幕間-11 筆頭公爵家メイド長のある夜

「『武器防具大全 新版』『武器防具大全 旧版』に『忍大観 壱』『忍大観 弐』『幻術の手引』。そして『変化の手引・幻編』の予備分。……壮観ですねえ」


 筆頭公爵家メイド長としての一日の業務を終え、巻絹は全く年齢を感じさせないその若々しい外見には不似合いな、然しながらその筋の者からしたら垂涎の的となるであろう書物達の背表紙を眺め、陶然としていた。


 本当ならば、浄化その他の魔法が付与されており、飲食をしながらでも安心して読む事ができるこの本達を、気に入りの紅茶と共に楽しみたい所だが、そうもいかない。


 長年のパートナーにして最愛の夫、筆頭公爵家の執事長は、今現在、末の姫様付きメイド見習いである孫娘の修練に精を出しているのだから。


 元々、巻絹とその夫の家々は爵位持ちでありながら筆頭公爵家に仕える事を喜びとしていた。

 それが、巻絹達の代で一つの家となり、爵位も上がったが、益々筆頭公爵家への忠信は増すばかり。それは娘や息子にも受け継がれ、孫娘にもまた継がれている。


 然しながら、末の姫様と巻絹達が敬うナーハルテ・フォン・プラティウム様に仕える為には、筆頭公爵家への敬意だけを持っていてはならない。


 言うまでもなく、末の姫様のご婚約者、第三王子殿下が魂の転生を行われたコヨミ王国初代国王陛下の末裔様であられる事を孫娘に伝えれば、殿下に対する尊意はしぜんに生じるだろうが、そうもいかない。


 誓約対象になるこの事項を知る者になるのは、精霊王様直参の高位精霊殿の許可を頂いた者のみ。

 その中に、筆頭公爵様のご見解によって自分と夫を加えて頂いた事を思うと、身を引き締めずにはいられない思いだ。


 孫娘には才能がある。

 筆頭公爵家、ナーハルテ様への忠信は年の頃からすれば評価をしても良い。

 然しながら、全てを知らずに第三王子殿下への敬意を深めさせる為には、育ての名手である夫に励んでもらうより他に無い。


 そうして心身共に成長ができたならば、もしかしたら。


「……ですから、は私が担当しませんとね」


 気配を感じ、巻絹は闇夜に跳躍する。


 闇の中には、招かれざる者達。


 依頼内容は、筆頭公爵家に侵入し、公爵家の末の令嬢の寝室に忍ぶ事。

 忍ぶだけで良い。むしろ、それ以外は決して侵さぬ様に。

 それすらも、未婚の筆頭公爵令嬢にとってどれ程の汚点になる事か。


「……忍ぶ事のみに専念したのは褒めて差し上げます。仮にですが、筆頭公爵家のお方々に触れる様な真似をされましたら、力を入れてしまう所でした」


 賊の首領は、正直、何が起きたかを理解できていなかった。


 恐らく、筆頭公爵家の塀の位置を確認した瞬間だ。


 高いな、それに防御魔法が……と考えた瞬間、何かが現れ、そして今、頸動脈を的確に狙われている。


 任務遂行の為、暗視魔道具を付けている自分達とは違い、相手は恐らく裸眼、そして女性。更に服装は……。


 まさか。

「闇の中を己の姿を消して舞う存在。……最強の守護戦士、濡烏ぬれがらす?……メイドに化けた、という噂は真実だったのか」


 闇夜に舞う美しい達人、濡烏。

 闇の世界の住人でその名前を知らない者は二流以下、と言われる存在。


 伝説に仕留めてもらえるなら本望、とばかりに戦意喪失した連中にとどめを刺すことなく、巻絹は全員を捕縛する。


「……どうするつもりだ。これでも俺達は一応専業者、情報を漏らす前に自らこの世からいなくなる位の矜持はあるぞ」

「それは、無理に聞き出した場合でしょう。貴方達が、心から話したい、と思う様にすれば良いのです。詮無いこと。こちらには、育ての名手がおりますから。それから、私はメイドです。濡烏などと、まるで戦闘者の様にお呼びになるのはお止めください」

「……育ての、とはまさか烏羽からすば?」

 

 なんてこった、と全員が天を仰ぐ。


 噂は本当だった。最強の二人、烏羽と濡烏が手を組み、ある家を守護しているという恐ろしい噂。


「二つの家がこちら様をお守りしていましたのは王国成立時からなのですが。……確認致しますが、まだ何かなさろうという方はおられますか?」


 美しく微笑む巻絹の、全身から溢れ出た圧倒的な魔力。


 声を発する事が出来る者は、そこには存在しなかった。







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