118-大書店と少しだけ慌ただしい私達

「ありがとうございました」


 ナーハルテ様は少し休まれただけで回復された。

 元々、寿右衛門さんから見ても大丈夫な状態だったけど、念には念を、という事だったらしい。良かった。

 もうあまり気障きざな事はしないぞ。気を付けよう。


「……あの、ニッケル様」

「……ははい、じゃない何かな。良かった、回復されて」

「お言葉、嬉しゅうございました。わたくしも、時計を大切にいたしますね。白黒さん、よろしくお願いいたします。こちらはわたくしの大切な魔道具、リュックちゃまです」


 白黒にトート型のリュックちゃんを紹介するナーハルテ様、律儀で素敵。

 ……良かった。気障な台詞とか仕草とかはごくたまにする様に注意しつつ、ナーハルテ様への想いは示せる時はきちんと示そう。


『……じゅったん殿、実は、私の夫でもございます筆頭公爵家執事長から貴方様のお耳にいれたい事がございまして』

 ナーハルテ様のご様子を見守っていた巻絹さんが、寿右衛門さんに向き直った。


 ナーハルテ様の事ならご安心を。ここは、私と黒白がいますから。


 もしかしたらできる傍仕えさん同士で情報交換とかかな。

『……マキ殿、ありがとうございます。こちらは……』

「お話できまして非常に実のございます情報となりました。……経過は追ってご報告いたします」

『ありがとうございます。無論私からも』


「お話が盛り上がっておられますから、王子殿下にお渡しいたします。……私共の大書店への伝達用の術式です。筆頭公爵家様専用分を構築いたしましたので」


「ありがとうございます」

 和紙みたいな手触りが心地良い封筒。

 ナーハルテ様に、いや、巻絹さんに渡すべきかな。


『あ、……そろそろお帰りになりませんと、ってインディゴが言ってますよ』

 え、黒白、でもまだ夕方になるかな、位じゃないの?ほら、黒白、針はまだ4時を指してるよ!


「申し訳ございません。そちらは我が大書店では、のお時間を示しておられます。……巻絹様、じゅったん様、お話が終わられましたら、お声掛け下さい」


「『……ただ今、終了いたしました』」


「それでは、多少慌ただしくはなりますが、失礼を」


 え、何? と思ったら一瞬の閃光。

 うわ、眩しい!


 ……と、思わず閉ざした目を開けたら、最初の停車場だった。

 インディゴはばっちりしっかり、筆頭公爵家の馬車を引く態勢で待機してくれていた。


 あと、大書店の周りは明るいのに、狭間から漏れてくる光は夜の闇の色。


 あ、黒白は。え、針は20時過ぎになってる?

『そういう事です』


「お嬢様、お屋敷には伝令鳥を飛ばしましたから、ご心配なさらずに。リュックちゃま様は、私がお持ちいたします」

『……確かに少しだけ遅くなりましたな。主ではなく私がお乗せします事、平にご容赦を』

 紳士寿右衛門さん、完璧なエスコートで優雅にナーハルテ様を馬車内へご案内。


『まとい様、本当に楽しかったです。また……わたくしからもお誘いしても宜しいでしょうか?』

 セレンさん、ありがとう! 念話万歳!


『勿論!待ってますし、私もまたお誘いします。嬉しくて楽しかった!』

『『また今度』』


『それでは、私は皆様を送りましてからインディゴを騎士団にお返しいたしますのでリュック殿、黒白殿、支配人殿、主を頼みましたぞ』

『『はい』』「畏まりました」


「あ、インディゴ、今日も凛々しかったよ!皆をよろしくね」

 軽くいなないてくれたインディゴはあっという間に視界から消えてしまった。


 やっぱり、この大書店が存在する空間って、空間軸と時間軸が違ってるのかな。

 その内、説明してもらえるのだろうか。


「……あ、預かった手紙! どうしよう」

「それでは、リュック様にお入れ下さい。第三王子殿下のご伝言を付けて頂ければと」

 ええと、『第三王子ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミです。本日はありがとうございました。大書店支配人氏からの預かり物、伝達用の術式です。筆頭公爵家様専用との事ですから是非ご活用下さい。白黒に陣を入れるのもお勧めします。それから、スズオミ・フォン・コッパー侯爵令息宛の手紙を私の伝令鳥に預けて下さいましたら此度の本と共に届けますのでお願いします』

 「これで良いですか」


「……事務的ですが、まあ宜しいでしょう。リュック様、失礼いたします」

 紬の支配人さんがトート型のリュックさんに触れると、一瞬だけ中が暗くなり、手紙だけが消えた。


「これでリュックちゃま様の元に届きました。……あと、ご所望の文献がございます際にリュック様に手を入れて頂ければ、意中の物をお届けできる様にいたしましたので、是非」

「……因みにお支払い方法は?」

 これ、大事。


「我々の気持ちですから、その様な事は必要ございません」

「……ダメでしょう、それは。回数も無制限みたいだし」

「……所有者様からのご意見とあらば、仕方ございません。リュック様、じゅったん様が必要を認められた際に作動します様に空間術式を変更しますので、暫しの間失礼を」

 紬の支配人さんがリュックさんに手を入れる。


 支配人さん、表情は変わらないけれど不承不承、なんだろうな。

 でも、これは譲れないよ。


 ……多分この術式、後で寿右衛門さんと支配人さんとの間で揉めそうだなあ。念話で寿右衛門さんに伝えた方が良いのかな。


「恐らく既にご存知でしょうな。また話し合いとなりそうです。……そうそう、この後はどうなさいますか? 転移でお帰りになる前に夕食に良い所等をご案内いたしましょうか。勿論、お持ち帰り頂ける所もございますよ」


 え、本当ですか!


『色々後回し、ですか』『だね』


 黒白とリュックさんにツッコまれたけど、いいや。


 充実した一日の仕上げに、普段と違う物が食べられるなんて最高ですよ!


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