107-大書店に到着の私達

「壮観だなあ」


 王宮が存在する王都、一の都市と王立学院がある二の都市との間にそびえる大書店。


 書物の品揃えだけではなくて、過去や最近の新聞・雑誌の品揃えも天下一品。

 諸国からの購入希望者も多数なのに、あくまでも紹介制を貫いている。


 以上、ハイパーの「大書店」の項目の受け売り。

 久しぶりのハイパー、かなり情報が増えていて読むのが楽しかったよ。


 あ、因みにリュックさんを介したら、ハイパーは何処にいても取り出し可能になったのです。

 リュックさん、ハイパー、どちらもすごいぞ!


 大書店、建物がもう何て言うか、塔みたいな感じ。

 壁は魔石を加工した石壁で、各階の尖頭アーチ型のガラス窓に光彩が反射している。ざっと数えたけれど、十階よりも多い筈。


 コヨミ王国で最高層の建築物が王宮だという事は当たり前だけれども、本屋さんだけでこの階層なのは正直凄いと思う。


 第三王子殿下がお一人で外出して良いの?って言われそうだけど、一等地とは思えないくらい人の気配がない。


 まあ、だからこそ寿右衛門さんがこの待ち合わせ方を採用したのだろうけれど。


 元々大書店への転移座標を熟知していたらしい寿右衛門さんが転移陣に座標を入れてくれたので時間に合わせて転移した。

 私が簡単に転移出来たのは寿右衛門さん作の転移陣がすごいからだと思う。

 そう言えば転移陣も簡易型ではなくて本格的な物になっていたから、私の魔力を吸収したのかも。自動成長型なのかな。


『お体と魔力が転移魔法に慣れていかれたら陣が無くても転移可能になられますよ』

 そう寿右衛門さんが教えてくれたから期待している。


 実は、本日は貸し切りらしい。

 転移座標を入れてもらった時に寿右衛門さんに言われたので驚いたけれど王族の権限でとかではないらしいのでそれは安心。


 だから、馬車用の集合空間はガラガラ。背中にはリュックさん、腕には腕時計の黒白。


 ……それは良いのだけれど、いくら貸し切り待遇とは言え、この静けさは絶対何かあるよね。

 防御魔法の気配が溢れているし。


 そうそう、今日の私は昔の士官学校の制服ではなくて、眩しい位の白い襟シャツにシェルピンク色のパンツ姿。

 足元はキャメル色の紐革靴。この間のお茶会で王宮の皆様方からニッケル君の私服をたくさん頂いた内の一着。

 靴とか小物も頂いた。

 全部に浄化魔法を掛けてくれたらしい。

 そこまでして下さらなくても、とは言い辛い雰囲気だった。


「殿下のご成長、一同感銘を受けましてございます!」

 って王宮でニッケル君に付いてくれていた傍仕えの皆さんに綺麗な礼と一緒に言われてしまったから、多過ぎますから預かっておいて下さいとは言えなくて。


 あと多分、この襟シャツ、オーダーメイドだと思う。

 すごく体に合ってるから。

 もう少し身長が伸びたら多分全て採寸からやり直しになるのだろう。

 まだ伸びる可能性とかありそうなんだよね実は。

 魔力向上による体格と体力の向上なんだって。

 外見も更に整ってきている様な気がする。


 この服装に着替えた時も聖教会本部宿舎の準々貴賓室に備え付けられた手彫木枠の姿見で確認した姿は正にお忍び姿の王子様で、思わずスマホで写真を撮ってしまった位に気品が溢れていたよ。

 元々のニッケル君の素地に、私の魔力向上が加わって良い相乗効果を生んだ、という事にしている。


『お待たせしました、主殿』


 あれ、いつもと違って、何だかいきなりの寿右衛門さんの念話。

 普段ならこう、魔力の気配から始まって、念話……みたいな感じなのに。


「インディゴ、久しぶり! 相変わらず凛々しいねえ!」

 念話の件、気にはなるけれど、とりあえず、インディゴは格好いい。


 筆頭公爵家から拝借した少人数用の馬車を引いている。

 筆頭公爵家の紋章入りだから一目で分かる。


 知識をありがとう、ニッケル君。

 少人数用、とは言いながら余裕で五、六人は乗車出来そうな大きさ。

 インディゴの技量もあるだろうけれども、恐らく殆ど揺れを出さない安定性。

 以前乗せてもらった特別魔馬車の様に魔道技術の結集、サスペンション完璧、な筈。


『ただ今停車致します』


 広い馬車用の停車場に余裕を持って止まるインディゴは実に凛々しい。

 八本脚も相変わらずがっしりしっかり逞しい。


『主殿、どうぞ』

 あ、はい。エスコートだね。


 タラップの傍に立ち、中に声を掛ける。

「……宜しいでしょうか」


「はい、お願いいたします」

 うん、このお声。私の耳が喜んでいる。


「ただ今扉を開きますので、お嬢様をお願い申し上げます。」


 あ、人型朱々さんとは違う女性の声。

 メイドさんかな。

 もしかしたら護衛さん? どうしよう、先に出て頂くべきかな。


『主殿、大丈夫にございます。ナーハルテ様を先にお出しする様に私からお伝え済です。お名前もご随意にお呼び下さい』

 ああそうだ、私にはできる執事雀さんがいてくれる。

 良かった。


 インディゴの停止の後に寿右衛門さんが操作魔法で出現させてくれたステップバーは段が低くて安定している物だけれど、ここは王子様のエスコート手腕の見せ所ですね。


 ゆっくりと横開きの窓が開いていく。


「ありがとうございます、ニッケル様」

 ああ、やっぱり私はこの方が好きだなあ、とお会いする度に思う。

 お声も大好きです。


 あ、手、手。


 ナーハルテ様の今日の装いは、ベビーブルーのパーカー。麻のワンピース。清潔感があって良いです。素敵。


 ……あれ?

