幕間-28 白絹糸の君な俺の話(4)
俺が黒曜石の方の存在を助言ではなく実際に知ったのは、王立学院二年次終了前のダンスパーティーだった。
卒業記念パーティーとは異なり、制服での参加も認められてはいるが、やはり婚約者がいる者等はそれぞれの色に合わせたり、工夫を凝らした衣装で参加している場所。
一応俺達も、それぞれの婚約者と共にドレスを選び、アクセサリーを贈る等はしている。無論、エスコートも。
ただ、ライオネア様だけは女子学院生のたっての希望で男性の礼装だった。
学院から許可も得ている。
華美過ぎない程度にそこかしこに金糸が入った礼服姿の麗人の姿に、パートナーがいる女子学院生さえもうっとりとしている。いや、男子学院生もか?
然しながら、本日の主役はあのお二人だろう。
皆がそう捉えたパートナー同士。
ナーハルテ・フォン・プラティウム筆頭公爵令嬢の婚約者であられるニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ第三王子殿下。
ナーハルテ様のドレスも王子殿下の
ファーストダンスのエスコートも、パートナーとして行われたダンスのホールドも、王子とその婚約者に相応しい、優雅なものだった。
今日の殿下は、本当に、ナーハルテ様の婚約者として輝いておられる。
お互いがお互いを高め合っているが、あくまでも殿下はナーハルテ様を引き立てようとされていて、それがまた素晴らしい。
ファーストダンスの終了と共に、二人は会場の拍手で送られた。俺とカリウムも、盛大に拍手をした。
素敵……。というため息交じりの声さえそこかしこから聞こえてきた。
続くセカンドダンスはスズオミ・フォン・コッパー侯爵令息と聖女候補セレン-コバルト嬢が踊る予定。
学院で学んだセレン嬢の礼法の確認と、ライオネア様と正装で踊りたいという学院子女の強い願いとを同時に叶えるべく、学院と聖教会本部の確約が為されている正式なエスコートだ。
それ故に、セレン嬢は聖教会の正装。スズオミは、黒の礼装に、コサージュだけを白の薔薇にしている。皆が尊ぶ聖教会の色。紫色にしないのはそういう理由。
この二人もまた、中々に絵になる様子だった。
セレン嬢の練習期間の少なさをスズオミの運動神経がフォローするという感じ。
ただ、スズオミのダンスは剣術の様で荒さが見られたが、まあ、セカンドとしては及第点。セレン嬢も、半年未満という練習時間の割には踊れている方だった。
まあ、多少の聖魔法による身体能力の向上については多目に見よう。
さあ、あとはナーハルテ様とライオネア様のサードダンス。
これもまた見逃せないな。
高みの見物もどきといこうか、と寛ごうとしたその時だった。
「ライオネア・フォン・ゴールド公爵令嬢。済まないが、サードダンスは譲ってもらおう」
今、殿下は何と言われた? そもそも、この距離で何故俺の耳は音を捉えられた?
『……イットリウム』
これか。
俺の
今日はカリウムの色、淡橙色だ。
『気合いを入れなさい。今日、この日に、違えてはなりません』
分かりました、妖精殿。
分からないけれど、分かるしかないという事が。
「何を仰っておられるのかな、第三王子殿下」
ライオネア様が守護者の様に立ちはだかる。
これならまあ、余興として済ませることも可能だ。まだ、今ならば。
ただ、尋常ではない雰囲気を察して、サードダンスの前奏が幕間の曲に変えられた。
実に有能だ。この場が収められたら、楽団には労いをせねばなるまい。
ナーハルテ様の体が少しだけ震えたが、すぐに持ち直したのが見える。
『焦るでない。今すぐに、黒曜石のものがそちらに向かう』
これは。
あの精霊王様直参であられる白き高位精霊獣殿のお声か。
では、妖精殿?
『ええ。来られますよ』
「皆の者、聞くが良いぞ! 僕、コヨミ王国第三王子、ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミは、ここに於いて、婚約者ナーハルテ・フォン・プラティウム筆頭公爵令嬢の断罪を執り行う!」
断罪。
会場がざわめく。
さすがに、もう無理か。俺達はそれぞれの婚約者と肯きあい、ナーハルテ様達の元へ。
「イットリウム」「了解」
カリウムが魔力を流してくれたので、俺達を含めた関係者を全員転移した。
相変わらず心地よい魔力。これで衝撃波がかなり減るはず。有難い。
スズオミだけは、第三王子殿下と共にいる。
殿下の隣には、セレン-コバルト嬢が。
触れるか触れないか程度の指先。殿下はサードダンスを聖女候補
……何がしたいんだ? まさか、何かの心理操作魔法? いや、精霊珠殿の結界内でその様な事があるはずはない。
「ナーハルテ
ちょっと待て、正気か?
いくら何でも無理矢理が過ぎる。王子殿下ともあろうお方が。
筆頭はどうした。何故わざわざ筆頭を外した!
ナーハルテ様は筆頭公爵令嬢にして法務大臣令嬢だろう?
そもそも、俺達には婚約破棄権はないぞ!
マズい。
カリウムはともかく、リチウム様も、ナイカ様も、魔力を溜めている。
カリウムは俺を補佐する為に魔力を集めてくれているらしいが、残る二人は多分、最大の効果を持つ震動波を限界まで縮小して、殿下だけにぶつけるつもりだ。それはつまり、極小の強力な魔力弾。
この二人の全力は困る。
おい、カントリス、カルサイト、何とか止めろ!
「「凛々しい……」」
いや、カントリス、リチウム様の雄々しさに見とれるな!
カルサイトもナイカ様にうっとり、か!
「リチウム、ナイカ、何とか抑えて! ここはイットリウムが上手く対処するから!」
……へ、俺?
そうでしょう、とカリウムがウインク。我が婚約者殿は、こんな表情も魅力的だな。
仕方ない、何とかするか。
「ああ、これは台本有りきの事だから。俺達が動揺してしまうと、他の学院生に影響があるから、むしろ落ち着こう」
口から出任せだが、逆にそれが尤もらしく見てもらえた様だ。
二人は魔力を体内に留めてくれた。
『良くやりました。……さあ、来ますよ!』
妖精殿に言われて、注視すると。
黒曜石色の魂がそこに居た。
どうやら、妖精殿と俺にしか見えていないらしいな。
……誰かを探している?
俺達の近くで停止したそれは、ライオネア様の美しさに戸惑い、ナーハルテ様のお姿に多大なる感銘を受け、その上で、何故か王子殿下の周りにスズオミとセレン嬢しかいない事に更に戸惑っている様だった。
……そして、助走の様に一度高く浮上し、下降。
すると。
「婚約破棄……する訳ないでしょう!ナーハルテ様のこの美しさ! 賢さ! 白金の髪の毛は綺羅星の如く、白金の瞳はその気高きお心を映して輝いて! そんな方と婚約できただけでも幸甚なのにお願いした立場で破棄?どこのまぬけ野郎ですかそいつは!」
笑える。腹を抱えたくなるような爽快な啖呵だ。
どこの、ってそこの貴方ですよとツッコみたい。
……黒曜石の魂はもう見えない。
代わりに浮かんでいたのは、
……ああ、そうか。
貴方は旅立たれるのですね。
さようなら、俺の敬愛する、大切な白金の王子殿下。
多分、俺の別れの言葉は、彼には届いてはいない。
……それでも良い、と俺は満足していた。
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