103-魔道具開発局局長さんと私(1)
「ジンク・フォン・テラヘルツでございます。魔道具開発局局長を務めさせて頂いております。第三王子殿下におかれましては、この度のご来訪、本当にありがとうございます」
魔道具開発局局長さんはナイカ様と似た髪と目。
銀灰色が更に濃いめで眼鏡のフレームが少しだけ太くて、渋い外見のお方。
声が低い所も渋めで素敵。
あのお茶会からは数日が経った。
ここは魔道具開発局局長さんの開発局執務室。
盗聴その他の防御魔法が何重にも掛けられている。
重厚な木製の椅子が意外な程に座りやすいのは、魔道具としての処置が施されているからだろうか。
茶器も、菓子皿まで多分魔道具。無機質な感じでデザイン性が高くて個人的にはかなり好印象。
あのあと、ナーハルテ様へのお手紙は寿右衛門さんお墨付きのものが書けた。
『共にとなりますお出かけの予定は心待ちにしておりますが、どうぞご使命をお果たし下さい、お心遣いをありがとうございます』というお礼のカードと、なんと、携帯ゲーム版『キミミチ』が発売されたというニッケル君からの情報を伝令鳥寿右衛門さんに託して返して下さったのだ。
ナーハルテ様のカードは大切に大切に保管。
そして、ニッケル君、いいなあ、羨ましい。
ナーハルテ様、ニッケル君からのお手紙は今度お会いした時に頂戴しますからね。
携帯ゲーム版『キミミチ』に後ろ髪は引かれるけれど、私は現実世界で第三王子殿下を務めます。
回想終わり。
で、現在。
禁地についてのジンクさん(対面の際はこうお呼び下さいと言われてしまった)からの説明。
精神集中。第三王子殿下に戻る。
「初代国王陛下、直参高位精霊白殿、王立学院学院長殿。いずれの高貴なる御方々におかれましても、くれぐれも清浄なる土地に、と厳命しておられました。また、禁地も確かに立地等は上位の場所でありました為、初代国王陛下の崩御の後に墓参をされました白殿、学院長殿の御二方も、きちんと清浄の為の儀式を継続して行う様に指示をされ、それは行われて参りました」
コヨミさんがお参りできなかったのは、何となく理解できる。
生きている人達の為に行う事が多過ぎたのと、虐げられていた国民皆への配慮だろう。
まだ苦しい記憶も新しい国民の皆に、「貴方達を苦しめていた者達は処罰されたから納得してほしい」とは言い難かったのだろう。
だからと言って、コヨミさんの心痛は甚だしかった筈。
いつか、代わりに私がお参りする事ができたら。その為にも今は、きちんとお話を伺おう。
それから……白様はこちらと
ありがとうございます、本当に。
「お話を続けて下さい」
私が前を向いて深い色合いの銀灰色を見つめると、禁地が禁地となる前の話が始ま……らなかった。
「召喚獣殿、どうご判断なされますか。この話は貴方様のみにお聞き願う事も可能ですが」
『……そうですな。主殿、正直、私は主殿にはあまりお聞かせしたくはございませぬが。……弱魔力のもの達の事になります故』
パタパタ、バタバタ。
黒白が落ち着かない。
何かを思い出すんだね。聞きたくないなら、リュックさんの中に入っていていいんだよ。
『……聞く』
頑張って、念話をしてくれた。
黒白は、聞くと決めた。
私は?
多分、前世の私ならネットニュースとか新聞等でおしまい、みたいな遠くの世界の話だと思うのだろうけれど。
……
『主殿、私が要点をまとめるのは如何でしょう』
多分、これは折衷案なのだろう。
ただ、寿右衛門さんに任せたら、恐らく綺麗な言葉を聞く事になる。
……それは、何か違う。
「ジンクさん、ニッケル第三王子は、今から伺う内容は知っていますか?」
「王族は王族のみが知る歴史書物を15歳時に熟読する事が義務付けられておりますので概要はご存じですが、恐らく詳らかではございません」
また15。
指輪の個数計測機が最初に示した数も15だった。
その辺りのニッケル君の知識、記憶を探る。
……。
なるほど。確かにもう既に吐き気がしてきた。
「先に申し上げておきますが、
ええと、例えば話を聞いて私が昏倒したり色々したりしても、学院生だから気にしなくて良い、もしもの時はジンクさんの記憶を消去しても良いですよ、って事になるのかな。
『左様に』
ありがとう、寿右衛門さん。
だったら、うん。
「お気遣いありがとうございます。しかしながら、お聞かせ下さい。寿右衛門さ、寿右衛門は控えていて」
『寿右衛門さん、もしかして私が何かしてしまったら即時回収をお願いね』
『主殿のお心のままに』
「それでは。少しでもご気分が悪くなられましたら、すぐにお申し付けを」とジンクさんは更に念押しをしてくれた後で、ゆっくりと話し始めた。
それは、コヨミさんがこの世界に渡る前のお話。