「どうぞ、ゆっくりと」

 とりあえず、婚約者らしく恭しく降ろして差し上げられたと思う。


 寿右衛門さんにナーハルテ様をお願いして、次はお付きの女性を。

 トート型に変化したナーハルテ様の魔道具リュックちゃんはメイドさん(でした)の手に。


 先に荷物をお預かりして、丁寧に手を取り、降車をお手伝いした。


「紹介いたします。こちらはわたくしの婚約者であられるニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ第三王子殿下と高位精霊獣にして伝令鳥たるじゅったん殿です。皆様、ここに控えますはわたくしの家のメイド長、巻絹マキギヌでございます」


 パールグレイの髪に若葉色の目。

 控えめな美しさが印象的な方。

 絶対に只者じゃないのに魔力その他を抑制できているのが逆に凄い。


「マキ、とお呼び下さいませ。本日はナーハルテお嬢様のご婚約者様、第三王子殿下との外出に帯同できました事、光栄に存じます。ご尊顔を拝せました事、厚く御礼申し上げます」

 ……ピシッ、とした美しい礼。

 王宮の傍仕えの方々の礼も綺麗だったけれど、それ以上。


 あと、気になる事が。

「ええと、あの、メイド長さん、マキさんは精霊とか精霊獣の家系の方なのかな」

 いや、筆頭公爵家のメイド長さんがこの若々しい方って。

 実力者なのは分かるよ、分かるけど。

 高校生っぽいって、大学生達に言われていた現世の私よりもお若い気がするよ?


『主殿、マキ殿は人であられます。しかしながら、この寿右衛門が嘆息する程の技量をお持ちでいらっしゃいます』


「はい、ニッケル様。ばあや、巻絹はわたくしの祖母の代から我が家に仕えてくれております者です」


 それから、巻絹さんと旦那様の執事長さんであるじいやさんとご夫婦である事、ナーハルテ様のお母様お父様にお子さん達がお仕えしている事、ナーハルテ様達3姉妹にお孫さん達がそれぞれ付いている(ナーハルテ様付きの方は見習い中)事、爵位持ちながら代々筆頭公爵家にお仕えしていて、じいやさんとばあやさんの婚姻で一つのお家になられた事等を聞いた。


 要するに、技術なのか天然物なのかはともかく、ばあやさん、巻絹さんは間違いなくこの方だという事だった。


「ニッケル様、巻絹はを理解しております。ご安心下さいませ」

 ナーハルテ様からのお言葉。


 全て、という事は、中身の私をご存知なのか。ふむ、心強い方がまた一人増えましたね。


『ナーハルテ様、その着衣のご説明を』

 ほっとしたところで寿右衛門さん。


 そう。それ。気になっていました。

「はい、先日の夢渡りの際に、マトイ様に着せて頂きました。今日はお手紙と共にお渡しをと思いまして」


 やっぱり、良く似てると思ったら!


 生地が元々の私の物よりも上等になってるけど、色と形が一緒。


 魂の転生をして現世に来てくれる辣腕女騎士さんかどなたかが気に入って下さると良いな、と思ってクローゼットに残しておいたお気に入りの内の一着だ。


 サイズ、意外と合ってますね。

 私が167センチで向こうでは高めだったんだけど、コヨミ王国は女性の平均身長163、男性が177とかなり高身長だからこっちだと普通よりちょっと高いかな、位なんだけど。


「ナーハルテさ、ナーハルテは170位かな。私も最近、少し身長が伸びたらしいんだ」


 爽やかにしたつもりなんだけど、ナーハルテ様の頬が染まってしまった。


 え、身長の話はダメ?

 それとも巻絹さんへの質問がいけなかった?


『落ち着いて下さい、主殿。私的な外出の場ですから大丈夫です。それよりも、ほら』


「あ、いや、そのね。身長よりも、そのパーカー、良く似合っているから、できたらもらってもらいたいなあ、と。私も気に入っていたものだから」


「……は、はい。身長はそうです170です。それから、こちらはお手紙です。まとい貴方様宛の。お受け取り下さい」


 いつの間にか巻絹さんがナーハルテ様に渡してくれていたニッケル君からの手紙をもらって、リュックさんに丁寧にしまう。


 ああ、これは確かに私が購入したレターセット。 

 まとい殿へ、って宛名が嬉しい。


 それに、さっきのナーハルテ様。まとい貴方様宛だって。更に嬉しい。


「ようこそおいで下さいました、皆々様」


 嬉しい嬉しい、でも我慢、と堪えていた私。


 そこに、静かな、でも深い魔力をたたえた声が聞こえたのだった。

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