108-大書店の支配人さんと私達

「私はこの書店の支配人でございます。第三王子殿下、筆頭公爵令嬢様、じゅったん様、巻絹様、本日はごゆるりと。インディゴ殿はそちらでご自由になさって下さい」


 支配人さんがそう言うと、停車場全体が土から芝生に変化した。

 奥に見えていた水洗設備等はそのまま。空間を変化させたのか。

 ……いや、私が慣れつつあるだけで普通なら驚嘆するレベルの魔法なのだろう。


 全員の事をご存知なのは、寿右衛門さん情報かな。


『主殿、支配人殿はです。ご安心を。マキ殿も、この私が皆様のご安全を保証いたしますから、警戒はなさらずにお願い申し上げます。。主殿はナーハルテ様を』

 知識のもの。

 森羅万象、色々ご存知な方、って事かな。


 インディゴは、楽しそうに芝の香りを楽しんでいる。

『リュック殿と一緒に用意しました新鮮な果物や野菜は筆頭公爵家からの出立の際にインディゴ殿に進呈しました。主殿が直接下賜されますのは、またの機会に』


 うん、そうだね。じゃあ、行きましょう。

「ナーハルテ、手を。」

 おかしくないよね? 初めての場所だから。


『大丈夫です。軽くでしたら、お握りになられましても、この状況でしたら』

 え、そうなの。……巻絹さんは?


「私も、宅のお嬢様が第三王子殿下との外出を心待ちにされていた事は存じておりますから、ご婚約者様とお手を繋がれたとしても、お咎めする謂れはございません。ここでしたら、人目も限定されております故。お嬢様、ご安心なさいまし」


「良いのですか? ばあや、ではないわ、巻絹、手、手ですわよ?」


『嫌なのかな。嫌なら、いつもの様にエスコートにするから手を乗せてね』

 セレンさん、ありがとう。

 対象を絞った念話、成功。


 一応、しぜんに指を乗せても合わせても大丈夫な形で差し出したら、指を合わせてくれた。


 ……これは。


 さすがに恋人繋ぎはしないよ!  


 普通に手を握る。

 パーティーではないから手袋無しの直接。

 優しく、でも、絶対に離さない。


「楽しみだね。……私も楽しみにしていたよ。行こうか」

「はい」

 少しだけ、少しだけだけれど握り返して下さった。嬉しい!


『今回頑張りましたな』

 ありがとう、寿右衛門さん。

 ん、普段の私、やっぱりヘタレっぽいのかな?


「こちらからどうぞお入りになって下さい」


 少しだけ色が違う魔石壁に支配人さんが手をかざすと、壁に穴が開いて、通過に十分な空間が現れた。


「インディゴ殿が人手が欲しいと念じられましたら、世話をするものが停車場に向かいますので、ゆっくりとお過ごし下さい。飲食を提供できます場所もございます」


『化粧室は各階に、ですな』

「左様でございます。ご希望の書物、文献等ございましたら私に。万が一、在庫がございません際には迅速に取り寄せをいたします」


「あ、私は錬金術の応用、創造魔法の基礎的な本と、分かりやすい召喚魔法の本が欲しいです。あとは第三王子が抑えるべき知識として必要な書物のお勧めをお願いしたいな。あ、あと、ギルド案内の本!」

 最後のは、千斎さんへのお土産。


 以前頂いた靴への魔法付与のお礼だ。

 印刷待ちのギルド案内本か、それ以外でも大書店のおすすめなら喜んでもらえるよね。


「わたくしは召喚魔法の応用本と、聖霊王様と聖女様に関しての書物を希望いたします」


「承りましてございます。じゅったん様はいつものカウンターで。巻絹様は何か?」


 私は付添人でございますから、と遠慮する巻絹さんにナーハルテ様が

「ばあやは普段から我が家に尽くしてくれているのですから、この様な時には遠慮してはいけません。わたくしが母に叱られます」

 と優しく促されたので、巻絹さんは

「では、『武器防具大全』と『忍大観』をお願い申し上げます」

 遠慮がちにだけど、題名が。

 武器防具はともかく、忍?


