幕間-9 大書店支配人達の日々

『はい、こちら大書店にございます』


『コヨミ王国筆頭公爵家メイド長、巻絹に存じます。先般は誠にありがとうございました』

『早速のご連絡、誠にありがとうございます』


 コヨミ王国中のみならず大陸中から垂涎の的とされており、常に店側が客を選ぶ特殊な書店、コヨミ王国大書店。


 筆頭公爵家の第三令嬢ナーハルテ・フォン・プラティウムが第三王子殿下の婚約者である事、更に彼女自身の魔力と知力と心ばえを認められた為に伝達水晶用の直通伝達術式を得られた事は、筆頭公爵家においては得がたい成果であった。


 これは地位や金品等では決して得られない、特別なものである。


『本日のご連絡につきましては筆頭公爵家当主自らの通信でない事をお詫び申し上げるように当主より言付かっております』


『いえいえ。その様なお気遣いは必要ございません。巻絹様は先日、直接ご来店頂きまして、私共が筆頭公爵家様に術式をお渡し致しました縁のお一人であられます。是非今後も良きお付き合いをと存じます』


『ありがとうございます、それでは……』


 筆頭公爵家メイド長が今回注文したのは、コヨミ王国と交流のある諸国の貴族名鑑と逆に交流がない国々の貴族名鑑、そして貴族制度を採用していない友好国並びに非友好国の人物名鑑だった。


『最新版と、過去の物も入手可能な物は全てお願い申し上げます。きちんとした書籍ではなく、冊子や抜粋等でも構いません。または書類でも有難いと。そして……』


 最後に挙げられたのは、聖女様が顕現されたというあの国の名前。


『その国、聖国につきましては、可能な限り集めましょう。それ以外の国につきましては、最新の物は本日中に全て揃います。勿論書籍でございます。お届けも可能でございますが』


『……大書店支配人様が宜しければお願い申し上げます。こちらが受け取りに伺う方が宜しければそちらのご都合に従います』


 巻絹がこう聞くと、今日は王宮への定期納品の用事がある為、夕刻ならば筆頭公爵家に赴けるとの事であった。


 そこで、メイド長である巻絹は、責任を持って自分または執事長が必ず応対するので是非、と約束をした。


『ありがとうございます、他にはご依頼はございませんか?』


『はい、昨今の婚姻関係の流行装束と流行宝飾品全て、そしてこれらの情報を今後継続して注文させて頂きたくお願い申し上げます。また、過去の流行状況につきましても是非』

『畏まりました』


『今回注文分に加えまして先にお支払いできます分はお渡ししたく存じますので金額が定まりましたらこの伝達水晶にご連絡をお願い申し上げます。こちらは筆頭公爵家でも限られた者が用います伝達水晶でございますので。……術式はそちらの水晶に浮かびましたでしょうか』

『はい、確かに記録致しました。それでは、金額のご連絡の際に本日のお時間もお伝え致します。……また、にご入り用の書物も是非ご注文下さいませ』


『重ね重ねありがとうございます。先般の書物も、執事長共々、夫婦で。それでは失礼申し上げます』


『はい、誠にありがとうございました』


 通信を切った後、大書店の支配人の一人はこう言った。


「……マトイ様に無意味な繋ぎや愚かな願望を有する者は、国外にもいる模様です。私達も、筆頭公爵家様に出来る限りご協力いたしましょう。あの国、聖国につきましては、コヨミ様からのご指示を継続するように。筆頭公爵家の皆様方には先般の書物も有効活用して頂いているご様子です。……そして、お二人のご結婚準備にご協力出来ます事は私達にとりましては、望外の喜び。最優先事項の一つとして、良き情報をお届けしましょう!」


 すると、はい! という声が大書店のそこかしこから聞こえた。


 コヨミ王国初代国王陛下に守られた文献達の精霊である大書店支配人達にとって、末裔であられる現第三王子殿下マトイは心からお仕えすべき存在、大書店の所有者様である。

 その方が望まれるご婚約者ナーハルテ様とのご結婚。万難を排除するのは支配人達にとっても当然の事。


 王宮への納品は確かに予定として存在してはいた。


 然しながら、あくまでも大書店側に決定権のある予定である。これは王家であっても例外ではない。


 大書店がその意向を伺う存在は精霊界以外ではただ一つ。


 今も昔も変わらず、コヨミ王国初代国王陛下のご意向のみである。聖国の動向を注視してほしい、というのも陛下のご指示である。


 貴重なご意向。

 それを今は、新たに伺うことができるのだ。


 大書店支配人達は誓う。


 我々知識のもの達の知識の全てを用いて、万難を排し、マトイ様とその周りのお方達をお助けすべし、と。


「さあ、急ぎましょう。不穏な存在を炙り出せる可能性がある書物や新聞、雑誌も一緒にお届けできる様に準備をしますよ」


 再度、はい! と言う声が響く。


 資料は多く、楽な作業ではない。

 しかしながら、高揚した大書店支配人達が協力すれば、造作もない作業である。


「ああ、値段を計算する際は、調整するのですよ」

 支配人の代表が言う。


「分かりました」

 実は、この作業が最も難しい。


 大書店の所有者様となられた第三王子殿下もそうであったが、恐らく、殿下のご婚約者様と周辺の皆様方も知識や労力に対する対価を惜しまない方達であろう事は容易に想像が付く。


 ……そのような方々であられるからこそ、助力させて頂ける事こそが最大の報酬と言えるのだが。


「今日も一日、頑張りましょう! 必要なら、時間軸を移動しますから、その旨を申し出て下さい!」

 またまた、はい! という声。


 自分達を活用してくれる者が存在しない時代は休み、存在する時代は皆で動く。


 大書店の支配人達は、そうして長い長い年月を過ごしてきた。


 余った時間を蓄えながら。


 貯めた時間を費やして、所有者様とその周りの方達の為に働いている今。


 それは支配人達にとって、とても充実した日々なのである。

 





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