134-王立学院魔道具品評会最終日の私(2)
カルサイト君の魔道具はやっぱり、あちらだったら眼鏡販売店さんで良く見られる超音波洗浄機に酷似している物だった。勿論素材や形は異なる。
多分、カルサイト君が厳選したであろうスマホ三つ分位の大きさの魔石に穴を空けて、水を入れてある。恐らくこれに振動の魔法を掛けるのだろう。
超音波は、現世の一般的な知識だと、周波数が高くて人間には聞こえない音波の事。
中央冒険者ギルドのテルルさんはご先祖がコウモリの精霊獣さんなので、違和感としてそれを感じ取る事ができる程耳が良かったのだ。
あちらで一輪先生関係でお話する機会があった超音波関連産業の研究者さん曰く、産業分野の方々からすると人間が聞く事を目的としない音波という定義だったけれど、こちらでは一般的な知識で捉えていいと思う。
もしかしたらいずれは医療用の超音波検査とか、あの指輪の個数測定器(他の品への汎用性有り)への機能付加等にも応用が出来るかも知れない。
勿論他の魔道具へも。可能性は無限大だ。
……だけど、まずはカルサイト君とナイカさん二人だ。
「カルサイト君、振動で汚れを落とすなんて、良く思い付いたねえ」
「カルサイト、とお呼び下さい。……はい、本当に偶然なのですが、洗浄魔法や洗濯魔道具ではなくて手洗いをしたい洗濯物がありまして、洗濯方法を調べていましたら、振り洗いという、振って洗うやり方がありまして、振る事で汚れが落ちるのか、それなら……。と思いました」
「そこからか。すごい発想だねえ。あ、それなら私の事もニッケルと呼んでくれ」
「ありがとうございます、恐れ多い事でございますが」
「失礼申し上げます、王子殿下。本当に素晴らしいよ、カルサイト! それにしても、わざわざ手洗いだなんて、偉いなあ。一体何を?」
ナイカさんが少し興奮気味に訊く。
「……」
「何? 音が遠いよ!」
「……だから、君が刺繍をしてくれたハンカチだよ!」
『良く言った!』
あ、これは私じゃなくてセレンさんね。
うん、でも確かに良く言ったよ、偉いぞ!
「……あ、あれは、ナーハルテに教えてもらって、その、私は裁縫は壊滅的だが、何とかカルサイトの名前らしき物が入れられたから。いや、絶対に使わないでくれ、と言ったのに!」
「使ってないよ! 君が初めてくれた誕生日の贈り物だよ? 大切にしまっていたけれど、たまには洗濯を、と思ったんだ! 皺伸ばしの魔道具は使用したけれど、洗濯は自分でしたかったんだよ!」
あれ、ナイカさん、意外と、なの?
……今なら、アシスト行けるかな?
「ほら、カルサイトく、。この魔道具、何を洗う為に開発したかを言うなら、今だよ!外部への認識阻害魔法と音声遮断魔法は、私とセレンさんが掛けるから、頑張れ!」
「あ、素晴らしいですよ、第三王子殿下。じゃあ私は認識阻害魔法を。ナーハルテ様は私達を応援して下さい!」
『お二人の為です。ご協力を!』
『……分かりました』
セレンさんが阿吽の呼吸で魔法とナーハルテ様への念話を同時進行してくれたので、私も音声遮断魔法を展開する。
『では、皆様への説明は私が』
助かります、寿右衛門さん。
「あ、ありがとうございます?……あ、あのね、ナイカ!」
「な、何、改まって」
「僕がこの洗浄機で洗いたかったのは、君の、眼鏡なんだよ! 魔道具と魔道具開発を愛する君を助けているその眼鏡。君を一番助けている存在を、僕が綺麗にしてあげたかったんだ。……それに、その眼鏡は、君の、……知性に彩られた美しさを他の男達から隠してくれているから。僕は、いつも、感謝しているんだ」
『『良く言ったあ!』』
これは私とセレンさん。
「え、ええ? カルサイト、私の顔、見えているの?」
「ああ。見えているよ。最初は確かに良く分からない外見だった。でも、君の魔道具を素敵だな、と感じ始めた頃から少しずつ、輪郭がはっきりしてきて。もう随分前から、きちんと見えている」
「……じゃあ、なぜ、第三王子殿下は……」
「それについては、僕も色々考えた。そして理解した。ニッケル様は、婚約者ナーハルテ様を深く思っておられる。明確に思う相手がおられるから、君の真の姿を見る事が可能になられたのではないだろうか」
『ナイカ……カルサイト様?』
『あ、うん、ナーハルテさ、嬢、ナイカ様は私の正体ご存じなんだけど、多分混乱してるね。でも、まあ、カルサイト君の言ってる事は正しいから』
『……あ、ありがとうございます、ニッケル様。本当に、本当に嬉しいお言葉でございます』
『主殿……』『うわあ。マ、ニッケル様……!』
え、何、寿右衛門さん、セレンさん。
……って、今私、念話で何を? あ、もしかしたら。
『『ナーハルテ様のお力です(な)』』
そうだった。
ナーハルテ様の応援は超強力な補助魔法!あ、もしかしたらカルサイト君にも効いてる?