「ほう、良い本を。大全は新版と旧版と、大観の壱、弐とございますが。」

「まさか。……それでは、『幻術の手引』も?」


「そうこられましたか! 素晴らしいです。ございますよ、『変化の手引・幻編』はお持ちでしょうか」

「はい、所持しております。ですが、予備としてそちらも購入いたしたく存じます」

「はい、それでは全てご用意いたします。また、関連書籍のリストもお持ちしますから、ご希望がございましたら」


 支配人さんと巻絹さん、大盛り上がり。漏れ聞こえる題名、全てが不穏な気がする。

 でも、ナーハルテ様が「ばあやが生き生きとしていますわ」と嬉しそうにされているから、いいか。


『主殿、ナーハルテ様、少しだけ私がご案内します。前方にありますのが移動階段。奥にございますのが移動箱。高い建物ですがご安心下さい』


 エスカレーターとエレベーター、あるんだね、すごい。

 もしかしたら、電気?


『魔力がほとんどですが、電力も活用されておりますよ。各国の技術を吸収しております』

『電力。長姉が嫁ぎます予定の大国では開発検討が行われているとか。そして、『キミミチ』の箱様もそうでしたね』

 あ、ナーハルテ様も念話だ。さすが。素敵。


 そして『キミミチ』!

 あ、そうか。ニッケル君がナーハルテ様に見せてくれたんだ。


『寝衣姿を見るのは元婚約者とはいえ宜しくない、とこの衣服をお渡し頂いたのです。手紙をお預かりできました事も鑑みまして、第三王子殿下ニッケル様の御魂はあちらで魔力に目覚められたのでは、と推察いたしました』

 ニッケル君が異世界で魔力発動。

 どうしよう、納得できる気がする。

 何だか格好良いなあ。

 まあ、あっちには、チュン右衛門さんがいてくれるから大丈夫だよね?


 それから、私が見た召喚大会の謎展開は普通のシナリオだった事、ニッケル君達とセレンさんの描き方がナーハルテ様から見ても眉をひそめたくなる物だった事、ナーハルテ様達わたくし達を良く描写し過ぎなのでは、と感じた事等を念話で伺えた。


 いや、まさか、ナーハルテ様と『キミミチ』トーク(念話)ができるとはね!

 ありがとう、ニッケル君。


「遅くなりまして申し訳ざいません。お仕えする身で失礼を致しました」

 変わらずピシッとした巻絹さん。


「大丈夫ですよ、私達も楽しかったから」

「ありがたいお言葉ですが、第三王子殿下、他の場所ではどうか、じゅったん様のご指導の下、高貴なお方のお立場でお願い申し上げます」

『マキ殿、ご安心めされい。主殿は私の指導をきちんと身にしておられます故』

「そうですか、出過ぎた事をお伝えしました事件をお詫び申し上げます」

『いえいえ、私もまだたまに注進申し上げるのですよ』

「そうなのですか。……成程」

 寿右衛門さんと巻絹さん、会話が弾んでる。

 デキる傍仕えさん同士でめちゃくちゃ打ち解けてるね。


「じゅったん様、こちらがいつものご所望の品でございます。まずはこちらを。皆様のご希望は、上に上がりましてからご用意いたします」


 いつの間に移動したのか、支配人さんが奥のカウンターから声を掛けてくれた。カウンターには本の山。


『申し訳ざいません、主殿。私の精霊界での業務を先に済ませても宜しいでしょうか』

 良い、良いよ。むしろ、寿右衛門さんが何を購入して、これから何をするのかが気になる。是非見てみたい。


「どうぞ。是非ご覧下さい」

 支配人さんが言うと、全員が瞬間移動。


 即時移動魔法。

 しかもかなりの魔力所有者達を一気に。


 本当に支配人さん、何ものさんなの?







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