151-第三王子殿下とナーハルテと私

「相変わらず貴女のお茶は最高だ」


 私の名前はナイカ・フォン・テラヘルツ。


 コヨミ王国魔道具開発局局長令嬢にして侯爵令嬢でもある。


 自分で選んだ茶葉を美しい所作で入れてくれた彼女は、ナーハルテ・フォン・プラティウム。

 筆頭公爵令嬢にして、法務大臣閣下のご令嬢、伝統ある王立学院高等部首席学院生にしてつい最近には魔法の全属性保持者である事が判明した。


 内面、外見、魔力。


 彼女の美点は数え上げたらきりが無い程だが、現時点で特に話題に上がるのは美しい高位精霊獣殿を伝令鳥とし、今をときめく第三王子ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ殿下の婚約者であるという事だろうか。


 今日は、私達が密かに学院内の集合場所にしている東屋でお茶会を開いている。


 元々、自分自身で挙げた目標課題を先生方に認めて頂ければ必修授業等は存在しない選抜クラス生で良かった、と思う。


 特に、私はここ最近の日課だった選抜クラスに続く上位クラスである上クラスへの編入を目指す婚約者との勉強会と魔道具の品評会に提出する魔道具の開発を終えた為、必須事項は次年度に向けた学習計画を練る事のみで、あとは自己研鑽をして良い状況にある。


 年度末に我々の盟友ライオネア・フォン・ゴールド公爵令嬢とその婚約者、殿下の親友スズオミ・フォン・コッパー侯爵令息の試合があるようだが、その理由は中々興味深いものだった。

 関係の不和などではなく、発展的な婚約解消の為のらしいので、楽しみですらある。


 因みに、魔道具品評会で見事最優秀者となった魔道具開発局副局長令息にして我が婚約者でもあるカルサイト・フォン・ウレックス侯爵令息は、副賞として上クラスへの編入試験合格を得た。


 また、第三王子殿下達のお陰で私達は形式的な婚約者から、恥ずかしながら心を交わし合う仲となった。


 それ故に、私は家訓により結婚までは異性に対する認識阻害を掛けられた魔道具の眼鏡の着用を義務付けられていたのだが、その阻害魔法を解除する許しを父から頂けたのだ。


 要するに、意中の相手が出来たので私はもう異性に振り回される事は無い、と認めて頂いたという訳だ。


「貴女の理知的な美しさが皆様に理解頂けるのは嬉しいです」


「ありがとう。第三王子殿下が私の姿を認識されていたのは、魔道具を大切にしておられるお方だからかと思っていたのだけれど、魂の故にあられたのだね」


 第三王子殿下が魂の転生を果たされたお方で魂自体は若い女性である事、且つ、初代国王陛下の末裔であられる事。

 これは強い誓約魔法で縛られた秘匿事項だ。


 無論、二人で幾重にも外部への音声の漏れがない様にと魔法を施した中での会話であるのだが。


「はい。それから、異世界の遊具でわたくし達の姿をご覧になっていらした事もございます。何でも、第三王子殿下のあちらでの上司の方で、姉君と恋人同士であられる方がナイカに似ておられるとか。遊具の中のナイカ達の姿はわたくしも夢渡りでニッケル様に見せて頂きました」


「ああ、『電気』を用いた遊具。その遊具にも非常に興味を惹かれるが、私も先日、品評会の結果発表後に撮影をして頂いた時に『すまほ』の『写真』を見せて頂いたよ。確かに、私が黒髪であと10歳程年齢を重ねたらあの様になるのかも知れない。素敵な方だった。……頂いた品々に興奮した後にだったから、刺激が強かったなあ」


 あの、第三王子殿下の感動的な演説が行われた魔道具品評会会場。


 そこで、全てを終えた後に、第三王子殿下の異世界の魔道具による撮影会が行われたのだった。あちらに渡られたニッケル様に送られる為だ。


 ナーハルテは夢渡りであちらの殿下のお体に魂の転生をされたニッケル様にも邂逅し、何と手紙を持ち帰っている。先日判明したナーハルテの後天の属性、聖属性が魔力の少ないニッケル様に作用した可能性もあるらしい。


 第三王子殿下は他にも、こちらの世界の為になり、且つ、こちらの文明の発展を妨げない物を提供して下さるおつもりなのだ。何というお心ばえかと、壇上で伺った際には言葉が見付からなかった。


