177-黒き鳥の召喚獣殿とわたくし

「素晴らしいご手腕でしたわ、イットリウム様」

「ありがとうございます、ナーハルテ様。もっと褒めて下さって構いませんよ」


 セレン様さえお気付きにならなかった猫族のお子さんの負傷を察知したイットリウム・フォン・サルメントーサ伯爵令息。

 さすがは医療副大臣閣下のご令息です。


 お子さんは安心されたのか、先程、孤児院の職員の方の腕の中で眠ってしまわれました。

 これでひとまず、他の場所と合わせまして怪我や病気の為第一に見て頂きたいとご依頼のあった方々については終了となりました。


 医療活動におかれては才気煥発なイットリウム様。


 ただ、少し、貴族のご令息としては型破りな所がおありになります。

 それもまた、今回の辺境区域の医療活動には良い作用をもたらしてはおりますが。


「イットリウム、私の得難い友に手を出したり彼女の魔力を欲しがったりしたら、……分かってるね?」

「そうですよ、あたし、意外と強いんですから! 父仕込の雷パンチ、当てちゃいますよ? 焦げますよ?」


 イットリウム様の婚約者でもある盟友、医療大臣閣下のご令嬢カリウム・フォン・フルリアン侯爵令嬢と、わたくし達の大切なお友達となって下さったセレン-コバルト様。


 お二人がわたくしを背中に入れて守って下さいました。

 大丈夫ですよ、わたくしも自身を守るすべは存じておりますので。


「え、あの邪竜斬り殿の魔法技? 当てて当てて! あ、自動の瞬間蘇生魔法、いるかなあ?」

 瞬間蘇生魔法。

 その上自動機能付と仰いましたか?


 騎士団魔法隊の精鋭部隊には使い手がおられるという高度な魔法です。隊長閣下ともうお一方かお二方ほど。


 会得していらしたのですか?


「イットリウム? 本気で婚約破棄をされたいのなら止めないわよ? 聖女候補に理由なく攻撃技を要求するなど、許される訳がないでしょう? セレン嬢は牽制の為にああ言われたのよ?」

「えー、だって、めったに体験できない技なんだよ? ああ、でも、カリウムに嫌われたくないから、我慢する」


「その言葉が本気なら、少しは将来の事も考えるけどね。……どうだか」

「え、本気だよ? カリウムには嫌われたくない。俺が嫌われても良かったのは前のナーハルテ様だもん! 正直、苦手だったんだよね。お堅くて! あ、今は嫌だ。ナーハルテ様にも嫌われたくない。だから仲良くして下さい、ナーハルテ様! 聖魔力とか、全属性とか、最高!」


 苦手。

 そうですか、確かに以前のわたくしは。


「イッ……ト……リ……ウ……ム……?」


「カリウム様、障壁を作成しました! 絶対に三分の一殺しの手前で止まりますから、どうぞご随意に! あと、あたしは生きてたら大体治せますから、ごまかせます! めちゃくちゃ聖魔法の練習したので!」

「偉い、凄い! ありがとうセレン嬢!」


 それからは、凄い状況でございました。


「どうか、お気になさらずに」とわたくしが伝えましても止む気配がない為、咄嗟に召喚いたしました朱色の召喚獣、朱々が一時的に場を静めて下さったのですが。


『なあんですって!』

 カリウムとセレン様から事情を聞き、朱々も激怒。


 皆が共に協力してイットリウム様に炎の特大魔法を飛ばそうとしてしまい、それを嬉々として全身で受け止めようとなさるイットリウム様。


 そこに、紅色に黒が入った美しい烏に似た鳥の精霊獣殿が突然現れ、皆を止めて下さったのです。

 強制睡眠魔法を用いられて。


 わたくし以外の全員に催眠魔法を掛けられたその精霊獣殿は、セレン様のお母様、ネオジム様の血族の方の伝令鳥でいらっしゃいました。


 お礼を申し上げましたら、『今はまだ詳細を示せない立場なのだが』と静かに言われます。


『白様の羽をお持ちの貴女にでしたら、主も会話を許してくれましょう。勝手ながら、第三王子殿下には皆様の無事の到着をお伝えしております。それから、茶色殿からのご伝言です。……主殿にお声をお聞かせ下さいますようお願い申し上げます。方法は、朱色殿と聖女候補殿にその旨をお伝え下さいと。ああ、皆が目を覚ましましたら、茶色殿のお名前を。一連の医療活動が終わりましたら、この者が嘗ての貴女を苦手とし、今の貴女を好ましく思った理由は訊いてみても宜しいかと。……それでは』


「ありがとうございます、またお会いできます事を望みましてもよろしいでしょうか」

『ええ、そうですな』


 美麗な紅色の滲む黒き羽を開き、去って行かれる黒き召喚獣殿。


 ありがとうございます、頂戴したお言葉、落ち着きましたら実践申し上げます。


 まだ存じ上げませぬ主たるお方にも感謝をお伝え頂けます様に。


 こちらの備品を使わせて頂くのは申し訳ないのでリュックちゃまにお願いして綺麗な毛布を出して頂き、皆様の下と上に浮遊魔法を用いて敷く事が出来ました。


 婚約者同士の男女、そのご友人、わたくしの伝令鳥という方々ですから、未婚の男女が、という細かい点は今回は考えない事にいたしました。

 恐らく、イットリウム様が苦手としておられた以前のわたくしならば、皆様を起こして、そして……と、しておりました事でしょう。


 わたくしが多少なりとも、変われましたのはあの方のお陰に他なりません。


 あの方が、わたくしの声を。


 それならばわたくしも、あの方のお声を求めても、許されるのでしょうか。


 いけません、また、あの感情ときめきが。

 今はまだ、任務に集中しないとなりませんのに。


 ただ、黒き鳥の召喚獣殿が言われましたじゅったん様のお言葉、朱々とセレン様に相談、は、折を見まして行わせて頂けたらと存じます。


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