174-事務作業の私

『皆様は無事にお着きになられました。またお目に掛かる事が出来ましたら光栄に存じます』


 黒に紅色が差した美しい羽の色の伝令鳥さんがそう伝えてくれたのが数日前。


「あの伝令鳥さんは誰なの?」と寿右衛門さんに訊いたけど、

『あの伝令鳥殿は信頼するに足る方に存じます』という一言で終わってしまった。


 訳ありなのかなと追求せずに自主的に勉強したり、新聞の早刷りを読んだりして過ごしていた。


 まあそもそも、聖教会本部とか寿右衛門さん達の魔法壁を越える存在なのだから、かなりの伝令鳥さんだったのだろう。


 そんな感じで過ごしていたけれど、でも、まあ、頼まれたのだからやっぱり顔を出そうか、とスズオミ君に聞いたボランティア活動の場所に来てみたらこれがまあ、楽しい事!


「これはこの棚、入力済の資料はこの箱に、カルサイト君の入力した物の確認作業は必ず本人以外がやる事」


 昔(という程ではないけど)取った杵柄、やっぱり私は事務作業が好きだなあと実感した。


 これならもっと早く来たら良かったかな。

 ただ、そうしていたら依頼された人達のボランティア活動にならなかったかも知れないから丁度良かったんだよね、きっと。


 本当はパソコンにダーッと入力して、とかもやりたいけど、大書店の支配人さん達に預かってもらってる私のノートパソコンはあの場所で内々に活用してもらうのが良いよね。

 まあ、いつかパソコンみたいな魔道具が開発されたら良いなあ、とは思ってしまうのだけれど。


 因みに精霊界からのご依頼で大書店までお使いに行った寿右衛門さん曰く、蔵書リスト他、用途充実、たいへんに活用されているらしい。

 表計算ソフトとか諸々がお役立ちの様で何よりだ。


「殿下、凄いですねえ。さすがはリラ母様とカク母上が賞賛されるお方。ナーハルテが貴方様に夢中なのも分かります。色々ご指導下さいね。あ、私の事はぜひ、リチウムと」


 コーヒーと一緒に声を掛けてくれたこの方は、イケメン令嬢のお一人でリチウム・フォン・タングステン様。


 財務大臣令嬢にして侯爵令嬢。エルフ族のご婦々のご令嬢でハーフエルフさんと同等の方。

 遺伝上の母上、医療大臣カクレイさんにそっくりで、カクレイさんよりは身長が少し低い位。相違点は他にはお耳の短さ。


 容姿を端的に表すと、うっとりする程の健やかなお美しさだ。『キミミチ』ファンとしては感動もの。


 記憶の中のニッケル君には塩対応気味(勿論侯爵令嬢としての礼節は尽くしていらしたけど)だったけど、私には当たりが優しい。

 これは姉妹である医療大臣令嬢カリウム様も同じ。


 このイケメン令嬢姉妹様は、お二人一緒だとお互いが一番、だけどお一人同士だと普通に超優秀かつ超お美しい学院の誇り、女子学院生の憧れ、なんだよな多分(稀にお二人はお二人でこそ! とうっとりとしている学院生もいるらしいけど)。


 ほとんど同日同時刻生まれなので、どちらが姉か妹か、という事は特に示されていない。


 そもそも、この国というかこの世界、生まれの月日は特に記録されないし。

 因みに秋生まれらしい。ご婦々がエルフ族さんだから豊穣の季節を好まれたのかな?


