104-魔道具開発局局長さんと私(2)
「すごいね、リュックさん。ちゃんとおいしいし、全身に魔力が循環する感じもばっちりだ」
中央冒険者ギルドギルドマスタースコレスさん謹製ハーブティー、リュックさんバージョン。
多分かなりの効力。
誓約魔法その他諸々付きの魔道具開発局局長執務室内だからいいけれど、普通に出してしまうにはかなりの問題がある筈の品。
「寿右衛門さん、これ、寿右衛門さんと黒白にも……良いかな?」
『お心遣いを誠にありがとうございます。ご判断は主殿がなされませ』
寿右衛門さんに聞いたら、スコレスさんから材料他の権限を頂いたのもリュックさんの所有者も私だから、私の好きにしていいみたい。
勿論、間違った使用法にはすぐに各方面からツッコミが入るのだろう。
私が手の平に少し垂らしたものを寿右衛門さんがついばむ。
その後は、黒白を移動させて両方の盤面に浸す。黒白の防水その他については、
『海獣が住まう荒波の海でも未知の深海でも遥かに高き空中でも全く支障はございません。』
という寿右衛門さんの保証付。
ちなみにリュックさんは生成時にハーブティーの力を得ているみたい。
更にパワー……アップ?
「すごいねえ。木のコブ一杯分でもかなりの成果だよ。今度スコレスさんに会えたらお礼を言おうね」
リュックさんユラユラ。
黒白はツヤツヤ。
お茶菓子は砕いたナッツが豊富なクッキー。おいしい。
おいしい、けど……。
何だろう、視線を感じる。悪い感じではないのだけれど。何?
『主殿、開発局局長殿です』
え、ジンクさんなの?
あ、これ?
「ジンクさん、飲まれますか?」
「え」
え、て。
ジンクさん、大丈夫かな。ずれたフレーム、結局まだ戻していないし。
「い、い、頂いてよろしいのですか!」
ええ、はい。
ただこれしかないから飲みかけですが。
……あ、せめてこちら側を。
お茶の作法みたいに口を付けた所を拭いて、回転させてからジンクさんに手渡した。
「ありがたい、ありがとうございます……」
ほとんど口を付けずに、でも一滴も漏らすまいとしている気合いの入った飲み方で飲み干された……これ、口腔内への無詠唱移動だ。すご技。
だけど、ここで用いる術式ではないのでは?感心と戸惑いが半々になるよ。
「第三王子殿下、本当に、本当にありがとうございます。このご恩、ジンク・フォン・テラヘルツ、生涯忘れません!」
あっという間に浄化された空のカップが戻ってきた。
ジンクさん、何だか血色が良い。
ずれたフレームも戻った。
けれど、カップではなくてお礼のお言葉が重いのですが。
あ、そうだ、それなら。
「でしたら、ご令嬢、ナイカ様と婚約者君を長い目で見守ってあげて下さいませんか。せめて、学院高等部の卒業までは。彼も、ナイカ様程ではありませんが魔道具に対して真摯な姿勢で臨んでいる若者ですから」
同級生の友人を若者扱い。
ついついあちらの年齢を含んでしまいました、みたいな内容を言ってしまった私に、
「カルサイト・フォン・ウレックス侯爵令息ですか。娘からも、最近は真面目に勉学に取り組んでいて男性としての好感が持てない事もない、と聞いております。殿下が仰るならば、私も気を止める事にいたしましょう。……さて、それでは、続きは気分を変えましてこちらでいかがですかな」
うーん、辛口。
まあ、好感が持てないこともないなら『キミミチ』よりは可能性有りなのかな。
ただこれ、視点を変えたら、男性としてでなければ高感度高い、ってことなのかな?
期待しちゃうよ?
ワクワクを隠した私が案内されたのは、木枠の蔦の模様細工が素敵な大きなガラス扉から直通の
扉から出る時に良く見たら、執務室内の壁は全て防音効果があるコルク壁。
水晶のシャンデリアも雰囲気がある。
あれ。確か、この部屋、壁は普通に壁紙が張られていたし、そもそもこの大きなガラス窓、無かったよね?
