113-コヨミさんと黒白と私(2)

「ごちそう様でした」


 多分、コヨミさんのお陰だと思うのだけれど、コヨミ王国では「いただきます」と「ごちそうさまでした」が食事の作法の一つとして成立していて、必須のものではないけれど行う事には全く支障が無い作法なのでとても有難いのだ。


「マトイさん、そのまま座っていて下さい。……指輪の方、話しても大丈夫ですか」


『はい、お願いいたします。あと、名は黒白こくびゃくと申します。マトイ様に名付けて頂きました。……こちらでしたら、マトイ様、とお呼びしても良いでしょうか』


「大丈夫ですよ。そして、分かりました黒白さん。……貴方は、私達が裁いたかつての王家の方か、その関連の家の方でしょうか」


『……いいえ。恐らく、ですが、コヨミ様がこちらの世界に渡られる以前にあの土地に葬られた者達の内の存在かと。私は恐らく、一人の人間ではなく、意識の集合体。それが土か、鉱石か、もしかしたら魔石か何かに融合したものであったのでしょう。ですから土中で眠りについていたのかと。そこに、コヨミ様達が罰せられた者達が埋葬され、その者達が身に付けていた指輪に私達は溶け合い、入り込んだのです。……あいつにそそのかされて。』

 あいつ。


 聖霊王様を強く信仰し、聖女様を求める存在?


「……私達が倒した王家もそれに追随する家々も、聖霊王様を深く信仰していました。それ自体は素晴らしい事です。然しながら、魔力の量で人を差別する様な愚考と愚行を聖霊王様がお許しになる筈がありません」


 そう。

 聖霊王様への信仰心は精霊王様も尊いものとしておられるし、聖霊王様と精霊王様はとても親しい間柄でいらっしゃるのだ。


『あいつの正体は分かりません。ただ、すごく優しい言葉で皆を騙していました。長い長い時間を掛けて』

「会話が辛くなったらいつでも中断するんだよ」と私が言ったら、


『いえ、むしろ話させて下さい』と気丈に返された。

 ……分かったよ、私も居住まいを正して聞くからね。


 かつての黒白達は、恐らくコヨミさんが異世界に渡る以前の高位貴族階級の、しかも跡取りと期待された存在達。

 少年期から青年期の年齢層のようだ。


 幼年期の頃だと魔力量はまだ定まらないから存在を許されていたのだろう、という黒白に、私はただ黙って言葉を待つしかなかった。


『……いつからか、あいつは墓所にやって来る様になりました。何度も何度も。君達は悪くない。被害者だ。苦しかったろうね。繰り返し、優しい言葉を囁き続けました。……嬉しかった。土や何やらに溶けておりました私達は、また、人に成れたような気持ちになりました』


 今は浄化や調査で人の出入りがあるものの、あの土地はコヨミさん達が裁いた者達の墓所になる以前は人の出入り等はほぼ無かったと聞いている。


 黒白達が眠っていた当時、繰り返し訪れるその人物はいつしか皆の心の拠り所になっていったのではないだろうか。


『……段々と、皆があいつを待つ様になりました。そして、コヨミ様がこちらに見えてから、あいつは言ったのです。……魔力が存在しない世界から精霊王様に呼ばれた存在が、聖霊王様や聖霊殿、聖霊獣殿、そして聖女様を敬う人達を傷つけているんだよ、と』

 ……そうか。

 黒白達は、魔力が少ないと言う事から、存在全てを奪われた。それなのに、コヨミさんは。


「魔力が無かった筈の私が精霊王様のお力でこちらに来て、聖霊王様を尊いものとする者達を蹂躙している、と言われたのでしょうか」

『……はい、その様なものです。コヨミ様達は私達にとっては恐れや恨みの対象となっていきました。……申し訳ございません、と申し上げる事しかできないこの身が不甲斐なく存じます』

「黒白達は被害者だよ!……あ、話の邪魔をしてごめんなさい、コヨミさん」


「いいえ、貴方がこの黒白さんに対して害を為した者に憤れる方で良かった。……ありがとう。黒白さん、貴方は私に謝罪などなさらないで下さい。……もしも、黒白さんが贖罪をとお考えならば、マトイさんや皆様に協力して差し上げて下さい」

『……勿論です! 聖霊王様やコヨミ様達のお優しさ、たくさんの素晴らしい所を長い時間を掛けて教えてくれたリュックさんの為にも、喜んで協力させて頂きます。……できれば、仲間を一人でも、一つでも多く解放してあげたい』


「素晴らしい決意です。」

「本当に。黒白、解放には皆さんも必ず協力して下さるよ、勿論私も」

『……ありがとうございます』


『……恐縮ながら、マトイ様。リュック様は自身の亜空間を調整されて、少なくとも10年単位の時間を掛けて黒白様に蕩々とお話になられた模様です。マトイ様がコヨミ様の末裔であられる為、黒白様はまだ二つの指輪でいらした頃の初対面の際にはマトイ様に対して恐れや恨みの感情が生じたのでございましょう』

