176-侯爵令息の君と伯爵令息の僕

「お疲れ様、カルサイト」


 婚約者殿は第三王子殿下と昼食に行ってしまった。とは言っても同伴者あり。殿下の伝令鳥殿と魔法局局長専属秘書殿だ。


 秘書殿は感動のあまり半分泣いていた。

 彼は魔道具品評会成績発表日の第三王子殿下の壇上での演説に感激して翌日の新聞を辺境版まで購入した程の殿下のファンらしい。

 あ、勿論僕も誘って頂いた。殿下に。

 丁重にお断りをして、婚約者をお願い致しますとお伝えしたので大丈夫だろう。


「カントリスは昼食に行かなくて良かったの? 僕は、その、ナイカと一緒に魔道具開発局の食堂で昼食を取るのだけれど」


 赤灰色の髪と目の、見た目はたいへんに可憐な友人、侯爵令息にして魔道具開発局副局長令息たるカルサイト・フォン・ウレックス。


 彼は暗に君は邪魔だ、と僕に言っているのだろうか。

「……? ああ、いや、君は僕と違って女の子達に人気だから。誰かと一緒か、差し入れをしてくれる人がいるのかなと思って。僕達はむしろ君と一緒なら嬉しいよ?」

 疑念は僕のやっかみからくるものだったか。


 カルサイトの大きな目は実にかわいらしい。

 それにしても、僕は彼にまで女性を侍らせる男と思われているのか。

 これなら、第三王子殿下や婚約者殿にはどう思われているのだろう。良い想像ができない。


 僕ことカントリス・フォン・マンガンは伯爵令息で、財務副大臣令息。


 確かに女性には優しく、を信条にしているが、これでも僕としては婚約者リチウム・フォン・タングステン嬢を第一にしているつもりなのだ。


 ナイカ嬢を大切にするカルサイト、ナーハルテ様を思う第三王子殿下と僕とは何が違うのだろうか。

 ついでだからカルサイトに尋ねてみた。


 すると、カルサイトの可憐な表情が曇り出した。


「……カントリス、僕は君を大切な友人と思っている。だから言うけれど、僕と、そして恐れながら第三王子殿下は、婚約者殿に予定があるからと、休日に婚約者がいない女子学院生達と買い物に行かれたりはなさらないよ。絶対に。仮にそれがあるとしたら先程の殿下の様に確実な同伴者の方々がおられる公務だろうね」


 そうなのか?

 僕の婚約者リチウムは

「どうぞお好きに。私も予定通りカリウムと過ごすから」と言っていたのだが。


「では、もしかしたら寡婦であられるご婦人と美術館に行くとか、婚約者のいない妙齢の方の仮のパートナーとして観劇に行くのもダメなのか?」


 僕がそう伝えると、彼の表情は曇りどころか真っ暗闇になってしまった。

「……正気なのか、カントリス。本心を言うが、僕の想像以上にひどいぞ。君の欠点は女子学院生達と親しみを持ち過ぎな所と数学や計算を好み過ぎる所だと考えていたが、前者のまずさは想像を遥かに超えていた。君の父君と母君は何と? 特に母君はスズオミの母君と親しい方だから、そういう事には厳しくあられるだろう?」


「いや、全て内密に、と頼まれるのだ。女性の頼みを断るのは俺には無理だ」


 真っ暗闇の表情だった彼に他にも何かあるのか、と言われたので僕は真面目に答えたのだが、カルサイトは頭を抱え始めた。


 重症だ、と呟きながら。


「……カントリス。君は今まで婚約破棄をされなかった事に感謝するべきだ。まあ、まだ救いはある……かも。もし、もう少し早い時期に破棄をされていたらセレン嬢に申し訳なかった。彼女は今ではナイカやナーハルテ様やライオネア様の大切な友人だからね。君の婚約者殿と姉妹殿も、セレン嬢がエルフ族の血族と分かり、かなりの好印象の様だし。編入時の婚約破棄となっていて、万が一にもセレン嬢が君に親しいからと誤解されてしまっていたとしたら、と考えると恐ろしくもある。何しろ、彼女の父君は元邪斬り殿だからねえ。相棒はその元邪竜殿だ。加えて第三王子殿下の召喚獣殿との親交もおありだとか」


