152-スズオミ・フォン・コッパーと僕

「上クラス編入試験合格おめでとう、カルサイト」


 本来は年度末の筆記試験又は特例措置として功績による合格となる王立学院高等部上クラス編入試験。


 僕こと魔道具開発局副局長令息カルサイト・フォン・ウレックスまたの名をカルサイト侯爵令息は後者、つまりは魔道具品評会における最優秀開発者の栄誉を持ってその座を得た。


 僕の祝いの為に普通クラス一組とは思えない魔力と体力の持ち主、友人スズオミ・フォン・コッパーが来訪してくれたのは、ウレックス家のタウンハウスだ。


 侯爵家所有としては小ぶりだが、魔道具開発局と学院からは離れている我が領地の産物をふんだんに用いた自慢のタウンハウスである。


 ウレックス領の木材は一級品と言われているが、個人的には粘土瓦の屋根が特に気に入っている。勿論木材も最良だ。


 領地で領主代行として辣腕を振るわれている母上と長年我が家に仕えてくれている執事長には感謝してもし足りない思いだ。


 ただ、今回のナイカとのきちんとした婚約の確認は母と家の者達にたいへん喜んでもらえた。それは嬉しかった。


「スズオミも年度末に向けて忙しいだろう。ありがたいけれど、大丈夫なのか?」


 領地のメイド長が太鼓判を押したハウスメイドが紅茶と軽食を用意し、一礼をして部屋を去った後でスズオミに声を掛ける。

 一応、防音魔法も掛けておいた。


「こちらこそ気遣いをありがとう。君は母が経営権を持つ王都の菓子店の焼菓子が好きだったから、祝いになるかと思って。日持ちのする物だし、品質保持の魔法も付与したからナイカ嬢にも差し上げてくれ」


 笑顔で返す我が友人、スズオミ・フォン・コッパーは長身と爽やかさと思いやりを併せ持つ侯爵令息。

 騎士団副団長令息でもある。


 菓子店以外にも多数の事業の経営権を有する母君は彼曰く「我が家の最強」


 侯爵家当主であられる母君は、確かに騎士団副団長であられる父君よりもお強い所がおありなのかも知れない。


 スズオミは、同性からも好かれる好青年で、美青年と言っても良い。

 言いたくはないが婚約者ナイカよりも凜々しさに劣る女性的な容姿の僕とは正反対だ。


 いや、この外見もナイカに受け入れてもらえた今となっては愛着があるのだが、それは置いておいて。


 こう言っては何だがスズオミは絶対に普通クラスにいるべき人材ではない。


 上クラスに最初から入れる位の魔力所有者なのに、選抜クラスは無理だからと第三王子殿下(今の殿下ではなく異世界に渡られたニッケル様)と同じ普通クラスに入学した変わり者だ。

 だが、彼は今選抜クラス編入試験を目指している。

 良い心掛けだと思うが、在学者0名という年もある程にレベルの高い選抜クラス編入は、彼でも難しいとは思う。


「大切な友人には合格して欲しいが、選抜クラス編入では軽々しく頑張れとも言いにくいな。合格をされた第三王子殿下とセレン嬢は、本当にすごいよ」


「……正直、僕もそう思う。しかも、僕の場合は婚約者との剣術での試合が試験内容の大半だから」


 彼の婚約者ライオネア・フォン・ゴールドは公爵令嬢にして騎士団団長閣下のご令嬢だ。


 一言で言うと女性の憧れの騎士様の具現化。絵本か小説に出て来そうな美形だ。

 獅子騎士様応援会という彼女を応援する会まである程で、その規模は相当なもの。


 そして、恐ろしく強い。肉体的にも、精神的にも。因みに騎士クラスも存在する高等部剣術大会の連続優勝者でもある。


「そう言えば、剣術大会で君は善戦していたのに、年度内にまた試合を行うのは何故なのかを訊いていなかったな」


「ああ、それは……」


 それから、婚約の発展的な解消の為に婚約者同士が試合を行い、しかも、騎士団団長副団長というご父君同士まで闘うという事、スズオミがセレン嬢を真剣に思っている事を聞いた。


「……それはまた、何とも……。だが、セレン嬢は確かライオネア様の事を応援していなかったか? それから、彼女、セレン嬢のお父上には確か叙爵の可能性があった筈。叙爵と同時に娘である彼女には婚約者が置かれるかも知れないぞ」


 僕が考える位だから聖教会本部の方々も同様の事をお考えかもと一応思い当たる事を述べてみた。


 すると、見事にスズオミの顔色は悪くなっていった。


「カルサイト、君がナイカ嬢と自他共に認める婚約関係になった事は喜ばしい限りだ。……第三王子殿下もそうだが、僕からすると婚約者と良好な君達の輝きは眩しすぎる」 


 いや、第三王子殿下はナーハルテ様の一助になればというお気持ちで豪胆にも異世界から魂の転生をされた上、慣れない上に婚約者の断罪中という場で機転を示され、それ以降も大活躍をしておられる正に婚約者の鏡。


