幕間-10 騎士団魔法隊隊長と魔馬インディゴ
「こんにちは、インディゴ。久しぶりですね」
聖教会本部の二大巨頭、大司教と聖魔法大導師による禁地の浄化、貴重な品々と魔石の回収、魔獣討伐並びに魔獣浄化、それに伴う護衛並びに討伐、浄化補助、騎士団魔法隊並びに選抜部隊の統率等、騎士団史上に於いても相当な偉業ではと囁かれている騎士団魔法隊隊長、千斎・フォン・クリプトン大将。
相変わらず端正ではあるものの隊長にも大将にも見えない飄々とした佇まいで騎士団特別厩舎を訪れていた。その両手に上質の魔法草を抱えて。
「今回の移動に貴方を伴えたら良かったのですが、あの方を大書店に送って頂きたかったので、こちらにいてもらいました。……また、色々あったみたいですね。貴方は口が堅いからお話しますが、私もさすがに今回は上級大将を拝命するつもりになりましたよ。あの方をお守りする為に地位はあった方が良いですから。まあ、時機を見てですがね」
短い時間ではあったが、茶色殿に御者をして頂いてあの方の素敵な婚約者様をお乗せできたので自分を大書店への送迎に配備して下さったこの魔法隊隊長殿に魔馬インディゴは感謝の念を持っていた。
元々インディゴは名無しと呼ばれていた間も高い魔力を巧妙に隠しつつ飄々と動くこの方を尊敬していたのだ。それから、頂いた魔法草は純粋に美味しいから大好きだ。
美味しい上に魔力がみなぎる艶々した魔法草。
魔法隊の薬草園のものだと言われた。
「親交がある私達への手紙だけではなく、騎士団の騎士達にまで個々に労いのカードを頂きました。茶色殿のご指示とあの方は仰るでしょうが、素晴らしい。あの方の細やかなお心遣いに皆が感動しておりましたよ。私には別口で、大書店のおみやげとして、ギルド関連書物もたくさん。靴への魔法付与……倍以上のお返しでした」
インディゴはお話を聞きながら、大書店に伺う前に茶色殿がたくさんの新鮮な野菜(美味しい魔法草も!)や果物をくれたのを思い出していた。
『主殿が自らお渡ししたいと申しておりましたが、私で我慢なさって下さい』
そう、インディゴに名を下さったあの方は、様々な事に心を配って下さるお方なのだ。
あの方の事を好ましく思う人間が増えるのは良いことだと思う……ただ、煩い連中が更に増えそうだけれど。
「そうそう、厩務員にも言われたのですが、相変わらず貴方のお嫁さんになりたいという魔馬、馬は多いらしいですが、まだ娶る気持ちはないみたいですね」
お嫁さん。
戦場で無理に操られている魔馬を乗り手を倒して助けたりしていたので、いつの間にか自分を求めてくれる魔馬や馬達は多くなっていたらしい。獣同士の情報のやり取りはなかなかに頻繁なのだ。
稀に、直接会いに来られたりした事もある。
皆が皆、魔力が高い、筋力がある、毛並みが美しい等の魅力的な魔馬や馬達だったが、いずれも断ってきた。申し訳ないとは思っている。
実はこの馬なら、とインディゴが信頼している他馬を紹介した事もあり、彼らの関係がまとまった事もある。
改めて考える、お嫁さんという存在。
名無しだった頃は名前も持たぬ身で、と考えていたからなのだが、現在の理由はそうではなくなった。
「あの方がご結婚されるまでは、守るべき存在を増やしたくはないと思っていますか?」
さすがは魔法隊隊長殿。
インディゴは軽く息を出した。この方が先代の邪竜斬り、正確には邪竜封じであられることもインディゴは知っている。
何しろ、騎魔馬として一緒に討伐に参加したのだから。
この方をごまかせるとは思ってはいなかったけれど、考えていた以上に早くばれてしまったのだろうか?
余計な言い訳をしないインディゴに、仕方ありませんね、と呟く千斎・フォン・クリプトン。
「分かりました。……ただ、次に茶色殿と夜の遠乗りに出る時は私に伝えてくださいね。突然、騎士団魔法隊の魔法牢に他国の魔法使いが幾人も放り込まれていたから、担当者が驚いていましたよ。しかも、他国からの確認依頼があった程の手配者までいたのですから」
『脚が八本のでかい馬と、小さな鳥にやられたんだよ、畜生! まぬけ王子の婚約者を脅して、婚約者の座から引きずり下ろすだけの簡単な仕事、って……。どこが簡単だ!昼間に筆頭公爵家の馬車を付けてた筈なのに、いつの間にか夜で、俺達と馬と鳥だけになっていて、訳分からねえ!』
……報告書の内容は、詳細だった。
他国の魔法学院をそれなりに優秀な成績で卒業したものの、紆余曲折を経て闇の仕事に手を出す様になった者、魔力があるのにそれを良い方向に用いなかった者等々。
共通しているのは、腕に覚えがある者達と言う事。
名前が売れている連中で、他国であるコヨミ王国にも指名手配の書状が届いている者もいた。
その世界でそれなりに知られた者達が、たった一組の魔馬と鳥の召喚獣にやられたなどと偽る事はあるまい。むしろ、隠せるならば隠したい事案だろう。
インディゴは困惑した。
やっぱり、この方にはばれていた。
そもそも、大書店に到着した時に筆頭公爵家から付けてきていた連中を茶色殿と協力してまとめて疑似空間に引っ張っておいた事も、
『「寿右衛門さん、いつもの登場と違うね、と話されていました」と、主殿に違和感を感じさせてしまいました。気を付けないといけませんね』と茶色殿がこっそりと言っていたくらい、あの方にはばれてしまいそうだったのだ。
「……まあ、
その一言は、何よりも魔馬の心に効いた。
それは、困る。
魔馬インディゴの夢は、名前を下さったあの方のご成婚の式典であの方とそしてお似合いの方……お二人を乗せた最上級仕様の婚礼馬車を引き、小さく強い、賢い茶色殿に御者をして頂く事なのだから。
そうだ、可能ならば、警護担当は騎士団の礼服を召された魔法隊隊長殿が良い。
今度夜の遠乗りに出る時には、必ず魔法隊隊長殿にもお声掛けをしなくてはいけない。
次は茶色殿と自分と隊長殿とで、あのお方の敵を倒すのだ。
ただし、きちんと生かして。
「私が直接赴けなくても、知らせて頂いたらごまかしを手伝えますし、必要な情報収集もできますからね。……治癒魔法も必要なら行いますが、できるならばこれからもあの様に、会話が成り立つ程度の仕置きでお願いしますよ。……ああそうだ、貴方の夢に私も加えて頂いている事は嬉しいです。では、また」
読心魔法が使えるのかも知れない魔法隊隊長殿も去り際にこう言われた。
そう。情報収集は大切。
相手を生かす事も、そして、自分達が無事な事も大切。
……深夜の秘密の遠乗りはこれからも続く。
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