「第二王子殿下、そして第三王子殿下の召喚獣殿、私の愛するカリウムと、殿下と私の大事な人であるナーハルテ、そして私と同じくエルフ族の血族とお伝え頂いた聖女候補嬢とそのご家族に恥じない活動を行いたいと思います。……カルサイト、そのチェック作業は私が行おうか」


 あれ、見事にスルーされた人が一人。


 カルサイト君はありがとう、ではこちらを、とコーヒーを受け取りながら書類の一群を指し示した。


「ああ失礼しました。あの美しい聖教会本部の魔馬月白と騎士団魔法隊の逞しき魔馬インディゴと、騎士団近衛隊の馬と騎士団の面々を忘れてはいけませんね」


 書類を集めたリチウムさ、じゃなくてさんにこう言われた。


 え、あ、うん。そう、コヨミ王国は近衛とそれ以外を完全に別に、とかは全く無くて、近衛も隊の一つ……ってそうじゃなくて。

 いや、正しいのだけれど。


「……殿下、お気遣いありがとうございます。然しながら、俺達が聖女候補セレン-コバルトの編入時に愚かであった事は紛う方無き事ですので。辺境区域に赴いたイットリウムと同様、俺も少しはこの活動で婚約者殿に見直してもらえたらと存じます」


 そう言うのはカントリス・フォン・マンガン君。


 財務副大臣令息にして、伯爵令息。

 淡赤色の髪と目の、泣きぼくろが印象的なイケメン。


『キミミチ』だと女の子大好きチャラ系だったけど、特にそんな感じでもない。強いて言えば、外見? 

 長髪を一つ結びにして緩く編み込みにしている所とかはそんな感じと言えなくもないけれど、雰囲気は悪くない。

 どちらかと言えば良い人っぽい。一応、私達よりは量が少なめではあるものの、コーヒーも出してもらえているし。


 まあ、これから仲良くなれたら良いな、とは思う。


 実は、今整理しているのは魔法局の旧副局長の関連書類一式。

 そしてここはその旧執務室。

 財務局の依頼なのに魔法局なのはそういう理由だったのでした。


 例のフカミルさんの親族、ナーハルテ様の寝所に侵入(未遂ですよ!)というとんでもない行いを目論んだ、しかし求者に利用されていた面も否めない人物の担当業務の関連書類群だ。


 仕事はきちんとしている人だったらしいから、その大量の書類群に対して魔道具開発局から派遣されたボランティアという形の我々学院生が業務に励んでいるのです。


 見る限りでは仕事上では本当にきちんとしていたみたい。字も丁寧で、しかも綺麗。


 学院生に何故依頼が? という気がするけれど、財務大臣リラシナさん経由だから、何らかの意図はあるのだろう。

 正しくは魔法局から各局に相談があり、魔道具開発局と財務局が対応、という事らしい。

 当然、魔法局は全面的に協力の態勢。


 そうそう、ここの書類整理システムはあちらでバンカーボックスという、元は銀行で保管に使われていた箱を用いた整理システム、それと少し似ている。


 いくら魔法が使える世界とはいえ、唱えたらあっという間に片付く、何て事が出来る訳もない。

 その中で便利な点は書類に自分の整理される箱の場所を覚えさせる事が可能な事。


 勿論、異なった場所に入ったら自分から本来の場所に戻る、とかではないのだけれど、『戻れ』と念じたらきちんと戻ってくれるのだ。これは助かる。


 ただし、魔力を特別に封じ込めた専用の書類と書類箱のみに可能なのだけれどね。

 しかも、それなりの魔力所有者以外は手作業。まあ、それは仕方ない。


 という訳で、この時期は編入試験対策の場合は年度末迄は自由登校な私達と、元々選抜クラスなのでご自身で授業の繰り合わせが可能なリチウムさんに白羽の矢が立てられたという訳です。


 まあ、私は助っ人、というか見回り役かな。


 カルサイト君は婚約者ナイカさんの入力魔道具の試運転が出来て楽しそうだ。


 これからもたまに顔を出そう。

 そう思える作業場所だ。私が事務作業を楽しんでいるというのもその理由なのだけれど。


 実は、カントリス君が業務中にぼそりと呟いた

「あいつ、大丈夫かな……」

 が気になるというのも、もう一つの理由なんだよね。

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