幕間-25 白絹糸の君な俺の話(1)

 美しい魔力循環をもって、ナーハルテ・フォン・プラティウム筆頭公爵令嬢が聖魔力を魔石に充填されている。


 神聖なるこの作業を遮ることほどに愚かな事もあるまい。

 お邪魔にならないように時を過ごす為に、少しだけ昔の話をしよう。


 俺の名前はイットリウム・フォン・サルメントーサ。医療副大臣令息にして伯爵令息。


 コヨミ王国の中でも珍しい、妖精に愛された土地と言われるサルメントーサの地の生まれだ。


 精霊殿や聖霊殿はそれぞれ精霊界、聖霊界からお見えになるが、妖精殿は自然からお見えになる存在。

 つまり、俺の故郷は妖精殿がお見えになる程の豊かな土壌という事だ。

 その通りで、鑑賞用、魔法用、医療用、魔法医療用等など、あらゆる用途の花を栽培する土地が俺の故郷。


 そして俺は、花の妖精殿と心を通わせたとされる初代様と外見と魔力が似ているらしくて、学院入学の前の年に一度、初代と親しかったという妖精殿にお会いする機会があった。

 まあ、お声のみではあるのだが。それでも驚くべき栄誉だろう。


 小さいながらも庭の花壇は盛況で屋内に書棚が多いサルメントーサのタウンハウス。

 学院に入学予定ならばこちらに居住の方がと父母に言われたそこの花壇の花に、声を掛けられたのだ。


 俺の髪の毛の色に似た、はたまた俺の髪の毛の色が似たのか、白に白を重ねた美しい百合の花から、妖精殿の声は聞こえた。

 妖精殿達はどちらかと言えば聖霊殿に近い存在であられるらしく、俺にとって『何か重大な事がある時のみ、助言を』下さると仰られた。


 それはいくらなんでも、と俺は最初、辞退をしようとした。


『いや、初代伯は妖精殿に頂いた土への祝福の魔法を領民の発展の為に使われた事を初代国王陛下に認められて爵位を賜った元地方領主でしょう? 俺、医学にしか興味ないような人間ですよ? ご存知なのでしょう? それよりも、医療副大臣として国民の為に、って活動している父の所にいらして下さいませんか? 領地を守ってくれている母にでも良いです!』

 俺は決して善良な人間ではない。自覚がある。

 父のように皆の為に、ではなく自分自身の為に医学(魔法医学も)を好んでいるのだ。

 それでも、この国と領地領民を思わない様な腑抜け野郎にはなりたくない、くらいのなけなしの気概はある。


『いえ、その髪は初代サルメントーサ伯爵と同じく、絹糸の髪。これを持つ者にだけ、私は話をする事ができるのです。また、ごく稀にこちらの世界を気に入られてこちらに存在する聖霊殿や聖霊獣殿、聖霊と関わりのあられる精霊殿達、精霊獣殿達も、貴男に助力をして下さるかも知れません。もしかしたら、幻獣殿も。とりあえず、いずれ貴男にもたらされる婚約の話は大切になさい。また、楽をしたいからと普通クラスに入学するのは良い事です。まあ、爵位からすると、良くはないのでしょうが、貴男にとっては良い事ですよ』


 それからは、妖精殿の声は暫くの間は聞こえなかった。


 その頃進路について話をした友人のカントリス・フォン・マンガン伯爵令息は、数学系にはたいへんに強いが「文系科目と詠唱が長い魔法に滅法弱い為に普通クラスを余儀なくされそうだ」と言っていたが、彼は長い時間を文系科目と詠唱魔法に掛けられないだけで、必要とあらば集中力を発揮する筈だ。


 俺が医学にしか興味がないから楽に過ごせる普通クラスに入学を希望している事も妖精殿には何故かお見通しだった。


 それはともかく、婚約、って何だ? とその時は思ったなあ。そりゃあそれなりの貴族階級だから、いつかはそんな話もあるかも知れないが、我が国では年齢的にまだ早い話題だ、と。


 そうだな、ついでに婚約の事も話そうか。


 またこれは、少し経ってからの王立学院高等部への入学準備中の頃の話。


 友好国たる大国に嫁がれるご予定と発表があった筆頭公爵家の長姉殿。新聞各紙が実に賑やかだった。

 王太子殿下または王太女殿下のどちらかと婚約をされるかと思う向きが多かった様だが、優秀な女性人材は外国に渡られる事となったのか。


 そう思っていたら、筆頭公爵家の三女殿が第三王子殿下と婚約をされるという。へえ。

 言わずと知れた、法務大臣の末のご令嬢。白金の完璧淑女殿。

 そればかりか、騎士団団長令嬢と副団長令息、魔道具開発局局長令嬢と副局長令息、財務大臣令嬢と財務副大臣令息、医療大臣令嬢と医療副大臣令息もそれぞれ……。おや?