 支配人さん、念話をありがとうございます。

 お陰でコヨミさんと黒白のお話を遮らないで済んだよ。


 あの時、寿右衛門さんがリュックさんが何をして黒白を変化させたかは説明したくなかったのではなくてあの時点では説明できなかったんだね。

 うん、多分あの頃の私には理解不能だった。


『……マトイ様の『腕時計』さんが『今の姿で会うのが辛いんだったら、マトイさんの持ち物になると良いよ』と融合を許可して下さったのです。マトイ様、あの頃はまだこの様にお話できず、ご説明申し上げられませんでした。また、お名前をお呼びする際の表現はリュックさんと相談しております。不安定でもどうかご容赦下さい』

 そうか、だから黒白は私の腕時計に。


 指輪時計にもなれるのは、あちらで「指輪時計も良いよね。」と私とお姉ちゃんが話していたのを腕時計が聞いていたのかも知れないね。


「……分かった、ありがとう、黒白、腕時計も。リュックさんにも、ありがとうだね。呼び方は、リュックさんとよくよく話し合ってくれたら良いよ」

『こちらこそ、本当にありがとうございます。……そうさせて頂きます』


 話はまた続けられた。


 それからは、コヨミさん達への歪んだ感情の結晶として、埋葬された15家の者達の指輪や、他の埋葬者の帯剣等、様々な物が器となっていった。


『……私も指輪の一つに吸収され、やがて、あいつに発掘されました。仲間達も同様です。……黒と白に分けたのも、あいつです。本当に、すごくたくさんの魔力持ちで、それを、君達の為に使うなら惜しくないよ、と本当にたくさん、注いでくれました……』

 いいんだよ、黒白。

 その頃の黒白達にとってはあいつ、は支えだったんだ。自分だけは貴方達を理解できる、貴方達は悪くない。悪いのは貴方達を理解できなかった方ですよ。そう思わせて、利用したんだ。

 利用なんてものではないかも知れないくらいだけれど、上手く言えない。もどかしい。


「……マトイさん、そして黒白さんもお嫌かも知れませんが、仮に求者きゅうじゃと呼んで良いでしょうか。勿論、何か他の呼び方がありましたらそちらをお使い下さい」


『……嫌は嫌ですが、確かにあいつは聖女様を求めています。ずっと言い続けていました。これは聖女様をこの世界にお呼びする為でもあります、と。その時のあいつの表情は、何故か、いつもよりもはっきりとした印象なのです。……記憶には残らないのですが』

 とにかく、相手は聖女様を求めて已まない存在と言う事か。


 ……そう言えば、コヨミさんは裁いた元王族達を黒白達の墓所に葬る事は想定していたのだろうか。


「……可能性は考えていました。できれば別の場所を、とは思っておりましたが、苦しめられた方達の生活の再建と皆様のお弔いを優先させました。黒白さん達の墓所は、緑も多く、本来は良い環境ではありましたし」


「まだ先になってしまうとは思いますが、私がコヨミさんの分までお参りに伺います。その時は黒白も皆さんも一緒に行きます。つい最近も、浅緋さん達が大規模な浄化と黒白の仲間を探しに行って下さったんですよ」


「……そうですか。……マトイさん、黒白さん、今日はお目にかかれて本当に感謝しております。また、いつでもいらして下さいね。……支配人さん」


「畏まりました。……マトイ様、失礼とは存じますが、貴方様の身分証明書と転移陣を拝借願えますでしょうか」


 ……あ、はい。じゃあこれ。

「ありがとうございます。……ほう、禁書庫の入庫許可証兼銀階級冒険者証明書に、様々な付与がございますね」 

 やっぱり、分かりますか。


「……どうぞ、この書庫への転移座標と共に永久に使用可能な許可証明を付与いたしました。証明書には転移陣も吸収させましてございます。この書棚に来られる際には私共へのご確認は必要ございません。マトイ様のご転移と同時に、私達のいずれかがご対応致します。ただし、大書店の方への来店をご希望でしたら、この証に問うてからご来店願いたく存じます」


 証明書が更に強力になりました。

 ついに、転移陣まで兼ねてしまった。……凄い。けど。


「……あれ。これ……大書店所有者証明書、って」


「この証明書はたくさんの証を兼ねておられますから、手にした方に必要な情報を示す構造とさせて頂きました。ああ、転移陣も含めまして、万が一の紛失にもマトイ様の元に常に戻って参りますからご安心を」


 はい、確かに表示されています。 紛失防止も嬉しいです。


 ただ、この記載内容、間違ってませんか。

 所有者って。支配人さんは?


「いえ、私はあくまでも支配人。つまりは管理者でございます。正当なる所有者様、主であるお方、マトイ様にこの大書店をお渡しできました事、ここにご報告申し上げます、コヨミ様」


「ありがとうございます、支配人さん。今日は最後にそのお話をしましょうか」


 そう話すコヨミさんの声は、とても優しい響きをしていた。


 この声を聞けたのが、本当に嬉しい。


 心から、そう思う程に。



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