二人ならまあ、特別よ? 貴男に他に好きな人がいても許すわよ、あとは、昔の第三王子殿下かしら?」


 ハブふっ!

 伯爵令息とはいえ一応高位貴族令息としてはかなりヤバい音が俺の喉から出た。あとひねくれ良い子って何だよ。


 まあ、文句は言えないのだろうが。


 それよりも!

 え、何、何? 何で分かるんだよ!


 俺でさえああ、って理解したのは第三王子殿下が去られて大分経ってからだぞ?


 恥ずかしい。

 多分俺の顔、白い肌に反射した夕日でただでさえ目立ってるのに、益々赤い筈だ。

 健康的な美しさのカリウムと比べられたら切ない。


「え、ナーハルテとセレンの事、好きでしょう貴男。第三王子殿下の事は同類だからかもだけど。良いわよ、私も家族が大好きだし。あ、これ以上増えたらさすがに不快よ?」


 たたみかけてくるなあ!


 ナーハルテ様の美しさは、あんなに美しい存在が在るのか、と驚いた。

 平民の聖女候補セレンは無理やりに大好きな場所から離されたのに何故あんなに生き生きとした笑顔を見せられるのだろう、と驚いた。


 第三王子殿下の事は、俺は本当に敬愛していた、と思う。

 そこに恋愛感情は……どうだろう、今となっては正直分からない。


 ただ、あの方の魂が異世界で輝いていらした ら嬉しい、と願うだけ。それが一番だ。


 ああ、そうだ、カリウムへの返事を。

「……それは!」

「違うって? 違わないわよ。勿論、ナーハルテやライオネアやナイカ、それから今ではセレンの事も私は大切。ただ、家族への思いとは違うの。それでも、もしかしたら家族よりも優先しないといけない瞬間があった時、私は貴男を選ぶ……かも知れない」


「はは、かも、なんだ」

 少し驚いたが、むしろ嬉しい。


 必要な場所以外では恋人もかくや、とばかりに手を繋ぎ、髪を触り合うカリウムとリチウム様を見るのは、俺は嫌ではないのだ。

 二人を医学と魔力の力でお二人で妊娠出産された両大臣閣下への敬意なのかな、とも思う。


 カントリスは伯爵令息としては有り得ない、とバカ正直に喜んでいたが、俺達のそれらは、仕組まれた破棄前提の婚約。

 国内のみならず精霊界までも含まれた壮大な計画の一手段。嘗てのナーハルテ様だけが準王命として従っておられた位か。


 一体、どなたが考えられた計画なのだろう。気にはなるが、知らせて頂ける様な人物にならねば、その様な願望さえ恐れ多い。


 やる気になれば上クラス編入も可能な友人を焚きつける意味で婚約者に対して真剣に、将来もきちんと考えてみよう的な事を言ってはみたものの、カントリスがリチウム様の事を心から思っている事は、リチウム様以外は何となく理解している。

 ただ、それならば他の女性を大切にするという意味をはき違えるな! とさすがにそろそろ言ってやるべきか。


「もしかして、私と婚約を継続するのは気持ち的に難しい? ならナーハルテはまあ、さすがに無理だけど、セレンなら、お父上が爵位を授与される可能性も高いし、申し込めるから申し込みたいなら、私達の婚約を穏便に解消できる様に動くわよ?」


 あ? 何だって?


 ナーハルテ様の隣には今の第三王子殿下。セレンの隣には……誰かな。

 人型の竜殿? 殿下の召喚獣たる緑殿? ああ、ライオネア嬢もいたな。

 あとは、スズオミか? そんな感じで色々いる。


 だけど、カリウム、君の隣は。


「……あのさあ、さっきから分かった様に話すけど、俺、君の事もちゃんと大切にしたいからね。」


「そりゃ色々心配だろうけどさ」

 つい、言葉が増えてしまった。


 俺だけが君の隣にいたいよ。


 まだまだリチウム様にはかなわないだろうから、直接は言えないけれど。


 頬には赤みが増しているのだろうな。仕方ないよ、これが俺だ。


 カリウムは驚いている様だった。


 自慢じゃないが、気に入らない存在とこんなに長く時間を共有出来る様な人間ではないぞ、俺は。何しろ皆が認めるひねくれ者だからな!


「とりあえず、アイス食べよう? 二人で氷魔法とか状態保持魔法なんかを掛け合えば、皆にも持ち帰れるよね。……今日は名残惜しいけど、これでデート終了、だね」


 照れ隠しなのか何なのか、カリウムが折衷案? を出してくれた。それなら、俺も。


「またすぐにデートしよう。それなら名残惜しいけど惜しくないだろう? あ」


 我ながらけっこう良い事を言ったかな、と思ったら目指すアイスの屋台に不穏な連中が。


 多分、店員を口説いているんだ。

 暇な奴等だ。


 まあ、俺達のデートの仕上げとしては、悪くないのかも知れない。


『二人共、


「「はい!」」


 そう。


 梅殿のご忠告を頂いた俺達は、しぜんに手を繋ぎ、走り出したのだった。

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