「この国の医療副大臣は父上では?」

 新聞記事をお見せしながら父に尋ねた。


「うん。そして令息は君だねえ。まあ、破棄権はあちらにしかないから」

 今晩あたりに話そうと思っていたんだ、と俺とは似ても似つかない温和な外見の父が言う。


「要するに、期待はされていないけれど、優秀な女性人材の国外流出の歯止めになれたらなってね、って事ですかね」

「……うん。そうだね。まあ、医療大臣閣下と財務大臣閣下のご婦々は良い方達だし、ご令嬢達も姉妹同士お互いがお好き過ぎとはいうけれど、優秀な方達だよ。君は、まあ、医学にしか興味がないけど、外見はとても素晴らしいし、性格も、親からしたらとても良いから、まあ大丈夫じゃない? 君の外見を気に入って何かしてくる方達を減らせるよ。少なくとも、学院生の間はね。どうしても嫌ならお断りするよ?」


 温厚な医療副大臣たる父は、俺の事を良く理解してくれているし、良い性格、というのも多分、皮肉ではない。


 大体、王命ではないものの、どう考えても裏がありそうな侯爵家と伯爵家の婚約話。女性人材の件も、全くない、とは言わないが、真の理由かは疑わしい。


 それを、破棄権を持たない側から断ろうなんて、この国でなければ爵位を剥奪されそうな発言だ。

 それくらいに俺を思ってくれる父には、いくら俺でも特には何も言わないし言えない。

 ああそうそう、妖精殿の助言の事はお声を頂いたあの時に父には報告していた。


 そうだ、それに得な事もある。

 白絹糸の君。

 そんな言い回しで俺の外見を好む男女は意外と多いらしい。

 長く美しい(のか?)絹糸の様な白く見える髪と白い肌。白髪ではないらしいが、まあ、妖精殿も絹糸と仰ってはいたな。


 フィンチ型の鼻に掛ける眼鏡は人避けになるかと両親が魔道具開発局局長殿に相談してくれた結果だ。魔力で自由に着脱可能。

 自分では気に入っているが、却って白皙の肌に映える等と言われても……それは全く嬉しくはない。


 俺とは真逆で、心からこの訳ありげな婚約話に喜んでいた者もいる。

 やはり、またもや善良なる友人、カントリスだ。


「女性には優しくね、私、女性を大切にする人が好きなの」

 と昔、家同士の付き合いのみだった頃に婚約者(当時はそんな気配は全く無かったが)に言われたとかで、彼を宝飾品の様に扱う(彼自身は紳士の務めと信じている)寡婦達にまで優しいカントリスは周囲からはたいそうな女性好きに思われているが、あれはきっと、女性私の家族という意味で言われたのだろう、リチウム殿は。


 女性好き。実際は手に触れる事さえほぼしていない紳士っぷりなのだが。

 伯爵令息ながら彼女と……。と歓喜していた彼はきっとこの一連の婚約話の裏などは考えてはいないのだろうな。


 ああ、そうそう。

 カントリスが恋をした契機となったのは彼女、リチウム殿の数式の原型だ。数字と計算と数学を愛する彼故の思い。


『数式の乙女』と彼は婚約者の事を呼ぶ事もあるらしい。心の中だけで。


 あまりの純粋さに、いつか本物の女性問題が生じたら助けてやろうと思ってはいる。

 でも、今は表立ってはいないから特には助けない。多分俺は相当に意地が悪い。


 カントリスは俺の事を空気を読まない奴と思っている。実際は読んではいるが、読まない奴なのだが。


 空気の読まなさ、読めなさはカントリスともう一人、騎士団副団長令息にして侯爵令息であるスズオミ・フォン・コッパーの方が上をいっている。

 ただ彼もまた善良なので、俺はカントリスと同様に彼の事も微笑ましく感じてはいる。


 とりあえず、俺が医学にしか興味がない事には特に問題ないと思ってくれている婚約者カリウム殿には可能ならば俺に対する興味を持ってもらえたら、とは思う。


 元々、あちらのご婦々と俺の両親はお茶会にご招待頂く仲で、婚約話の後は俺も誘われる事があった。

 領地の母を迎えに行くのは父か俺。転移魔法は二人共に得意なのだ。


 俺の婚約者、医療大臣令嬢カリウム・フォン・フルリアン殿と姉妹でカントリスの婚約者、財務大臣令嬢リチウム・フォン・タングステン殿。


 エルフ族の美しい大臣閣下同士ご婦々の娘である彼女達は、両方の産みの母君ではなく遺伝上の母君のそれぞれの美貌を受け継いでいて、俺の外見に重きを置いていない。

 それどころか関心が無い。

 そこが一番素敵だ、そういう意味ではとても好きです、と正直に伝えたらさすがに良くはないのだろう。


 そもそもそれでは、俺はお二人共を好いている事になってしまう。


 ……それは、困る。


 善良なる友人に嫌われたくはないからな。

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