「確か、ナイカのお父上から医療大臣閣下にご連絡を、という事になっておりましたね」


「ああ、それで、ナーハルテから殿下にお伝え頂きたいそうだ。いつでも、どんな状況でも万全の態勢でお迎えする故に、是非とも伝令鳥殿に託して頂きたい、との事だった」


「研究と開発が進みましたら、画期的なものになりますわね」 

「間違いない」


 忘れもしない。第三王子殿下が、

「開発に秀でた皆様にご相談があります」と撮影が一通り終了した後に遠慮がちに申し出られたのは、異世界の月経に関する道具や下着類、薬等についてだった。


 我が国は女性であられる医療大臣閣下の旗の下、諸国よりもその分野に対する薬や対応が先進的と言われているが、殿下が示して下さったそれは、正しく宝の山だった。


 私と父、そしてカルサイトは殿下の伝令鳥、高位精霊獣じゅったん殿が張られた簡易結界の中でその素晴らしい品々を賞賛した。


 その時、他の皆様方は聖女候補セレン嬢が第三王子殿下からお借りした『すまほ』の『写真』を楽しんでいたのである。無論、私達も後から堪能させて頂いたのだが。


 特に、あの吸水性のある下着は素晴らしかった。こちらの世界の品に変化したと殿下が言われていたが、多分あれは高級な水スライムを下着にしているのだと思う。


 開発局と医療局にそれぞれ私物を提供して下さるという殿下のお心の広さに我々はおしなべて感銘を受けたのだ。


「使用済みで洗濯済みの物は男性用に変化していて、未使用の物だけ女性用になっていたから、こちらを提供しますね。予備もあるのでもしもの時は申し出て下さい。あ、あと、……もあります。一切未使用の物です!本当です! ハイパー、あ、私の予言書で確認したらこちらにもそういう用途の物がある様でしたが、参考になるかと思いまして。でも、下着と違って、本当に本当に未使用なんです!」


 内々のお言葉は避妊具だった。

 殿下の異世界の姉君が念には念をと託して下さったらしい。


 父が、

「分かっております。筆頭公爵令嬢には今は内密に致します」とお伝えしたら心から安堵されていて、お可愛らしいなと思った事はナーハルテには内緒だ。


 殿下はナーハルテを守る女性近衛等に転生するおつもりだったらしいから、私達にしてみたら万全の準備をなさった姉君のお心遣いに感嘆申し上げるばかりだったのだが。


 カルサイトも平然と、そして感動していた。可愛らしい外見の彼も、綺羅星の如き品々の前では一人の研究者であり開発者だった。正直私は彼に対して好意を増した。


『我が作り上げた魔道具を更に発展させ、これ程使いこなすとはさすがじゃ』

 と、精霊王様の直参であられる高位精霊獣殿が感心しておられたが正にその通りだと思う。


 上等な皮の鞄に擬態した魔道具。

 以前触らせて頂いた殿下の異世界での愛用品に高位精霊獣殿が様々な術を掛けられた物で、何と自動成長されるらしい。


 ナーハルテも類する品を頂いている。通信の魔道具も。


 第三王子殿下は本当に欲のないお方だ。


 然しながら、流される事なく大局を見ておられる。


 筆頭公爵令嬢ナーハルテの醜聞を捏造しようとした魔法局副局長達に対する扱いは魔法隊所属の騎士団員から報告を受け、粛々と対応しておられた。


 ただ、副局長の血縁への連絡だけは丁寧に、と担当者に伝えていたのが印象的だった。


「やはり、殿下は異世界できちんと勤めていらしたお方だからか、私達よりも大人でいらっしゃるな」


 ナーハルテの婚約者であられる方を表だってお褒めするのは私の立場上難しいがここならば良いだろう。


 惚気のろけになるが、私にもカルサイトがいるのだし。


「……そうなのです。年上であられる事を気にしておられましたから、その様な事は全くございませんとお伝えいたしましたが、逆に、わたくしなど子供に思えておられるのでは、と不安になる事もあります」


 まさか。ナーハルテ、貴女は。


「……ナーハルテ、まさかと思うが、貴女、殿下のお心に不安を感じたりはしていないね?」


 彼女の親しき友として、僭越ながら殿下の友人の婚約者として、ここは私が確認しておかねば。


 どこからどう見ても、今すぐに式を挙げても良い位に二人は相思相愛なのに。


 現時点では実行されてはいないが、それはナーハルテの姉君が大国である友好国の王太子殿下と婚約中であられる為に、そのお式を終えてからになるという明確な理由が存在するからである。

 そう、『電気』を用いておられる彼の大国だ。


「はい。殿下はあの壇上でも、わたくしの事をか、家族に、と仰いました。感激いたしましたわ。然しながら、真に素晴らしい御方であられる殿下のお隣に、そして場合によりましては前に後ろに侍る存在になります為には益々精進いたしませんと、と自覚して下ります。まずは、聖魔法に励みませんと」


 ……。


 ナーハルテ、貴女は既に素晴らしい方なのだが。


 多分、私がそれを言っても納得はしないだろう。


 そこが多分、殿下におかれては彼女の魅力の一つなのだと思うが。


 せめて、私はあの場で親しい友となったナーハルテと並ぶ聖女候補(ナーハルテについては特例で聖女候補との名乗りは自由)、セレン-コバルト嬢と共に、二人の行く末を見守る事にしよう。


 勿論、場合によっては手出しも辞さないつもりだ。


 ……え、他の友人達?


 ライオネアはあの通りライオネアだし、残る二人、医療大臣令嬢と財務大臣令嬢は、まあ、人物的には素晴らしい人達で、我々も大いに信頼する所なのだが、まあ、追々という事にさせて頂こう。

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