照明もシャンデリアじゃなくて現世のLED埋め込み照明みたいに天井自体が照明魔道具だった。
内装だけじゃなくて部屋全体と隣接の空間自体が変化したの?
「これからの会話には防音魔法は特に必要ございません。ここであれば、逆に、盗み聞こうとする者を炙り出せます。実は、この執務室とパティオ自体が魔道具なのです」
魔道具開発局局長さんの執務室が大きな中央玄関からすぐの広い部屋なのは意外だったんだけど、そういう事ですか。
要するに、コルク壁は集音、防音魔法壁、シャンデリアは記録映像魔法装置と、様々な効果で充満しているという事。
パティオも同じ。
置かれた木製のベンチとかテーブルとか、もう全てがかなりの術式付与済の魔道具だ。
この部屋に変形させる為にはかなりの魔力が必要なのだけれど、ハーブティーのお陰で楽々だって。
……いやそれ、ジンクさんレベルの楽々ですよね?
話を続けてもよろしいでしょうか、と言われたので勧められたベンチ(やっぱり座り心地がとても良い)に座ってお話を伺うと。
「建国当時のコヨミ王国で極刑の処罰対象とされた家は15にございます。それ故に、その家の数だけ指輪が存在すると推定が可能かと。但し、黒と白の二種で一つの為、倍数となってしまいますが。申し上げにくいのですが、殿下の黒白殿の素となりました指輪の出自はまだ調査中でございます」
「15。まあ、実際は倍数だけど、ずっと昔からの数としては少ないのかな。それとも15に他の意味があるとか」
『15、少なく、ない。
黒白大丈夫? 念話が辛そう。
ハーブティーのお陰で元気になってたのに!
「あいつって、偽物の邪竜斬りに指輪を渡した人物かな。あと、指輪以外もあんな凄い力を秘めた魔道具が存在するの?」
怒りと驚きで、何とも言えない気分になる。
「はい、その可能性はございます。今、禁地は聖教会の大司教殿と聖魔法大導師殿、騎士団魔法隊隊長殿と騎士団の精鋭部隊と現役最強の冒険者ハンダ-コバルト殿とその召喚竜カバンシ殿という最強の布陣で今までにない膨大な浄化作業並びに現地の討伐、魔石回収を行っております。お陰で、既に指輪とそれに類する物も幾つか発見されているそうです。天に昇られた御霊も多いそうで、誠に尊い事にございます。15については、コヨミ王国ではご想像の通りです。長く王族の記憶に残す為に、という意味合いが強いのです」
15。
コヨミ王国では意味があるけれど、という事だね。
そして本当にごめんなさい、大司教様、浅緋さん、千斎さん!
皆さん、懸命に作業をして下さっていたんですね。
興味のある事にだけ、なんて事は無くて、やる時はやって下さる皆様、尊敬します。ありがとうございます。
ハンダさん、カバンシさん、騎士団の皆さんも、本当にありがとう。
「そして、やはり存在いたしました、意に沿わぬ魔獣化をしたもの達の説得の為に、半竜の珪殿と、第三王子殿下の召喚獣、緑殿が加入してくれております。八の街の守りは、大トカゲの橡殿が珪殿に代わりまして、と騎士団分室の者や自警団達と共に。本件に関しまして、第三王子殿下の召喚獣殿の帯同のご許可を頂きましたこと、多大なる感謝の念を禁じ得ません。殿下、誠にありがとうございます」
一礼されて、はたとなった。
え、緑簾さん、え?
『主殿、ここは王子として当然です、のお顔を』
あ、はい。うん、多分、浅緋さんがらみだよね。
良い事だから、良し!
……あと、橡と珪が仲良くなったのは嬉しいから、良し!
「黒白殿が先ほど力を振り絞り言われた存在につきましては、恐らく指輪の素材を禁地に埋めた、または回収した張本人では、と推測されております。更には禁地になる以前からの行いとも考えられます」
「ええと、じゃあ、今心血を注いでくれている皆さんが発見したのは、指輪の素?」
「その通りです。15とは、コヨミ王国の15の家の怨嗟の数。最初の押収品には我々でも手こずる程の自動回帰魔法が掛けられておりました。第三王子殿下の保存袋のお陰で、何とか調査を進める事ができております」
保存袋。
リュックさん、褒められてるよ!
