109-大書店とお使いの寿右衛門さんと私達

「うわ、すごい量だね。」

 近くで見たら、本の山ではなくて、山々だった。雑誌、新聞とか様々。崩れそうで崩れない、絶妙なバランス。

 木製のカウンターには磨きが掛かっていて歴史の重さが感じられる。カウンターのコの字型の中に支配人さんがいて、その背には、また更に高い書棚に本がぎっしり。書棚は天井まで。転倒防止を兼ねているのだろう。


『精霊王様のご依頼分からお願いいたします。』

 ……精霊王様、精霊王様って!

 寿右衛門さん、精霊王様にお使いを依頼される雀さんなの?私、そんな高位精霊獣さんを伝令鳥にしいてていいのかな。

『主殿、ご安心下さい。ご依頼は我が師からです。恐れ多くも精霊王様からの直のお声掛かりは生涯一度。転生後、伝令鳥の修行を終えました際にございました次第に存じます。』

「精霊王様からの直接のお言葉を頂戴されましたのは、貴方様が他に類のない優秀な伝令鳥にあられる事の何よりの証でございます。支配人一同、貴方様とお取引を出来ます栄誉を常に噛みしめてございます。」

 支配人さんが深く一礼。

 我々って、支配人さんはお一人じゃないのかな。


「……巻絹様、お品がご用意できましたとの事です。今、上階にご案内いたします。」

 本当に一人じゃなかった。同じ表情、同じ着物。気配がない所から、もう一人、支配人さんが現れた。

 制服なのだろうか、羽織、着物、帯。羽織と着物、帯で少しだけ紺色の濃淡が変化していてそのグラデーションに清潔感がある所もそっくり。

 もしかしたら、カバンシさんの文体さんみたいに意思を持っての活動が可能な高度な分体さんとか?


『マキ殿、お行き下さい。お二人は私にお任せを。』

「楽しそうなばあやを見ることが出来て、わたくしも嬉しいです。どうぞ、行っていらして。」

 寿右衛門さんとナーハルテ様に言われて、巻絹さんは

「それでは、失礼をいたします。」

 きびきびと移動して、支配人さんその2さんと一緒に移動階段に乗って行った。

 筆頭公爵家にお仕えする巻絹さんの活力になる本がたくさん見付かるといいなあ。


『新聞、雑誌、あとは新作の映像と、お勧めの書物ですね。ありがたいです。』

 コヨミ王国で発行されている新聞全紙と雑誌はかなりの種類。その中から選別された逸品が揃っているのだろう。

 実はコヨミ王国には事件や事象を扱う新聞だけではなくて冒険者さんの活動を細かく取り上げた専門の新聞まで存在していて、向こうの世界のスポーツ新聞みたいな感じ。勿論ご家族皆さん向けの内容。

 各家庭への新聞配達システムはまだないけれど、王宮は勿論、他の代表的な機関(王立学院とか聖教会本部等、他にも様々)には毎日各紙が配達されていて、例えば騎士団本部は各所の分を全て受け付けて、それから騎士団各所に伝令鳥や配達鳥が配送している。騎士舎もそう。

 雑誌もかなり多くて、漫画雑誌も幾つか。これが割と面白くて、個人で買いたくなる様な作品もあるのだけれど、まだ単行本という概念はないみたい。できたら、いつか提言したい。

 あとは、映像作品としては粘土クレイ等の人形に役者さんが声を当てたものがある。これ、魔力で動かすから動作が激しくくて、見応えがある。

 あとは、あちらの世界と交流がある精霊さんや精霊獣さんの趣味なのか、皆が知っている超有名名探偵の推理ドラマがあったりして、侮れない。映すのは映像水晶だけれども、魔力操作に慣れると一時停止とか巻き戻しみたいに色々な操作を使えて楽しい。

 書物はコヨミ王国に限らないこの世界の歴史書、精霊王様、精霊、精霊獣関連書籍、聖霊王様、聖霊、聖霊獣関連書籍が多かった。

 まあとにかく、たくさん!


『はい、本当にいつもご丁寧にありがとうございます。新聞、雑誌はこれ以外にもお勧めがありましたら追加をお願い申し上げます。』

「畏まりました。」

『あちらは、我が師白からの依頼分ですね。』

 視線を移すと、図鑑系がどっさり。

 動物、植物、国旗、紋章……。古地図もある!

 一輪先生の古書発掘を思い出すなあ。

「新刊から古書まで、ご用意可能な物はほぼ、こちらにございます。それから、精霊界の図書館司書様からのご依頼分はここに。」

 ここに、は支配人さんの背にある書棚にぎっしり詰まった本、全てらしい。

 あ、論文集、紀要……。懐かしい感じ。

 語学辞典かあ、いいなあ。私も在庫があれば購入しよう。注文も受け付けてもらえそうだったよね。

 ナーハルテ様も、知識欲を刺激されているみたい。

「『召喚学必携』の新刊が出版されていたのですね!あの刺繍図案集は、上の姉が長い間探されていたもの……。注文を受けて頂けますでしょうか。」

 うんうん、書物を真剣に選ぶ若人は良いですなあ。ついつい、准教授秘書時代を思い出してしまうよ。

 あちらのニッケル君も仕事にやりがいを感じてくれているみたいだしね。若人万歳。ついつい顔が綻ぶ魂の年長者な私。


『いつもながらご慧眼ですな。支配人殿、とりあえずこちら全ての転送をお願いいたします。支払いはいつもと同様に。』

「ありがとうございます。それでは。」

 パン。支配人さんが一度、手を打ち鳴らした。

 すると、あんなにたくさんの新聞、雑誌、書籍、映像水晶対応の映像作品……。全てが消え去り、書棚にぎっしり、の書物は書棚ごときれいさっぱり消失した。

精霊界あちらの図書館、我が師の私室、そして精霊王様の書庫に全て収納されましてございます。』

 す、すごい。支配人さんの正体、その内教えてもらえるのかな。


 ……あ、支払い!

「寿右衛門さん、お金!精霊王様にお出し頂く訳にはいかないよね?私の国庫の方じゃない、私的財産から払えるかな。厳しいかな。」

「第三王子殿下、精霊王様並びに精霊界の皆様方からは千年分程、先払いで頂戴しております。」

『主殿、万が一の時には即時請求する様にこの寿右衛門、仰せつかっておりますので。しかしながら、ご配慮痛み入りましてございます。』


「語学辞典、『召喚学必携』の新号、『刺繍図案集・華』につきましては上階にてご用立ていたします。ご安心下さい。……巻絹様も一段落されました様ですから、皆様、参りましょうか。」

「「……。」」

 あまり褒められた態度ではないのかも知れないけれど、ナーハルテ様と私、顔を見合わせてしまった。対応が凄すぎる。


 ……やっぱりこの支配人さん、ただ者じゃない。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る