112-コヨミさんと黒白と私(1)

「……コヨミ、さん?」


 他には言葉が出なかった。


 書棚自体から声が聞こえる。念話ではない、のかな。


「念話ではございません。……が、コヨミ様の思念を結集した存在がマトイ様に対して問答をしておられます。あらゆる問い掛けを想定しておられましたものにございます」


 自動対話AIみたいな感じだと考えて良いのだろうか。


「その通りにございます」

 支配人さん、現世知識とも通じてるの?

「はい。僅かな知識でございますが。あちらの方々を通じて知識を頂いております」


「……この対話は、暦の血族がこの世界に渡ってくれました時の為に備えておいたものです。私、コヨミの日記、読んだ書物、当時の新聞記事、雑誌記事等。貴方の生活に役立つ物があれば幸いです。精霊双珠殿、白様、高位精霊殿、竜の先生、寿右衛門さん、浅緋さん、百斎さん。皆さんは貴方の傍におられますか? 他の方々にもこれから会われる事でしょう。先程申し上げた方々にはここの物、会話の内容、何でも相談して下さい。皆さん素敵な方ばかりですから。貴方がここに入られた事は、既に皆さんはご存知ですよ。貴方がこれから知り合う方で、ここをご存知の方もおられるでしょう。もしも新しい方にここの存在を話される際には皆さんの何方かに許可を頂いて同席して頂けましたら、貴方が伝えたいその方にのみ秘匿の誓約が切れます。それから、ここを出る前に何か一つ、貴方が選んだ物をお持ち下さいね」


 秘匿の誓約魔法の自動発動と部分消去。

 コヨミさんって、物凄い魔力所有者、そして使用者だったのか。


「魔力と申し上げますよりは、生命力と好奇心の賜物にございます」


 支配人さんの説明。

 生命力、は理解出来る。コヨミさんは多分、相当昔の方。


 獣とか夜の闇とか衣食住とか、普通に生活する事自体がたいへんだった時代だろうから。


 勿論、コヨミさんにはその困難を分かち合い、共に歩む大切な人と家族がいた。


 その生活の中で育まれた生命力。


 そして、好奇心。これは、分かる。


 私も、『気』を整えるのは難しいのかもとは思いつつも『キミミチ』の異世界、ナーハルテ様大好きな方への思いで本当に魂の転生をしたのだから。


「私の名前や性別も、いつの時代の貴方の先祖かも気になるでしょう。ごめんなさい、それらは全て秘密にさせて下さい」


「あ、それじゃあその理由を教えて頂けないでしょうか」


「勿論です。私はあちらの世界で大好きな人をお弔いした後、やはり大好きな家族にお願いして色々な所を旅して回りました。家族にはこのままのお別れになっても嘆かないでくれ、と伝えて」


 その後は、コヨミさんの旅のお話。


 素敵な事、危険な事、色々あった旅。


 その途中で、コヨミさんは異世界の精霊王様、高位精霊殿、高位精霊獣殿達、から意思を託された現世の高位精霊殿の願いを受けた獣達の内の一匹、雀の寿右衛門さんに出会ったのだ。


「寿右衛門さんは、あちらで私のきままな旅に同行してくれました。水場を探してくれたり、食べられる植物を教えてくれたり。私が差し上げた干飯ほしいいを喜んでくれました。……実は、この時のお話はこちらで絵本にもなったから、興味があれば探してみて下さいね」

 寿右衛門さんと旅! 羨ましいなあ。

 絵本も絶対探します。


 ……黒白、旅は勿論一緒に行くんだよ! リュックさん、スマホ、ナーハルテ様、緑簾さん……。集団旅行だね。

 インディゴをお借り出来るかな。出来たら良いなあ。


『ありがとう』

 少し、黒白が光った気がした。コヨミさんが怖いから……じゃあないよね。


『……違う、違います』

「指輪の方。後で貴方ともお話をしましょう」


『ありがとうございます。まさか、貴方様とお話ができますとは』

 黒白、記憶が戻ったのかな。

『……かも、知れません』

 かも。うん、そうだね。

 少しでも思い出せたのなら、良かったよ。


「寿右衛門さんとの旅の間に、こちらの世界の事を聞きました。精霊王様、精霊殿、精霊獣殿、民の方々。……そして、聖霊王様、聖霊殿、聖霊獣殿達のお話。魔力を尊び、聖霊王様のみを敬おうとする者達の事。……私が異世界に渡れば、多くの人達とその人達と親しむ精霊殿達を助けられると。聖霊界の皆様方も、それを望んでおられることも」


