幕間-14 魔法局某の幸福

「私は忘れない、属性に目覚めた今も。照明の魔道具を付ける際に、自身の魔力でともる灯りに、この明るさでは魔石を増やすべきかと悩んだあの日々を。もしここに、嘗ての私の様に魔力が少ない事に懊悩する者がいるならば、この国ならば大丈夫だと伝えよう。思い出して欲しい。初代国王陛下が何故なにゆえに魔道具開発局を中心に据えた魔法機構を我が国に置かれたかを。魔石があれば、魔力を持つ隣人がいれば、魔道具ならば誰でも用いる事が可能であるからだ。そして、魔法局は魔道具開発局の下に在るのではない。共に歩むべき組織である。我がコヨミ王国は、そういう国だ。私はこの国の王族に在る者の一人、この国の民の一人として、ここに誓う。私はここで、婚約者、引いては私の家族となってくれる人と共に、この国を支えて行く事を。願わくば、皆にもそれを助けてもらいたい」


 そこは、王立学院魔道具品評会結果発表の会場。


 魔道具開発局局長殿が作成された声を拡声する音響魔道具は、会場の私達にも第三王子殿下のお声を余す所なく届けて下さった。


 隣に愛娘がいるにもかかわらず、私は泣いていた。他にも涙を流している人が何人もいた様だった。


「第三王子殿下、万歳!」


「筆頭公爵令嬢様とお幸せに!」


 周囲の人々の声に、私も思わず叫んでいた。

「わ、わたしはっ、魔法局に所属する者として、誇りを持ち、心より御礼申し上げますっ!」


 私の声が、第三王子殿下のお耳に届いたのか確認する術などない。

 それでも、私は満足していた。

 有料(騎士団等への緊急伝達は無料。素晴らしいと思う)の公衆伝達水晶で連絡を入れればこのまま直帰をしても良いと上司は言ってくれていたが、魔法局に戻って仕事をしたくてうずうずしていた。


 娘も、「お父さん、格好いい!」とお世辞を言ってくれた。

 素直に嬉しかった。


「文書課照波テルナミです。失礼いたします」


「はい、どうぞ」


 興奮冷めやらぬまま最高潮で終了した会場を出て、娘に屋台での買い物用の資金を渡して解散した後、急いで向かった私の職場、魔法局。


 受付で局長がお呼びと聞かされ、本当に驚いた。


 許可を得て、尊敬して已まない局長殿の執務室に緊張感を持って入室する。


「今日の開発魔道具品評会の結果発表は大盛況だった様だね。開発局から貸与された映像水晶ペンダントが各局の長に映像を直接送ってくれていたから君が叫んだ所も見させてもらったよ。……あれを見て、専属秘書として私に付いてもらえないかと思ったんだ」


 専属秘書! あの、魔道具開発局局長殿の秘書殿と同じ立場? 何故私に? 事務仕事は確かに得意な方ですが、専門ではないですよ。


 驚く私に、局長は続けられた。


「副局長については、やはり起訴が間違いないとの伝令鳥を法務局から頂いた。筆頭公爵家への侵入教唆など、言語道断だ。起訴と同時に解雇となる。元々、部下に対する聖教会本部への寄進の強要の件があったからもしもの場合に備えて降格の想定と代わりの副局長の選定は進めていたのだけれど、しばらくは静かに業務をとは行かなくなるだろう。私の傍には、実直な人物を置きたい。それが、君だ。済まないが返事は1週間以内で頼む。君の所の課長には話を通してある。因みに君を推薦してくれたのも課長だよ」


 局長の言葉を聞きながら、私は会場から屋台までの短い道のりで娘が教えてくれた事を思い出していた。


「お父さん、お母さんが開発局で凄い、っていつも話すけど、お母さんもいつもお父さんの事を素敵な人だって私に言ってるよ。特に、学院生だった頃、お母さんが品評会で入賞したのを「女のくせに」って言ってきた連中に「この素晴らしい開発品を開発したのが女性である事は事実です。それに何の問題があるのかを説明して下さい」ってお父さんが言ってくれたの、あれは本当に素敵だった、って私は何度も何度も言われたよ」


 あれは、私が妻に空気が読めない見本を晒したのを面白いと感じてくれていたのだと思っていた。

 そんな風に思ってくれていたなんて。


「それから、お父さんが結婚を申し込んだ時、「するつもりがなかったから嬉しい」って答えたの、お父さん以外とは、って付けなかったのをお父さん誤解してないかなって心配してた。訊かれないから分かってくれてるのかなって言ってたよ……あ、やっぱり誤解してた? ダメだよ、確認しなきゃ!」


 ……そうだ。私はいつも確認を怠る。

 きちんと、訊かないといけない。


「局長、とても有難いお申し出ですが、私は今の仕事に愛着を持っております」

 言えた。

 普段の私なら、絶対に有り得ない。


「それはこちらも理解しているつもりだ。だから、こういうのはどうだろう」


 それからの局長の話は、俄には信じられないものだった。


 現在の業務、そしてこれからの文書研究の仕事は在宅で行って良い、時給と必要経費は秘書業務とは別に支払われる。

 秘書業務の時間内でも空き時間には業務を行うことも認められるという破格の待遇。


 信じられない。何故、私にここまでの厚遇を?


「信じられない、という顔だね。まあ、君の研究態度と実直な人柄に対する気持ちの現れだよ。副局長もあれで、業務への態度は悪くなかったのだが。内面を見誤ったのは、私にも責任があるがね。副局長の周辺で、何人か同様に起訴される者も出る。組織として、きちんと対応せねば」


 副局長。

 確かにあの人も、魔力や魔法構築技術には秀でていた。

 しかし、それでもしても良い事と悪い事がある。


 あの壇上での仲睦まじい若いお二人のご様子。あれを引き裂こうなどと、考える事自体が恐ろしい。


 ただ、姪御さんは。


「君の事だから気に病んでいるだろう件についてだが、品評会の奨励作品に選ばれた副局長の血縁には開発局局長の専属秘書殿が付いている。難しいだろうが、最悪の結果にはなるまいよ」


「……そうですか、あの方が。教えて頂き、ありがとうございます。……頂きましたお話は、一度家に持ち帰ってもよろしいでしょうか。それから、少し仕事をしていっても構いませんか」


「勿論だとも。但し、残業は控えなさい」


「分かりました、失礼いたします」


 良かった。

 開発局局長殿の専属秘書殿なら、若い才能が折れぬ様に何とかして下さるかも知れない。


 執務室から出た時の私の足取りは軽かった。


 夕飯は娘に頼んで品評会会場周辺の屋台を巡って大量購入してもらっているから、私はケーキを買って帰ろう。


 娘はついでに買い食いもしているかも知れないから、明日まで持つ物が良いかもな。


 ああ、認定副業の魔石製作作業も増やしたい。


 魔力が少ない人達に、少しでも適切な価格で魔石を購入してもらえる様になれば。


 仕事もしたい。そして、家に帰って家族と色々話をしたい。


 二人は専属秘書就任を喜んでくれるだろう。


 信じられない。昨日まで、私は悩みを抱えていたのに。


 私は今、幸福だ。


 願わくば、この幸福をお与え下さった第三王子殿下とその周辺の皆様方にもご幸甚を、と非才な身で考えてしまった事は、秘密にしておこう。























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