181-妖精殿と俺

「……そうでしたか、妖精殿が」


「ナーハルテ、あたくしはその場にいてあげられなかったから映像水晶でしか知らないのだけれど、先程この聖魔石から見えたもの、聞こえたものは」

「年度終了前パーティーの際迄のイットリウム様のご記憶ですね。……断片であられる様ですが」


 ……断片的に会話が聞こえてきた。


 いつの間にか、俺は立ったままで眠っていたのか?


 卓上には見事な美しき聖魔石と、切子細工が美しい花瓶と、白百合。この美しさは、我が領地の百合だ。

 ……聖魔石に映るのは、俺?


「ナーハルテが聖魔石を作成している間に、こちらの高位精霊獣殿がお見えになって、この白百合を下さったの。花瓶はナーハルテの魔道具ちゃんが提供してくれたわ。その間に、貴方は睡眠状態になっていたのよ。転倒防止も成されていたから大丈夫。……ご覧なさいな。そして、詳しくはこちらから。ネオジム博士のご経歴は医療を志している貴男なら当然知っているわよね」


 人型になられていた朱色殿が示す先には、黒の中に紅が入った美しい鳥の精霊獣殿がいらしていた。

 そのお姿は烏に似て見えた。そして。


「この精霊獣殿は私の血縁を主とされる伝令鳥殿です。イットリウム・フォン・サルメントーサ伯爵令息、貴男の我が娘セレン-コバルトに対する詫びの心は確かに確認いたしました。自動瞬間蘇生魔法を掛けるとは言え、贖罪の為に元邪竜斬り直伝の技を受けようとする勇気。そして、妖精殿と会話を可能とするその力。作成した魔石の素晴らしさ。これをもって、貴男の次年度の選抜クラスへの編入を認めます。また、この監査権は、医療大臣閣下から一時的に貸与頂いたものである事も同時に宣言いたします。……ネオジム-コバルト、監査代理がここに」


 まさか、尊敬するネオジム-コバルト博士もいらしていたとは。


 待ってくれ、有難いがそれなら選抜クラスじゃなくて、上クラスの筈。違うでしょう、と俺はお伝えしようとしたのだが。


「イットリウム様、あの断罪の場における冷静なご判断、誠にありがとうございます。楽団の皆様への労いの報償を匿名にて進言なされたのは、イットリウム様でいらしたのですね。ナーハルテ・フォン・プラティウム、選抜クラス首席者としてネオジム様に心より同意申し上げます」


「いや、この真っ白君はいい奴だって! あの頃のまぬけな第三王子殿下ニッケル君をちゃんと敬ってたんだから! まあ、真っ白君はひねくれててそうは見えねえけど、でもいい奴だっ! 俺は監査の資格はないけど、一応高位精霊獣だし、何しろ主様の召喚獣! 何なら茶色殿を呼ぶぞ?」

 ナーハルテ様に続き、第三王子殿下の召喚獣殿。

 そうか、俺はひねくれ者なのか。この方に言われると、何故かとても馴染む。

 不快どころかむしろ愉快だ。そう言えば、念話ではないのだな。


「元々貴男は上クラス入学資格はお持ちでしょう。友人カントリス・フォン・サルメントーサ伯爵令息の為に上クラスへの編入を鼓舞した事、その友情も評価されるべきもの。この件は財務大臣閣下より伺っております。……紅梅様、お預かりしました羽を使わせて頂いても宜しいでしょうか」


『……認めよう。ネオジム、私の羽を他の者の為に用いようとする行い。貴方は既に、我が主のもうお一人としての資格をお持ちだ。此度の任務も、たいへんに気を配り、民の為に尽くし、真摯であったと思う。この黒紅梅くろべにうめ、ランタノイド様と同じく、貴方にも仕えようぞ。これからは是非、紅梅と』


「有難き幸せに存じます。……それでは」

 耳飾りからコバルト博士が美しい黒羽を取り出し、卓上の白百合にかざす。


 すると。


『……黒き尊い精霊獣殿と、その二人の主の内のお一人に感謝を。もうお一方には心からの尊意を。また、筆頭公爵令嬢殿、そして伝令鳥殿にも得難き機会を頂戴し、心より御礼申し上げる。……そして、イットリウム。これからは私を、白羽しらはねと。他の皆は、羽と呼んでほしい』


 何と言うことだ。

 初代サルメントーサ伯の前ですら実体化はされなかった妖精殿が白鷺の様になられて俺の傍におられる。


 いや、そもそも俺が聖魔石を頂いて、第三王子殿下が黒曜石の王子になられた事を知った理由をナーハルテ様達に伝える許可を妖精殿から受ける予定だったのに?


 と言うか、今まで俺が考えていたあれやこれやが全て、ここにいる方達にバレた?


 恥ずかしい!


『大丈夫だイットリウム。白金の姫君の美しさに嘆息した事や、婚約者殿に見惚れた事などは示さない様にしたので安心しなさい。ただ、聖女候補に対する初期の態度を詫びたいという気持ち、それは示させてもらったよ』


 本当に?


 疑わしいが、皆の様子からして、とりあえず白羽殿が言われる事が正解の様だ。

 ……良かった。


「法務局には副大臣職が存在しないから、あとは財務副大臣令息がご婚約者に相応しい方になれば、関係する全てのご家族にご説明できますわね。どなたがこの場は説明を?」


 何だ、まだ何か?


 朱色殿が言われるのは、何の事なのだろうか。


『絹糸には、私が』


「あ、いや、黒殿、とお呼びして良いでしょうか? 多分貴方なら茶色殿をご存じだろう? 俺はこの間茶色殿が人型になられていた時に主様の事を話す資格を頂いたから、俺が話せなけりゃまだ聞かせられないし、逆なら話せる。……いいか、あ、やべ、ですか、か?」


『良かろう。念話と会話を使いこなせるほどに主と心を通わせた君ならば、呼び名も話し方もそれで良い。好きになさい』

「ありがてえ、いや、まだ使いこなせてるかは微妙なんだけど、ですが。じゃあ、まあ聞いてくれ……」


 緑殿に教えられた話は、第三王子殿下もとい、黒曜石色の王子様の話だった。


 スズオミ、カルサイト、俺はお前達を心から尊敬するぞ。


 よくもまあ、こんな話を聞いて、平身低頭せずにあの方と接する事ができるなあ!


 もしかしたらあいつら、俺が思っていた以上に胆力があるのかも知れない。


 いや、俺がまだまだ小物なのかもな。

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