 その方を僕と同じ視点で捉えてはいけないと思う。


「ニッケル様も異世界で奮闘しておられるのだし、君も研鑽を積むしかなかろう。そもそも、君は婚約者がある身で他の女性に好意を抱いた。それを認めて頂いたばかりか発展的な解消をして頂ける機会を得た。それらの事に感謝をするべきだろう? 君はナーハルテ様の夢渡りでニッケル様からの手紙を頂いたそうだが、もしかしたら異世界に届くかも知れない返信に堂々と今の状況を認める事ができるのか?」


 厳しい言い方になってしまったが、これは僕自身を鼓舞するものでもあった。


 品評会最優秀開発者、上クラス合格で立ち止まらず、前を向いてナイカとの将来に向けて励んでいく事に、迷いを持ってはいけないと改めて僕は強く感じた。


「……ありがとう、カルサイト。君は本当に、立派になったなあ。祝いにきて励まされるとは、情けない」


「いや、君が努力を怠っているとは思ってはいないよ。筋肉の付き方、そして洗練された魔力。数ヶ月前とは別人だ。第三王子殿下とセレン嬢のお陰だろう?」


 しまった。

 そうだ、僕は先にこちらを賞賛するべきだったのだ。


 スズオミには悪い事をした。

 彼の向上ぶりは相当なものだった。


 そう、あの剣術大会決勝は素晴らしかった。


 あの試合、僕も手が痛くなる程に打ち鳴らして彼等を賞賛したものだ。


「うん、確かに自分でも努力をしたと思う。剣術大会も、今年度は後悔のないものだった。ただ、相手が相手だからね。善戦できた分、この次がどうなる事か」


 確かに。

 ライオネア様の事だから、スズオミの成長を期待されて更にご自身の地力を高めておられる可能性が高い。


 僕は友人として、出来る事をしないと。


 何かスズオミの気を引く話題はないかと咄嗟に考えた。


 そしてこれから開発局局長殿達と研究を重ねていく予定の物について話す事にした。

 第三王子殿下が異世界から持ち込まれた素晴らしい品々について。

 結果発表日の壇上で、局長がお預かりした大切な品々。ああ、あの写真という物も素敵な物だったなあ。


「そうか、……も」


 意外だった。

 第三王子殿下が提供して下さった品々の事を説明したら、避妊具、のところで彼は赤面してしまったのだ。


 王立学院では高級娼館の方を招いてこういった物の座学等も行われているというのに。模型に装着するなどもあったろうとそれを言うと、「座学は学習だろう?」と言われて驚いた。


 ならば、僕らが行おうとしているのも研究並びに開発。

 第三王子殿下のお心に感謝しつつ、勤勉に行いたいものだ。


 医療大臣閣下は勿論、場合によっては財務大臣閣下にも協力を仰ぐとナイカの父君、開発局局長殿が言っておられたよ、とスズオミに言うと、

「そうだ、彼らも婚約者との関係を見つめ直す時期にきているのだな」と今更ながら気付いたらしい。


 そう、僕らの友人、医療副大臣令息と財務副大臣令息。


 彼らも、医療大臣令嬢と財務大臣令嬢との婚約に関しては、そろそろ覚悟を持たないといけないのだ。


 今は上クラス編入試験の勉強会を四人で開いたりと、中々良い雰囲気の様だが。


「そうか、そうだ……。あの二人はもしもの時にはそれぞれの婚約者だけではなくて、とも向き合わないといけないんだなあ……」 


「そういう事。僕らは彼らが婚約者嬢達と上手くいく事を祈ろう。君は恵まれているのだからね」


「うん、そうだ、本当に。ありがとう、カルサイト」


 誤解しないで頂きたいのだが、医療大臣閣下と財務大臣閣下はお二人ともたいへんに卓越したお力をお持ちの尊敬できる方々だ。


 ただ、義理の親となられると思うと躊躇する方々であるだけで。ご令嬢達も、素敵な方達だと思う。


 だが、僕は婚約者がナイカで良かった、本当に色々な意味で。

 まあ、そんな感じだ。


「ありがとう、ありがとう、カルサイト」


 向かい側から礼を繰り返すスズオミ・フォン・コッパー。


 君は本当に純粋なんだと思う。


 恐れ多いことではあるが、僕は大の恩人である第三王子殿下を応援対象の第一にしてはいる。

 だが、その次には君の恋を応援させてもらうよ。


 頑張れスズオミ!

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