『可能性はありますな。ただ、聖魔力の兆し故、良い効果しかない性質のものですから』
『そうね、さすがはあたくしのナーハルテ。あ、大丈夫よ。これは事情を知る貴方達にしか聞こえていないから。白様とあたくしにも浅緋殿が教えて下さったの。……それにしても、マトイ様、良く言ったわね。偉いわよ!』
『いや、まあ。はい。……とりあえず今はカルサイト君達を』
『そうですな』
「ナイカよ、眼鏡を外すと良い。この場におられる方々には素顔を晒す事に問題はない。……カルサイト君」
「はい」
「カルサイト君。君は娘の素顔を認識してくれている様だが、彼女が自分から素顔を君に示す事で、意味合いが変わる事は理解してくれているかな」
「……は、はい! 名高きテラヘルツの皆様に恥じない、立派な人間になるべく、励ませて頂きます!」
「……ナイカ、どうする? カルサイト君は覚悟を持っているよ」
さすがは魔道具開発局局長さん。ジンクさんの仕切りは完璧だ。
「……カルサイト、わ、私を……いや、君の様に愛らしい人には、例えばセレン嬢の様な朗らかで可愛らしい方が、と思っていたのに……」
「セレン嬢が朗らかで可愛らしいのは否定しないけど、僕が好きなのは昔も今も変わらない。君だよ、ナイカ!」
「……ありがとう」
ナイカさんが眼鏡を外すと、『キミミチ』よりも更に知性的でお美しいお姿が現れた。
やっぱり雰囲気が一輪先生に似ている。けど、今の表情はとても穏やか。
「こちらこそ」
カルサイト君は丁重に眼鏡を受け取り、魔道具の中の水を浄化した後、丁寧に眼鏡を入れ。
そして、振動の魔法を掛ける為に、魔力を込める。
すると、水中に振動が生じて、細かい汚れが落ちていく。
あちらでの、ちょっとだけ前の日々。
「あ、ちょっと待ってね、こよみん」
そう言って、眼鏡販売店の店頭で一輪先生がしていた眼鏡洗浄を思い出す。
「良し、綺麗になったよ。今乾かすね」
あちらみたいな使い捨ての拭き取り紙ではなくて、乾燥魔法。
「ありがとう、視界がクリアだ。……それに。」 「……それに?」
「君の顔が良く見える。……カルサイト・フォン・ウレックス、魔道具開発に集中してしまう私だが、これからも、共に歩んでくれますか」
「それでこそ、君だよ。それならば、いくらでも集中してほしい。むしろそれを見せてもらいたい。ナイカ・フォン・テラヘルツ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
「すごい、すごい! 開発局局長様、聖教会本部の特別礼拝堂をご予約なさいますか?」
「気が早いですね、でも良いご提案ですよ、聖女候補殿。局長、どうなさいますか?」
「まあ、妻と彼のご両親と相談をしてからだろうな。でも、ありがとう、セレン嬢」
「良いわねえ、ニッケル様とナーハルテは、ナーハルテの一番上の姉君のご結婚の後だから、急ぎたくても急げないものねえ」
「朱々、何て事を仰るの」
少しお顔が赤いナーハルテ様、めちゃくちゃ可愛らしい。
でもまあ、私も肩の荷が下りた感じ。良かったあ。
あれ、どうしたの寿右衛門さん。何か神妙な雰囲気。
『……主殿、あの方が』
え、あれ。この気配……まさか。
『そのまさかでございます』
うーん、そうかあ。
とりあえず、魔法は解除しない方が良さそうだね。
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