116-フレンチトーストと念話と私
「お待たせしたね。ナーハルテ、さ、どうぞ、着席のままで」
「ありがとうございます、ニッケル様」
私達は入室し、巻絹さんがナーハルテ様の後ろに控えていたのを支配人さんと寿右衛門さんが別のテーブルにエスコートする。
少し葛藤があるみたいだけれど、ここでは仕方ない、とばかりに流れに応じてもらえた。
「ばあやと一緒にお食事ができるなんて嬉しいです」
小声で私に囁くナーハルテ様、かわいい!
「失礼いたします、私共の本日のお勧めに第三王子殿下のご発案を加えさせて頂きました物をご用意いたしました」
そう言って出してくれたのはフレンチトースト耳部分別添え。
傍らにバニラアイス、別の小皿にジャムが何種類も。
フレンチトーストは焼き色からしておいしそう。艶々でほかほか。
紅茶は書棚で出してくれたオレンジティーだ。
「清涼な香りが心地よいです。……ニッケル様のご発案はこのお茶でいらっしゃいますか?」
「はい。そちらはご指定の茶を。それからこの様に食材を余す所なくお使いあそばされましてございます」
え。
ただの食い意地が何だか立派な心掛けみたい。
「……こちらですね。素晴らしいご発案ですわ。……頂きます」
そう言って、フレンチトースト耳部分を手で摘まんで召し上がられた。
居酒屋関山でもそうだったけれど、ナーハルテ様は相応な場では割と自由に食事をされて、それが実に自然な仕草でうっとりする。
『主殿も召し上がられては?』
寿右衛門さんに言われて、慌てて私も耳部分を一つ。
そうだ、私達が食べ始めないと巻絹さんは食事ができない。
「……あ、おいしい」
オレンジティーと良く合う、甘味を抑えたフレンチトースト。
ナイフとフォークを使う本体もおいしい。
でも個人的には耳部分が特に好き。
「……この頂き方、良いですね。食材を大切にされる姿勢も素晴らしいです」
「筆頭公爵家では、パンの余分な箇所は粉にして再利用しておりますが、本当に……。支配人様、お考えを拝借してもよろしいでしょうか」
巻絹さんにまで感心された。
パンの耳の地位向上に一役買えたかな。
『私に遠慮しないでね、支配人さん』
「……はい、巻絹様。どうぞご活用下さい」
あれ、念話が使いやすい。
スラスラ、って感じ。
私の魔力操作、コヨミさんに会ってからレベルアップした?
『その様です』
寿右衛門さんのお墨付き。
「……わたくしは改めて召喚魔法の基礎本を見直す良い機会になりました。希望しておりました本を全てご用意頂けたばかりか、お勧め頂いた物に加えて、更には姉への贈り物まで見付けて下さいましたから。ニッケル様は何をご覧になりましたか?」
「私は……」
ええと、絵本の事はまだナーハルテ様にも秘密かな。
書棚の件も含めて、になるんだよねきっと。
そういう訳ですから、支配人さんよろしくね。
「はい、こちらに」
引かれた椅子の上、いつの間にかリュックちゃんのようにトートバッグに変化したリュックさんの中に、図鑑がたくさん。
「まあ、図鑑ですね!」
動物図鑑、植物図鑑、生物図鑑、魔石図鑑……。
とにかく図鑑、図鑑、図鑑。
『まだこれからも様々ご用意したく存じますが、所有者様が各書に一度でもお手を触れられ、内容をご覧になられましたら、都度、ハイパー様の内容が更新されますので今後、リュック様に収納されるならばそちらをご活用下さい。……コヨミ様の絵本の件は、ナーハルテ様があの書棚に入られるご身分になられましてからという事でお願い申し上げます』
『主殿、あの絵本はコヨミ様がご存命の頃に出版されましたものです。美品でありましたのは保存魔法のお陰でしょう。……因みに、ナーハルテ様に書棚にお入り頂けますのは、ご成婚の後でございます。どうかご記憶下さいませ』
二人とも、私の念話のレベルを確認してるのかな、ってくらいに念話で会話をしまくってますね。
あと、支配人さん、ハイパーの事まで委細承知なんですね。
『『今なら、多重念話をしながら会話ができるかも知れないね』』
「私が持っている知識と同じ物があるかも知れないと思って、図鑑を揃えてもらったんで、だよ」
……あ、出来た。
試しにやってみたのだけれど。
ナーハルテ様宛に敬語が混じるのは多目に見てほしい。
あと、ご成婚の後。
そうですか、ご成婚。
『『素晴らしい!』』
「図鑑は知識の宝庫で素晴らしいです。さすがは、マ、ニッケル様のご希望です。……わたくしも、次回こちらに伺えましたら、携帯型の魔獣図鑑を探す事にいたします」
「……はい、ああ、ございました。お帰りになります際にお好きな物をお選び下さい」
……早い。早いよ、支配人さん。
ネットで朝検索したら昼に届く通販サイトより早い。
『成程、通信販売とはその様な……お預かりしましたノートパソコン様で術式を構築したら所有者様のお役に立ちそうですな』
あれ、この念話の声。
あ。
『あの、紬の着物の支配人さん!』
『左様にございます。残念ながら、本日はこの辺りでお帰りになってしまわれるかと存じましたので、ご挨拶をと。また、私共からご婚約者様にお渡ししたい物もございますから、最後にお受け取り頂けます様にお願い申し上げます』
あ、さっきナーハルテ様が希望した携帯型の図鑑ですね。
聞いてますよ、ありがとうございます。
『『それだけではないのですが……まあ、ご期待下さいませ』』
何かあるのか、そうかあ。
あ、バニラアイスもおいしい。ジャムはリンゴと、イチゴと、ブルーベリーかな。うん、果肉もおいしい。
……とりあえず、今は食とナーハルテ様に集中させてもらおう。
考えるのは少しだけ留保、という事で、ね。
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