183-羽殿とわたくし

『……イットリウムがたいへんに不快な思いをさせた事をお詫びしたい』


 妖精殿が実体化を成されまして、わたくし達に羽殿という名をお伝え下さいました後、この様なお申し出がございました。


 イットリウム様はカリウムと少し離れた場所にございます海辺に転移しまして、積もる話をしておられます。


 何となく、ネオジム様と羽殿からご説明を受けました後にイットリウム様を見るカリウムの表情が、いままでとは変化していた気がいたしました。


 念の為にと、羽殿に代わってネオジム様の伝令鳥であられる梅殿が護衛として付いて下さいましたので安全というその点におきましては安心です。


「羽殿、その様にして頂く事は余りにも過分な事に存じます。聖女候補セレン様も、母君ネオジム様とその伝令鳥殿に説得され、イットリウム様をお許しになりましたのに、その件に関しましてわたくしが不快の念を持つ事などはございません」


『……然しながら、其方はあの高名な白殿に認められた程のお方。その袋の魔道具殿の中に備えられし御羽がその証。さすがに何もせぬ訳には。妖精界の名折れとなってしまいます』


『失礼を。雀便に存じます。それならば、ナーハルテ様と我が主との通信手段の構築をお手伝い願えませぬか。我が師には羽殿のお心をいつか必ず伝えます故。……お力添えを頂きたい内容は朱色殿が』


 雀便? じゅったん様?

『貴方は、茶色殿? 白殿の直弟子であられる方。この身は妖精から派生しました存在につき、羽とお呼び下さいませ』


『あら、お二方が手伝って下さるの? なら、紫色ちゃんを呼んできましょう』

『今のうちにリュックちゃま殿にこちらを。ああ、羽殿、こちらの魔道具殿も直弟子に近い存在になります。主からの差し入れの食事にはこちらの皆様で野菜を付けて頂きたいとの事です。因みに先にお届けしました第二王子殿下のお部屋には王宮内の私室故に刃物がございませんでしたが、ハンダ殿の手刀と持ち込みが認められましたダイヤモンド階級の証の小刀で皆でサラダを作り、添えられましたよ』


 羽殿と、じゅったん様と、朱々、そしてまたじゅったん様。

 旧知の仲の如き会話の中、朱々は素早く転移をいたしました。


 気の置けない雰囲気を醸し出された皆様に誘われるかの如く、頂きました保存箱を開きますと。


 まあ、これは。


 わたくしが特に美味しいと第三王子殿下、マトイ様に手紙でお伝えしましたホットサンドイッチと卵焼き、を、ハートの形にして下さった物です。


 いけませんわ、頬を染めてはなりませんよ、わたくし。

 それにしても、何という繊細なお心遣いでしょう。


「じゅったん様、ですがわたくしは緑様に手紙を」


 そうでした。あの方へのお手紙は。

『それを緑殿がカバンシ殿に託され、第二王子殿下がお届け下さったのですよ。さあ、リュックちゃま殿、お預かり下さい。皆様の分は、冷蔵魔道具に転送頂けますか』


 はい、とでも言いたげに、リュックちゃまが器を収納してくれました。


 そうして、かなりの量の他の品々も転送をしてもらえました。

 緑様とカバンシ様、第二王子殿下のお心遣いは恐れ多い事ですが、あまり恐縮し過ぎては却って申し訳ない事になります。


 わたくしがこの様に臨機応変、とする事が出来ますとは。

 これもまた、あの方と会えました事によるわたくしの変化でしょうか。


「話は朱色様から聞きました! 白黒さんと黒白さんを媒介にして、第三王子殿下とナーハルテ様だけは召喚獣さんを経由しなくても直接やり取りができる様に白黒さんと黒白さんをパワーアップさせるんです! あのドレス女もやってたんですよ映像水晶ペンダントで! だからあたしにもできるかなー、って」


『セレン、貴女なら多分できます。ナーハルテ、力を添えて。第三王子殿下とナーハルテの絆が深まる事はこの国の皆の為にもなります。自己の為とは思わずに行いなさい』


 あっという間にセレン様が朱々と共に転移をして来られましたが、セレン様はネオジム様からの大切なお話が終わられ、寛がれていらしたのでは?


「大丈夫です! 機嫌も良いし体調もばっちりです! むしろ嬉しい楽しい喜ばしい事だから疲労感があってもやりたいくらいです! 今度はひねくれいい子だったイットリウム様と健康的美貌が素敵なカリウム様の仲を全力で応援しますよ! でも今はとりあえず、朱色様、打ち合わせ通りにやりましょう!」


 たいへんに血色が良いセレン様。 でしたら宜しい……のでしょうか。


「……ええと、お二人の関係を応援して下さるのですね、カリウムの盟友として御礼申し上げます、セレン様。然しながらじゅったん様、白黒はわたくしの手首におりますが、黒白殿は第三王子殿下の手元にいらっしゃるのでは?」


 ああ、その事ならば、とじゅったん様が羽毛の中から取り出されましたのは。


 黒白殿、ですか?


『主殿に、黒白殿に辺境区域にはございます海を見せて差し上げたいのです、とお話しましたら、「あーそうか、確かに寿右衛門さんとリュックさんはあっちで見てるかもだからね、海! うん、分かった、どうぞ、連れてってあげて! 黒白、海は良いよ! 一日か二日位なら多分リュックさんとで何とかなるよきっと!」との事でございましたから、これ、この通りにございます』


 じゅったん様が再現されたマトイ様のお声。

 本当に高い再現度にあられます。


 わたくしも、早くお目にかかりたい、せめてお声を、と、つい思ってしまいました。


 お姉様、ときめきとはかくも素晴らしきものなのでございますね。


 ……セレン様と朱々のお心遣い、有難くお受けしたく存じます。

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