幕間-26 白絹糸の君な俺の話(2)

 改めて思い出すと懐かしいなあ、王立学院の入学式。


 タウンハウスに宿泊して入学式に列席してくれた両親が俺に軽く合図をした。

 一応伯爵位なので来賓席のまあまあ上の段だから、視線を合わせようとすれば可能なのだ。


 王立学院の普通クラスに入りたいと言った時、伯爵令息なのに普通クラス? 等と言うこともなく、

「第三王子殿下が普通クラスであられるからかな。本当に君は優しいねえ」


「貴男はお花を育てるのも得意な子だから、きっと繊細なのね。どこに所属しても、名誉ある王立学院ですから、勉強には集中してね」

 そんな風に本気で言う善良な両親に、とりあえず俺は心配は掛けていないらしい。


 花は育てると言うよりは、花が色々教えてくれる(気がする)通りに水をあげたりしていたら良く育つだけなのだが。まあ、それはそれ。


 妖精殿が普通クラスという選択を認めて下さったのもとやかく言われない理由の一つだったのかも知れない。


 ただ、学院から『上クラスにも希望すれば入学を認める』という通知が来ても進路を変えなかった俺を見た時にはさすがに苦笑いをされたが。


 皆が入場を済ませたので、着席をした。


 新入生の挨拶が行われる予定の壇上には、相応しい優秀な人材がいなければその年はクラス自体もなくなるという選抜クラスに首席入学をされたナーハルテ・フォン・プラティウム筆頭公爵令嬢の姿が……。ない。


