幕間-15 元魔法局副局長と手紙

「カケス・フォン・シメント。正式に起訴が決定したので貴方の身柄を移動する。よろしいか?」


 法務局の担当者と騎士団魔法隊の騎士数名が拘束されていた私に声を掛けた。


 拘束と言っても魔法を封じた手首の枷が両手それぞれに分けてはめられ、シャワーとトイレがある小綺麗な部屋に簡素ながら味と栄養がそれなりの食事に事故防止の為に時が来たら自動で消滅し、時間内である程度の必要量のみ飲用可能な給水装置。問題ない内容と判断されれば読書は自由(市井で購入出来る物であればほぼ許可される)。


 これを拘束と呼べるなら、という意味で拘束とした。

 しかもこれは既に子爵位は剥奪されているであろう私が貴族階級にあったからという措置ではない。

 平民も混在する部下達も同様の待遇の筈だ。


 全く、この国は素晴らしい。


 因みに、これは嫌味ではない。


 私は私なりにこの国を愛している。だから、聖女様の顕現の助けというあの者の甘美な言葉に協力したのだ。


 尤も、第三王子殿下と聖女候補殿の婚約をと貶めようとした筆頭公爵令嬢殿が聖魔力に目覚められ聖女候補と等しい存在になられた事実を見せられた今となっては、愚かな己の行いが徒労に終わって良かったとさえ思う。もし成功してしまっていたら、と考えると、暗澹たる気持ちになる。


 様々な防御魔法を掛けられた別室で見せられた映像水晶からは他にも皆様の美しい召喚獣殿、第三王子殿下の演説等、どれもこれも、私が愚物である事を思い知らせてくれる映像が映されていた。


 ああ、そうだ。

 そこには私が平凡な庶民風情が、と馬鹿にしていた魔法局の局員もいた。あの局員は何だかんだで朴訥な良さがあると評価されていたのを今更ではあるが思い出した。


 私の名前はカケス・フォン・シメント。爵位は子爵。

 そして、コヨミ王国魔法局副局長。いずれも嘗ては、となり、ただのカケス-シメントとなるのだが。


 魔道具品評会結果発表の壇上で睡眠状態で捕縛され、意識が戻り視界に入った超一級品のメイド服にメイド如きが、と喚いた自分を冷ややかに見た筆頭公爵家のメイド長殿は伯爵位を持つ界隈では高名な隠密であられたらしい。

 実に詳らかに我々の罪状を読み上げられた。ぐうの音も出ない程の詳細な証拠と共に。


 万が一にでも侵入の際に筆頭公爵令嬢の御身に害を為す事がない様にと裏家業の中ではきちんとした者達(魔法機関で認められた魔法資格取得者で後に道を外した連中等)を部下を経由して雇った所、裏の職務に忠実な連中が改心し、その下に就きたいと願う程の実力者であった様だ。


 図らずも、私は最後に高い魔法の力を持つ者を改心させる手助けが出来た訳だ。それならば、決して悪くない。


 今の私は、司法の場では、きちんと私が主犯であると認めようと考えている。憑き物が落ちた気分、とはこの事か。


 だが、雇ったあの連中から、指示されたのは「あくまでも侵入のみとする事。筆頭公爵令嬢に触れる事等は断じて無き様に」

 という契約であった、雇い主は害意や悪意を有してはいなかった筈、という減刑嘆願があった事には驚いた。


 私の爵位は平民と結婚した為にほぼ縁のない実の妹に渡るか、返上となり、副局長職は解雇。

 後者は、魔法局局員達に聖教会への寄進を強要した事でほぼ降格は間違いない扱いだったので、家族への多少の手当を渡してもらえると聞いただけで、やはりこの国は素晴らしいと、改めて感じていた程だ。

 これも嫌味ではない。


 ああ、一つだけ、心残りがある。


 魔力も大した事がない私の娘や息子を筆頭公爵令嬢殿に代わり第三王子殿下の婚約者に、などという戯言は自分でも、妄言だったと思う。

 寄進の強要と併せて、何故かそうする事が正しいと思われたのだ。

 筆頭公爵家への侵入教唆もそう。甘美な言葉と共に渡された指輪のせいかとも考えたが、確かに私が決めて行った事。

 罪に問われるのは当然だ。


 しかし、妹の娘。姪にだけは、迷惑を掛けたくはなかった。


 フカミル。

 あのには、高い魔力があり、才がある。私は魔法局の地位を上げたいだけで、魔道具開発局を下に見ている訳ではないのだ。


 そして彼女は、私には無い、魔力の少ない者達への配慮の感情も持っている。


「貴方の懸念事項はこれでしょう。……開発局局長専属秘書殿と第三王子殿下の召喚獣殿のご配慮により、特別に開封と閲覧を許可します」

 担当者から渡されたそれは、まさか。


「フカミル……?」


 魔力は嘘をつかない。

 字も、確かに彼女の物だ。フカミルからの手紙。こんな時期に渡してもらえるのか。そもそも、何故私に手紙を?


 手が震える。

 刃物と開封魔法は使えないので、なるべく丁寧に封を開けた。


「……そうか、良かった」


 震える手で落下させぬ様に読んだこの手紙は第三王子殿下の召喚獣殿の勧めでしたためたらしい。


 私があの者から預かり、彼女に渡した指輪の影響よりも魔石の選定、加工を評価された為、フカミルへの咎めや魔道具の奨励賞への影響は無し。


 尤も、フカミルは辞退を申し出ようとしたが開発局局長専属秘書殿や第三王子殿下の召喚獣殿、今行動を共にしているらしい同じく奨励賞を受賞した者に止められたという。


 指輪は一時期に提出をしたが、それも開発局による検査の後に返却されるらしい。


 辞退をするくらいならその魔道具を更により良い物にしたらいいと説得してもらえた事に感銘を受け、邁進したいと思ったとの事。良かった。


 妹は爵位を返上するつもりらしい。

 当然だ。


 私は二人の結婚を平民との婚姻などと、と悪し様に罵り、魔力の強い子が生まれたからと叔父顔をした者だ。そんな者の罪科により押し付けられようという爵位など、妹は捨てたいに決まっている。


 指輪は叔父様から頂いた物だからこれからも大切にしたい、必ず会いに行きます、いつかまた美しいお花を見せて下さい、


 お体に気を付けて。


 フカミルより。


 確かに、姪からの手紙だった。

 

 それにしても、美しい花。


 何の事かといぶかしんだが、気を付けて。の言葉の後に、糊で貼られた押し花の小さな花。


 フカミルの王立学院入学が決まった時に、私が魔法で出現させた物だ。


 あらかじめ種を用意して、成長を促進。夢みたいだと彼女は喜んでくれていたが、まさか、あの花達を押し花にしていたとは。


「大丈夫ですか。清浄魔法を掛けますか」


 魔法隊の騎士が、そう言った。


 私は今は魔法は使えないし、ハンカチ等は万が一の為使用不可だからだろう。


 ありがたい配慮だが、私は断った。


 これからしばらくの間、私は美しいものを出す事は無い。


 だからせめて、私から生まれた美しいものを残しておきたいと思ったのだ。



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