130-王立学院魔道具品評会六日目の私(4)

 広めのテントの中に入れてもらい、皆でナイカさんの説明と実演に集中する。


 私達の場合はまとめて説明をして頂いたほうがお互いが理解し易いだろうという結論になったのだ。


「キーを叩くと、文字が打たれるのですな。書類の作成の速度が格段に速まります。素晴らしい」

 セイジさんが感嘆し、ギベオンさんが頷く。


 確かに、書類仕事が多い方には特に喜ばれる筈。

 あと、このタイプライターに似た魔道具、多分文字の訂正が可能なんじゃないかな。


 私がそれを言うと、ナイカさんは

「さすがは第三王子殿下、素晴らしいご慧眼です。こちらをご覧下さい。この黒く塗られたキーで訂正を行います。それから、キーの配列はある程度の変更が可能です。例えば、左利きの方には、この配列とは逆の配列が良いでしょうから」


 そうだ、元々タイプライターの配列に決まりはなくて、タイプするキーと紙に刻印をする部分が金属部品で結合している。

 だから、タイプの速度が上昇すると金属部品がタイプの邪魔をしてしまう為、刻印する事が多い文字が干渉されにくい場所に置かれたのであの配列が生まれたのだと一輪准教授に聞いた事がある。


「この配列は開発した外国の人達が多く打つキーに配慮した物だから、我々日本人の配列はまた異なる訳だよね」

 というのが先生の締めのお言葉だった。


 ナイカさんの魔道具の場合、キーは軽いけれど丈夫な魔力を通す魔石で出来ている為、金属で繋がっているのではなく常に浮いている状態。

 キーが押される事でインクを押し出し、挟まれた紙に文字が印字される。


 その上、あの黒塗りキーは印字後もそれらを消去してくれる為、タイプライター特有の印字後に修正、という作業が激減するのだ。


 何故私がタイプライターに詳しいのかと言うと、一輪准教授の恩師、学部長がタイプライターとワープロを愛用する方で、たまに私の所にいらして修正を頼まれた事があったからだ。


「こよみんが優しいからって頼り過ぎないで下さいよ! ご自分の秘書さんにはパソコン覚えて下さい! って泣かれてるからって」

 と度々一輪先生には言われたけれど、私はああいう、機械だけれど訂正は人の手、っていうのが割と好きだったんだよね。

 何だか微笑ましくて。


 今のコヨミ王国での暮らしって、そういう柔らかな感じで心地良い。

 魔法と魔道具っていう隔絶した存在もあるけれどね。


「……ニッケル様?」

 ナーハルテ様に言われて慌てて我に返ると、皆さんがわいわいと印字を楽しんでいる所だった。


「この型の前段階、配列の訂正ができない型であればすぐにでも増産できるのですか? 素晴らしいですな」

 とはセイジさん。


「八の街に送ってあげたいです。お母さん、書類仕事が手書きなんですよ。あ、私の魔石売却の許可、下りるかなあ」

 弾んだ声のセレンさん。


「局長が、身内ながら面白い物を、と言っていたのはこれですね。設計図しか拝見していませんでしたから、驚きました」

 感心のギベオンさん。


『これは良いですな。魔石のキーでしたら、私にも魔力で打てるかも知れません』

 寿右衛門さんが言うと、ナイカさんは我が意を得たり、という感じで声を上げた。


「そうなのです、じゅったん様! いずれは、キーに触れなくても魔力のみ、音声通話のみ、等の操作も可能になればと考えております」

 それは素晴らしい、と皆さんが歓声を上げる。

 勿論私も。


「それでは、もしかしたら、あらゆる方に記すという事を行って頂けるかも知れないのですね。素晴らしいですわ、ナイカ!」


 ナーハルテ様の仰る事の意味を理解して、はっとした。


 識字率が飛び抜けて高いコヨミ王国でも、流民や移民の人達で字は読めるけれど書けない、という人達は一定数存在する。


 勿論、諸外国と比べたらとても少ない事も事実だけれど。


 そして、コヨミ王国では義手、義足といった技術もかなり進んでいて、例えば最高級の素材、虹色スライムを用いた義手や義足は人体に擬態可能な程。

 ただ、話せないものの、人に擬態する事もできる魔物、虹色スライムは素材としてはやはり超高価な物で、一般の方にまでは流通していない。

 他の素材でもやはり、高度な技術が必要な物だから高額である事は否めない。


 このナイカさんの魔道具がもっと発展、浸透したら、病気や怪我、他にも様々な理由で手や足が不自由になった方達が書類や手紙を書く事が出来る機会を増やす事ができるのではないだろうか。


 ……なんとか、魔道具開発局に予算を増やせないかな。

 今回の魔道具品評会、素晴らしい開発魔道具が多い。

 コベリン君とナイカさんの物だけでも、かなりの雇用と発展を生むだろう。


 誰に聞いたらいいのかな。

 品評会終了後に、寿右衛門さんとギベオンさんに相談してみたらどうだろう。


 でも、私、こんなに思考がクリアになって、色々考えて、って何だかいつもと違わないか? 

 自分で言うのも何だけれど、冴えてない? いや、普段も一応皆に着眼点を褒めてもらえる事はあるけれどね!


『そう、そうなんです、です!』


 突然、セレンさんの秘匿念話が飛んできた。


 寿右衛門さんも、こちらの皆様の事はお任せを、という表情だ。


 一体、どんな話なのだろう。



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