『……あげる』
開いたリュックさん、保存袋の大盤振る舞い。
……ジンクさん、またフレームがずれた。
「こ、これは、こんなにたくさん! いえ、良いのですか?」
『寿右衛門さん、問題は?』
『正直、コヨミ王国魔道具開発局の開発期間を待っておりましたら時間が経ちすぎる恐れがございます故』
分かった、そういう事なら。
「ジンクさん、この袋の魔道具、リュックは精霊王様直参の高位精霊獣、白殿が創造された魔道具です。この魔道具は活用する資格がある方にしか中身を渡しません。ですから是非、受け取って下さい」
「ありがとうございます、リュック殿!」
眼鏡の位置を戻しながら、ジンクさんが
これで、指輪他の解析が進むといいなあ。
『主殿、ジンク殿。黒白には辛苦となりますから、代わりまして私が』
ここで、寿右衛門さんからのお話。
黒白の原型や他の指輪の素達は昔々、その土地の凡庸な地下資源の一つに過ぎなかった。
ところが、土壌には少しずつ嫌な気配が溜まり、それは地下にも浸透してきた。
資源達は少しずつ、色々なものに変化していった。
あるものは墓所の遺体が身に付けていた刀剣の装飾品、あるものは盾の飾り。
そして、黒白達は15個の指輪に吸収された。
それは、聖霊王様を唯一の尊いものとする家々の証の指輪だった。
初代国王陛下達は罪人達の宝飾品を共に埋葬する事を許しておられたから。
その思いやりとは真逆で、指輪の持ち主達は死して尚、コヨミ王国の英雄達に怨嗟の念を持ち続けていた為に、指輪は更に倍の数になっていった。
『それを秘密裏に掘り出しましたのが、聖女殿を尊いものとする一団かと』
だから、私は最初あんなに恐れられていたんだね。
じゃあ、リュックさんが黒白を改造? 改心? させたのは。
『リュック殿がご自身の内部の時間を操作して、精霊王様、コヨミ様や英雄の皆々様、そして主殿の素晴らしさを黒白にひたすら教え込みました。だから、今の黒白は私達と同じく、主殿を敬うのです。または、嘗ての自身を取り戻したか。いずれにしましても、善意の存在になりましてございます』
そうか、もしも学院長先生があの場、居酒屋関山にいらしていたらきっと指輪に同じ様な反応をされていたんだね。
『あいつ、聖霊王様と聖女様にお仕えするものだって言って、仲間に嘘をついた。精霊王様達、皆、すごくいい方達だったのに。悪い奴等、怖い奴等だって。全部嘘。……あ、でも。鳥さんは……良い鳥さんだって』
『鳥さん?』
寿右衛門さん?
『あ、いえ。申し訳ございません』
鳥さん。私なら寿右衛門さんとか白様とか朱々さんとか紅ちゃん達ヒヨコさん達を想像しちゃうから、良い鳥さんだねえ、だけど。
それも嘘だったのかな。
『……どうでしょうか。ただ、今は』
あ、そうだよね。
「大丈夫だよ、黒白。お会いした事は無いけれど、精霊王様もきっと許して下さるよ」
『ありがとうございます』
そう。まずは、他の指輪達や色々な装飾品達を解放してあげないといけないよね。
『新しいの、作った。入ると良い』
あ、リュックさん、お代わりのハーブティー?
「ありがとうね、リュックさん。ほら、黒白、浸からせてもらいなさい。ジンクさん、良いですか?」
「むしろ様子を拝見したいです」
快諾を頂いたので、黒白を外してちゃぷん、とさせる。
『良いですね』
温泉みたいだ。かなり回復できそう。
「とりあえず、完全な浄化後に回収した指輪の素他の情報、指輪の個数計測器の数の変化、それら全ては王宮とほぼ同時に第三王子殿下にもお仕えいたします。それらを精霊界にもお伝え願えますか、茶色殿」
『分かりました。いつでもお呼び下さい』
「ありがとうございます。」
とりあえず、必要なお話は伺えたかな。
パティオの空気が気持ち良い。
室内なのに、外。妙に落ち着く空間で、やっと人心地が付けた気がした。
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