 さすがの俺も目を丸くした。そこにいらしたのは第三王子殿下。筆頭公爵令嬢の婚約者だ。


 我がコヨミ王国は代表挨拶を王家に忖度して変更する様な国ではない。平民が首席ならばそのままその者がおこなう程。実際に数回だが記録も存在する。

 そもそも、忖度と言うならば、筆頭公爵令嬢のご血縁は大国の王家筋であられるのだ。

 確か、聖女様が顕現された記録があるという国からの留学生もいたはずだが、その者も筆頭公爵令嬢と比べられたら優秀とは言い難い人物なのだろう。


「……このたわけ王子が!」


 俺の思考を突き破る、一瞬の咆哮、そして転移魔法。

 多分、生ける英雄、学院長先生と学院の知恵の守りの象徴、知の精霊珠殿の合わせ技だ。


 咆哮は衝撃波をかなり抑え、対象と周辺の鼓膜への影響もきちんと考慮されている。

 美しい魔力の相互作用に、うっかり(そしてうっとりと)見とれてしまった。

 殿下が一言も発しない内に対処されたのは、むしろご温情だ。何かをしてしまったら、それこそ、取り返しがつかない。


 勿論、何故、とか、筆頭公爵令嬢様はいかがなされたの? と言う声が多少は出始めた。

 それでも静かなのは、さすがは王立学院。

 さて、どうしたものか。一応伯爵令息として、何かするべきか。


 第三王子殿下には恐らくスズオミ・フォン・コッパー侯爵令息が付いて行くだろう。

 実際、彼らの席は空席だ。

 カントリスは女子学院生達を落ち着かせている。俺達の婚約者殿達は全員が選抜クラスなのでこの普通クラス一組の席には誰も居ないのだ。

 カルサイト・フォン・ウレックス侯爵令息は多分、選抜クラス席のナイカ殿を今なら確認できるかなあ、とでも考えているのだろう。


 すると、壇上に凄まじく美形な学院生が現れた。

 最高級の女子学院生用制服。それなのに端正な騎士以外に見えないのは、外見と姿勢と長身のせいだろうか。あとは独特の魔力かな。


 スズオミ・フォン・コッパーの婚約者、ライオネア・フォン・ゴールド公爵令嬢。

 彼女が指を口元に当てた。それだけで、女子学院生の殆どは口をつぐみ、男子学院生さえも姿勢を正した。


 それを確認した彼女が壇上から消えると、そこには。


 ……ああ、この方が。


 衝撃を受けた。この様な方が、本当に存在するのだ。


 来賓席の最上位、王配殿下と王太女殿下も輝光に似た雰囲気に包まれておられるのだが、何だろう、上手く表現する事が出来なかったが、とにかく輝いていらしたのだ。


「この度、無事にコヨミ王国王立学院高等部入学を迎えられました事を、皆様を代表いたしまして精霊王様、聖霊王様、幻獣王様、そして初代国王陛下に感謝申し上げます……」


 美しい、完璧な礼に始まる、その挨拶。


 声量が大きいという訳ではないのに、朗々たる響き。


 外見、精神、魔力。この方の美しさはどこからくるのだろう。

 この方を敬う者は多い。だが、何故か挨拶を行おうとしていた第三王子殿下を敬う者は……。


 そう、皆が敬うあの方には、俺からの敬意などは必要なかろう。ならば、俺は殿下に敬意を払おう。そう考えた。


 ただ、ナーハルテ様を嫌いになったりするのは難しい。なら、苦手、かな。うん、そうしよう。


 あの方に対して無関心や嫌悪の感情をもつのは正直、無理だ。

 何だよ、あの内面からさえにじみ出る美しさは。


『分かっているじゃない。内面の美しさが、美しい外見を更に美しくしているの。苦手、なんて無理しちゃって。二人共を敬えば良いのに』


 何処から声が、と思っていたら、新入生のコサージュの生花からか。


 そう言えば、俺のコサージュは白百合だった。新入生全員が付けている生花のコサージュにはサルメントーサ領産の花が使われている。

 初代が開発された花の為の状態維持魔法を付与されて、最短でも二日間は美しいまま。確か五代目が特許申請をした筈。


『ああ、これは助言ではなくて感想。君の晴れ姿を見たかったから。それで、これは助言ね。君は、これから先、白金はっきんの姫君と、白金しろがねの王子と、紫色の聖女候補と、黒曜石の王子様に会うよ』

 白金の姫君と、白金の王子。既に二人には会っている。

 あと二人は? と思ったがツッコむのは控えた。


 そして、助言を頂いた入学式からしばらくして。


「殿下の将来の側近として、という普通クラスで楽に過ごせる大義名分が出来ました、ありがとうございます!」

 やらかしの謹慎後に、やっとお目にかかれた第三王子殿下。


 俺にしてはかなり低姿勢で告げたつもりだったのだが、まずかったのだろうか。


 側近候補の一番手と言われるスズオミ・フォン・コッパーには睨まれ、友人のカントリスには背中を叩かれた。


「誠に申し訳ございません第三王子殿下!殿下の学友となれました事に感銘を受けました故の事に存じます! どうか、平にご容赦を!」

 カントリスが謝り倒しているので、まずかったかな、と思って殿下を見たら、笑っておられた。


「面白いなあ。普通クラスにはこんな伯爵令息がいるのか。良ければ俺と友人になってくれないか」

 それからは割と皆が知る通り。


 ただ、これは秘中の事なのだが、殿下とスズオミとカントリスと俺は、まぬけ王子と仲間達と揶揄される裏で、それぞれの婚約者に近付こうとする連中は秘密裏に締めていた。その中には聖国からの留学生もいた。


 初代の所蔵本である聖国についての書物に書かれていた

『聖女様が顕現されたただ一点のみでいばりちらかしていて、聖魔力保持者、聖女候補が全く存在しない、聖霊王様に失礼極まりなき国』というのは真実らしい。聖教会の本部も我が国に存在するしなあ。


 それらのことについては、知の精霊珠殿を通じて学院長先生はご存知なのだろうが、お咎めは無かった。

 さすがに相手が他国の王族、とかの際には許可を頂いていたし。

 因みに、カルサイトの婚約者殿は認識阻害の魔道具のお陰で真の姿を知る女子学院生からの尊敬のみ集めていたらしいのでカルサイトは基本的にはこの行いには参加してはいなかった。そうだ、彼の場合は俺達が彼への邪な思いを持つ連中を排除していたな、うん。


『筆頭公爵令嬢には僕の方が相応しい』と勘違いしてきた他国の王族の時は、俺とカントリスとカルサイトとで殿下を避難させたなあ。

 さすがにカルサイトもあの時は手を貸そうとしてくれた。

 何しろ、気配を察知したライオネア殿が成敗していたから。


 意外だろうが、一番ひどい目にあったのは、婚約者連れで留学してきた男子学院生だ。

 ライオネア殿に婚約者が夢中になり、

「女のくせに……」とそいつが言ったからさあ大変。

 スズオミを止めるのと、殿下と学院長先生と結託して、こっそり色々をごまかすのが手間だった。


 何とかごまかした後に、スズオミは、

「内緒だけれど、僕はライオネアの事を本当に騎士として、として尊敬しているんだ……」と仲間達の飲み会でこぼしていたなあ。


 筆頭公爵令嬢の婚約者の第三王子殿下がライオネア殿だと思われていたパターンは、皆で大爆笑した。

 この話は王太女殿下にもウケたようだった。


 そんなこんなで、割と楽しく過ごした一年目。


 敢えて何かを挙げるならば剣術大会でライオネア殿に惨敗したスズオミがつい「冷徹筋肉」と呼んでしまい、さすがに詫びようとしたらむしろ喜ばれ、器の違いを見せ付けられた程度か。


 そして、二年に進級となり。


 俺は、妖精殿の助言通りに紫色の聖女候補と出会ったのだ。




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