精霊王様、精霊達に愛され、愛し返す事が出来ていた昔々。
充実した魔石の発掘、生成。豊富な資源。
この国は豊かだった。そしていつしか、魔力が強いものが貴族となり、王族となった。
それでも、民も土地も潤い、良い国と呼ばれていた。しかしながら、ごくたまに生まれる魔力が少ない人達。
市井の民達の場合はそれでも我が子として愛された。
然しながら、貴族階級の場合は。
「様々な手段で調べ上げ、市井の優れた魔力持ちの子供達を奪い、代わりに自分達の子を渡したのです」
ジンクさん、何とも言えない表情。
私もムカムカしてきた。
「誓約魔法付きで、多額の金品と引き換えに。ただし、それを拒めば」
聞いても良かったけれど、ジンクさんの表情を見れば分かる。
「その子供、ご家族。ひょっとしたら小さい村とかならば」
「ご推察の通りです。しかしながら、いつまでもその様な事がまかり通る筈もなく」
その様な行いをしていた貴族階級、手引きをしていた者達。それらは処罰された。
しかし。
「弱魔力者が全く現れない、という事はなく。生まれなかった、という事にされました者達も少なくなく、そしてその者達の墓所が、現在の禁地にございます」
その他の、何らかの理由でひそかに墓所に集められた人達も、その中には存在する。
その後は、魔力が弱い者は劣る存在、だが、魔力が弱い者をお見捨てにならない精霊王様と精霊達。
選ばれた魔力の高い我々は、聖霊王様と聖霊達を敬おう、と掲げた連中が現れた。
聖女様顕現の国、聖国に国を渡すべき、などという暴論もあったらしい。
そんなことが許されてよい筈がない、と、精霊王様に願った精霊さん達、人々の声を聞かれた精霊王様によって、異世界からコヨミさんが呼ばれたのだ。
「聖霊王様が、お親しい聖霊王様に内々に託された、という伝えもございます。そしてこちらに見えられた初代国王陛下は、魔力が無いお生まれでいらした事を一切お隠しになりませんでした。むしろ、大々的に皆々に伝えてほしい、と」
そう、コヨミさんは異世界にいらしてから魔力を得た人。
だから、コヨミ王国では魔力が少ない、弱い人に対する差別的な扱いは言語道断。
平民差別以上にあり得ない事。平民差別も、もちろんだけれど。
今回、あのパーティーで断罪された面々の様に調査の後に検討、等ではなく、調査で事実と判明したならば、即時処罰対象だ。
赤い石によってコヨミさんの血液や魔力を受け継いだ現在の王族の皆さんのご先祖様、二代目国王陛下は、コヨミさんの考えをとても深く理解されていた方で、同性同士の婚姻の認可、人身並びに獣人身売買の禁止、異種族差別の撤廃等、元異世界人の私からみても素晴らしいと思える施策をコヨミさんの意思を守り、継続して行っておられる。
そしてそれは、現在も。
聖霊王様も聖霊さん達も聖霊獣さん達も魔力を持たない、または魔力が少ないものを差別されたりはしていない。だからこそ、精霊王様に託されたのかも知れない。
かつての国に存在した高位連中が勝手にそのご意志をねじ曲げただけだ。
それは国民が強く知る所。
だから、聖教会はあの様に皆さんから慕われているのだ。
聖国ではなくコヨミ王国に聖教会本部が存在するのも、聖女候補が多いのも、コヨミ王国の民が精霊王様と聖霊王様とを尊ぶからだ。
確か、幻獣王様は象徴のような存在であられた筈。
大丈夫、ちゃんと私は理解できている。
「……如何でしょう。私も喉が渇きました。ここで少し、休憩を入れましょうか」
あ、理解、はできていたけれど。
やっぱり私、顔色が悪いのかな。それとも魔力の気配が疲れ気味?
「ジンクさん、お気遣いありがとうございます」
休憩させて頂こうか、と返事をしたら。
『よおし、……完成!』
え、膝の上のリュックさん、どうしたの、何ができたの。
「あ」
開かれたリュックさんから飛び出して、きちんとテーブルに着地したのは。
木のコブのカップ、なみなみと注がれたハーブティー。
『ついにやりましたな、リュック殿』
すごい、すごすぎるよリュックさん。
ついに再現したんだね!
これは、見るだけで疲労感が減りそうな……。
「スコレスさんの特製ハーブティー!」
「え、まさか、本物……なのですか? あの、緑の申し子と呼ばれた方、中央冒険者ギルドギルドマスタースコレス殿の?」
あれ、ジンクさん?
眼鏡がずれてますよ。
そうです、本物。良く分かりましたね、さすが!
うちの魔道具さんは優秀なんです!
黒白も、ガタガタじゃなくてパタパタ。
寿右衛門さんとリュックさんの許可が出たら、両方の盤面に垂らしてあげるから待っててね。
少しだけでも効果てきめん! だよね。
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