「らしいな。セレン嬢本人はナーハルテ様と並ぶ聖魔力保持者、母君は医学博士のネオジム殿。しかも、カクレイ医療大臣閣下の愛弟子のエルフ族殿であられる。つまり、冗談でも平民が、なんて言える存在ではなかったのだな」


 勿論、カルサイトはこの会話に音声阻害魔法を掛けて話していた。だが、眉をひそめられた。

 不謹慎、と言いたいのだろう。


「失礼だよ、カントリス。君はセレン嬢の開発した魔道具を見たのかい? あれは素晴らしかった! 立場上、開発に専念する事が困難だからと彼女は開発案提供並びに魔力供与者となり、ナイカと僕が開発をさせてもらう事になったけれど、お陰で簡易印刷機が格段に進歩しそうなんだよ。それに、彼女の学習態度は編入時から真摯なものだった。女性の友人を紹介しなかったのは、まったく、僕達の落ち度だろう?」


 その通りだ。

 それを出されたら何も言えない。と言うか、第三王子殿下にもそうお伝えしたのは僕も同様だ。一応自覚はある。


 セレン嬢の開発品については新聞の特集記事を拝見した。

 確かに、仮に魔道具開発で将来身を立てたいと考える学院生が開発をしたとしても卓越した物なのに、それを、聖魔法を学ぶ事が本筋の聖女候補殿が開発したのだ。


 計算、数学、医学、魔法医学と好むものに興味が行きがちで視野が狭窄きょうさくする僕達とは雲泥の差と言えよう。


「取りあえず、君も僕とナイカと昼食を取る事。そして、何とか第三王子殿下に君の女性に対する態度をお伝えして、婚約者リチウム様との仲を検討して頂こう。ナイカとナーハルテ様にライオネア様とそれからセレン嬢からの信頼が厚くていらっしゃるからね、殿下は。君の婚約者殿と姉妹殿もだよ。まあ、殿下におかれてはナーハルテ様はまた別格だが。とにかく、これからは一切、女性との約束をしない事。どうしても断るのが難しい場合は母君に確認して、お断りをお願いするんだ。良いね? 出来なければ、絶交だ。それに、このままでは遅かれ早かれ、婚約破棄になると思った方が良いよ。何しろ、僕達のセレン嬢への対応を元邪竜斬りのカーボン殿、元邪竜殿、ネオジム博士に財務大臣閣下、医療大臣閣下のご婦々が皆様お怒りなのだからね」


 何だそれは? 聞いていないぞ。


 最後の件については再度説明してもらったが、それは聖女候補に対する編入当時の僕達についてだった。


 第三王子殿下とカルサイトは(御)自身の成長と最近の婚約者との仲を考慮されて無罪、スズオミは年度末の試合までは留保らしい。


 と、言うことは……。


「そう、君とイットリウムだけだよ。色々と危ないのは。それも薄氷の様な危うさだ。あと、これは確認。君自身はリチウム様との関係をどうしたいの?」


「リチウムとの婚約が、無くなる? 嫌だ」


 思わず、口を塞いだ。

 僕は今、何と?

 いや、確認するまでもない。


「こんな時に無意識に出る言葉は本音と言って良いと思うよ。……ほら、魔道具開発局の食堂に行こう。ナイカが待っている」


 いつの間にか曇りと闇が晴れ、可憐な筈の友人の顔は凛々しい表情になっていた。


 これが、貴族ではおおよそ見られないとされる、然しながら我が国では確かに存在する、相思相愛の高位貴族の表情か。


 羨ましい。 

 僕も努力をしたら、この表情を手にできるのだろうか。


 侯爵令息と伯爵令息。

 友人と僕との差異は、爵位だけではない。


 変わらないといけない、もっと。


 僕も。


 そして、きっと、あいつも。

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