179-イットリウム・フォン・サルメントーサ様とわたくし

「せ、せ、せ、せーい、ませきー。せ、せ、せ、せーい」


 明朗なお声で不思議な歌を歌いつつ軽快に魔石を作成しておられるのは、医療副大臣令息であられるイットリウム・フォン・サルメントーサ伯爵令息です。


 昔のわたくしを苦手と仰った事で令息の婚約者であるカリウムとセレン様、それからわたくしの伝令鳥朱々とひととき不穏な瞬間はございました。

 しかしながら、どこからか現れた黒き伝令鳥殿のお陰で取りあえず収まり、今は各々の任務に集中を、という事になりました。


 皆が目覚めました後にわたくしが伝令鳥殿の特徴を申し上げましたら、朱々が、

『あの黒き方が間に入られたと言う事は、この絹糸は見込みがある人という事よ、あたくしに免じて収めて頂戴』と言いましたのが大きかったかと存じます。


 そして、あの方にわたくしの声を、とのセレン様と朱々への相談は、未だに出来てはおりません。


 ただし、医療活動につきましては最初の一週間で対応を待たれていた方々はほぼ終了いたしました。


 これは素晴らしい成果と存じます。


 監督者としてご同行下さいましたエルフ族のお力に目覚められたネオジム-コバルト様のご尽力の賜物でございます。


 辺境区域の病院と孤児院の予定地の整地には第三王子殿下の召喚獣緑様と騎士団の皆様、辺境警備隊の方々が参加されました。


 そして、患者としてみえた獣人族の孤児院の女児が話してくれた内容を端緒としました他国の獣人売買組織の壊滅をほぼ完遂されましたハンダ-コバルト様、竜族のカバンシ様は第二王子殿下と共に先に王都への帰途に就かれました。


 ハンダ様とカバンシ様は第二王子殿下の護衛を兼ねておられます。

 辺境伯閣下も映像水晶を通じてこの度の成果につきましては労いと感謝を述べておられました。


 医療機関に必要な人員が揃うまではネオジム様がセレン様と共に仮の診療所を設けてこちらに残られる事が決まり、辺境区域の聖教会のご協力により、仮の孤児預かり施設も開設される運びとなりました。


 その為に、わたくし達は今、診療所と預かり施設の活動に役立てて頂くべく、魔石作成の為の魔力提供をさせて頂いております次第です。


 カリウムとセレン様はわたくしとイットリウム様が同室で作業を行う事には反対でしたが、朱々が残るという事で何とか了解して頂いたのです。


 必要な魔石は雷、火、水。

 全てが生活魔法に欠かせないものです。

 イットリウム様は希有な多属性保持者であられまして、三属性をお持ちなのです。

 わたくしは恐れながら聖属性も得ました為、全属性を持つ者として聖教会本部にお認め頂きましてございます。


「せーいませきー……、ナーハルテ様、貴女、俺の事嫌いじゃないよね? ねえ、朱色様」


 歌の途中でこう言われましたイットリウム様を、人型になりました朱々が軽く諫めます。


「……貴方ねえ、あの黒き方が目を掛けておられるからと調子に乗ると、あたくしの炎を飛ばすわよ?」


「だーかーらー、俺、ナーハルテ様の事は嫌いじゃないからね? 嫌いならぼーっとしてやり過ごすか、慇懃無礼にするだけだもん。因みに今は大好き! あの瞬間から、貴女凄く良くなった! あと今のニッケル? 様? も好き! だから俺ね、将来ネオジム様みたいに医学と魔法医学の学位取って、侍医になるんだ! あ、お二人で夫婦の冒険者とか地方領主とかになる時は教えてね? 便利な両刀遣い医師として付いていくから! あ、カリウムの事は心配ないよ、置いていかないよ! 俺ね、転移魔法得意なんだあ!」


 わたくしと朱々は、顔を見合わせてしまいました。飛んで行った、とは、ニッケル様の魂の転生の事でしょうか?


 そうだとしましたら、イットリウム様は何故にご存知なのでしょう?


『……ナーハルテ、この絹糸、嘘はついてないわよ? どうする、取りあえず眠らせる?』


 朱々がセレン様の術式で話してくれました。

「さすがだね、俺にも聞こえない念話術式?あ、大丈夫だよ。ニッケル君の中の人の正体は知らないから。頑張ってきちんとした人間、一人前? 婚約者に相応しい人間になったら、カルサイトみたいに教えてもらえるんでしょう? あ、何で飛んで行ったのを知ってるかは、許可が下りたら話すよ!」


 イットリウム様はカルサイト様があの方のご事情をご存知という事も知っておられました。


『これも本当の事よ』

 朱々が念話で再び伝えてくれましたその間も、イットリウム様は歌いながら魔石を作成しておられます。


 せ、せ、せーいまーせーき、すてきなすてきなせいまーせき。


「……はい、出来た! 三属性の魔石、たくさん! ねえ、朱色様、ナーハルテ様の聖魔石、下さい! 勿論、用途制限の縛りを付与して頂いて! そしたら、多分許可が下りるから!」

『……今、あの黒き方からも頼まれたわ。ナーハルテ、お願いできる? 勿論、この絹糸が彼の言うその方々に許しを頂くために使用するのみ、とあたくし、が制限を掛けるから』


 朱々、いいえ、朱姫がわたくしにこの様に願うという事は、この行いがわたくし、またはあのお方のお役に立つ可能性があるという事なのでしょう。


「分かりました」


 卓上に存在するのは、数多あまたの石。魔石の原石です。


 その中に見付けました、此度の用途に最も相応しく思われる一つ。


 それを、わたくしは手にしたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る