「やっぱり、聖霊王様、聖霊界の皆様も……。そして、貴方は再度、旅立たれたのですね。」

「その通りです。……そして、私達は当時の王家やそれに追随した家々、合わせて15の家を裁きました。他にも様々な者達を。……私は既にあちらの世界でかなりの年を経ていましたが、仮死を経て、精霊王様のご加護で若返りこちらの世界で様々な事を行う事ができました。……そして、こちらでの人としての生を終える前にこの仕掛けを皆と作成したのです」


「コヨミさん、貴方がこの国で為された事はこの書棚を拝見したら私にも多少は分かりますでしょうか」

「……他のどの書物よりもコヨミという人物を分かってもらえると思います。この世界の全て、とは言えずにすみません……貴方の問いに先にお答えしますが、私はあちらから旅立った際に、二度と帰る事もないと考えておりましたが、精霊王様と聖霊王様のご加護により、魂と体をあちらに返して頂ける事となりました。……しかしながら、私はこちらにも魂を残して頂きたいと願ったのです。私は長い時を経て、こちらの世界も愛する様になっておりましたから」


 それからは、コヨミさんがこの国の前身に魂を半分残して元の世界、今お姉ちゃんや一輪先生、ニッケル君やチュン右衛門さん達が暮らす世界へ去った後の事。


 コヨミさん達は自分を恨む存在が万が一、異世界であるあちらの世界にまで手を伸ばした時の事を考えていた。


 精霊王様と聖霊王様のご加護を魂の半分の分、つまりこちらに残した分によりコヨミさんは旅立った時代と多少ずれた時間軸に帰る事が出来た。


 若かったお孫さん達がかつて旅立った時のコヨミさんと同世代になる程の時間。

 それでも、お孫さん達はコヨミさんを丁重に迎えた。そして、コヨミさんは愛する人の近くに眠る事が出来た。


 ……そして、コヨミさんは直接コヨミさんを知る人達以外の方達からはその名前も性別も、コヨミさんに拘わる記憶と記録が無くなる事を希望して、それは実行された。ただ、存在は残して。


「……だから、名前は無くても、あの暦家の代々の墓地に貴方が眠っておられると白様は言われたのですね」


「……ありがとう。白様を私達のお墓に案内してくれたのですね」


「私の姉が、……私がこちらに渡る前に、急いで白様をご案内したのです。寿右衛門さんの子孫の雀、チュン右衛門さんと共に」


「貴方家族を愛している人なのですね。嬉しいです」


「姉から聞きました。遠い遠いご先祖様に、長い長い旅から帰ってきた人がいると。年月が経っているのに、旅立った時と同じ姿で帰って来た方。……コヨミさん、貴方は確かに私達の遠い遠いご先祖様です」


 何故だろう、私は確かにコヨミさんと会話をしている気がする。

 良く分からないけれど、確信できる。不思議だ。


「……ありがとう」


 こちらこそ。コヨミさん、貴方がいたから私はこちらに来る事が出来ました。


「……私もです、コヨミさん。この世界にいらして下さって、私を呼んでくれて、ありがとうございます」


『私からも、ありがとうございます』

 黒白。お礼を言ってくれるんだね。


「ああ、貴方も礼を言って下さるのですか。ありがとうございます。……マトイさん、ここでの時間は支配人さんが多少は整えてくれます。少し、休んで下さい」


「ただ今ご用意をいたします」


 支配人さんが軽く礼をすると、私の近くに椅子とテーブルが出現した。テーブルの上には、ほうじ茶とお煎餅とチョコレート、冷たい麦茶にソイラテ。 

 雑多だけれども、私の好きな物ばかり。


 ……頂いていいのかな。


「どうぞ、召し上がって。この書棚の物には全て自動浄化と対魔法、対物理の魔法が掛けられていますから、飲食をしながら読まれても大丈夫ですよ」

「もしかしたら、対火とかもですか?」

「ええ。所有者を保護する魔法も掛けてあります。貴方の助けになれば幸いです」


 どこまですごいのだろう、コヨミさんの魔法は。


「頂きます、あ、ここにはもう来られないのですか? それなら、もっとお聞きしたい事が」

「それは私から。ご安心下さい。支配人一同、いつでもマトイ様のご来訪をお待ちしております。大書店でも、こちらでも」


 ありがとう、支配人さん。 それなら後は黒白の話をお聞きできたら良いかな、黒白。

『……緊張します。でも、有難いです』


 実は私も緊張している。だけど、すごく良い緊張感な気がするよ。



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