102-魔道具開発局局長令嬢さんと私

 魔道具開発局局長さんにお会いする事を決めたけれど、その前に何か出来る事はあるだろうか。


 そう考えながら、引き出しから一通の書状を取り出した。

 それは、先方からの依頼状。


 第三王子殿下には専用のレターボックスがある。

 郵便物や手紙、カード、名刺その他書類を受け付ける箱だ。


 騎士団官舎に備える許可を頂いた寿右衛門さんによる強力な識別や解析の魔法付与済。

 万が一の物は弾かれるだけでなくて瞬時消滅と同時に投函相手に魔法その他が跳ね返るというすごい魔道具。


 そこに届いた寿右衛門さんが依頼状を持ってきてくれてから、この書状のことはずっと頭の隅に存在していた。


 家紋付きの封筒と蝋封。

 そして多分秘匿魔法付与済の特製便箋に書かれたそれは、軽い自己紹介と、可能であれば年度末までにはお会い願いたいですがあくまでも第三王子殿下のご都合に合わせますという文章。

 勿論、時候のご挨拶その他は完璧。


 差出人はジンク・フォン・テラヘルツ魔道具開発局局長さん。


 ご令嬢はナイカ・フォン・テラヘルツ様。イケメン令嬢様達のお一人。

 銀灰色ぎんかいしょくの髪と目と、細いフレームの眼鏡が素敵なお方。


 先祖代々魔道具を愛し愛されていると伝えられるテラヘルツ家の家訓で、婚姻を結ぶまでは異性にのみ掛かる認識阻害魔法に包まれて生活を送る事になっている。


 その姿は、分厚い眼鏡と薄ぼんやりとしたよく分からない容姿。


 無論、私を含めた『キミミチ』のユーザー達は細いフレームの眼鏡が似合う美しいお姿を見る事ができたし、パッケージにも大きく描かれている。


 だけど、私はそのお姿を、第三王子殿下である今も確認出来てしまったのだ。


 先日、偶々寄った学院の魔道具関連本棚の前。

 ナイカ様のあのお姿を確認できた事……あれはやはり、まといのなせる技だろう。


 全くの偶然だった。


 あちらは婚約者同士の勉強会の為、私は面会の予定はまだ組まれてはいないけど必要だろうし指輪の事もあるから魔道具の勉強もしておこうかな、とその程度。


 正直、リュックさん、ハイパー、黒白といった私の魔道具達は構造を術式に当てはめて、とかではない存在で且つ、その中身の重要性と言ったら

『まあ軽く見積もりましても国家予算では難しいかと』

 と寿右衛門さんが言うくらいの仲間達。


 禁書庫入庫許可証兼金階級冒険者証明書(長いから身分証カードって呼ぼう。私のことだから、あのカード、って言ってしまう事もあるかもね)にいつの間にか千斎さんが黒白の名前を足してるし。


 あと、厳密に言うと黒白って諸々の証拠物件みたいなものな気がするんだけど、捜査担当の指揮官的存在、騎士団魔法隊隊長さんがそんな事をしても大丈夫なんだろうか。


 ……とか何とか考えつつ、魔道具関連の書籍を色々めつすがめつしていたら、魔道具開発局副局長令息にして侯爵令息、『キミミチ』第3攻略者とイケメン令嬢様のお一人、魔道具開発局局長令嬢、令息の婚約者たる侯爵家のご令嬢にばったり、というわけ。


 令息はカルサイト・フォン・ウレックス侯爵令息。


 明るい赤みのある灰色、ピンキッシュグレイの髪と目。


 小柄なかわいらしい容姿の彼は「まぬけ王子の仲間達の中では一番まとも。むしろけなげ」と呼ばれていた人物だ。

 あと、外見がとにかく可愛らしい。

 ヒロインのセレンさんよりもヒロインじゃないか? と囁かれていたくらい。


 あ、こちらのセレンさんは生き生きとしていてカルサイト君と甲乙付けがたい可愛いらしさだよ。


 そんな存在で、しかも、きちんとイケメン令嬢様を好きで、大切にしようとしている婚約者らしい婚約者だったから、人気はあった。

 ただ、悲しいかな婚約者たるイケメン令嬢、ナイカ様の方が人気は高かった。


 相手のご令嬢、ナイカ様には気持ちが全く伝わっておらず、魔道具がライバル、恋敵な感じのかわいそうなキャラクターだったカルサイト君。


 確か、聖女候補セレンさんがカルサイト君を攻略したい時は学院内の魔道具品評会で奇抜だったり珍しかったりするオリジナルの魔道具を開発してナイカ様に認めて頂けたら婚約解消、というカルサイト君の意思はどこにあるの? という攻略ルートだった。


 これはこれで私は好きだったんだけど。


 何しろ、ナイカ様、似てるんだよね、恩師にして姉の恋人、一輪松葉准教授に。

 本人は全然そんな意識は持たずに私がナーハルテ様を気に入りそうだなあ、っていう理由で勧めてくれたみたいだったけれど、実際実物を拝見したら、やっぱり似ていた。


 この件についてはぜひ、ニッケル君と話し合いたい。


 ちなみに、品評会は召喚大会、剣術大会の様に時期が決まっておらず、年度の中からある程度希望のタイミングで品評会を行う事ができた。

 これは医療副大臣令息、財務副大臣令息攻略ルートも同じ。


 ……やっぱり、思い返すと、『キミミチ』って乙女ゲームとしてはかなり変わっていたよね。


 そうだ、『キミミチ』キャラクターデザインをした方は一体誰? ってネットで話題になっていた、って準教授が言っていたっけ。


 美麗なキャラクターデザインなのに、他の作品が見当たらない、ネットにも存在しない。


 そもそも、ゲーム会社自体もイベントとかを開催しない、けれど問い合わせにはきちんと応じる、みたいな謎? な存在だったって。


 そうだよね、あの絵!


 本当にゲームの絵なのにこちらに来た時に私、皆様だ! ってすぐに分かって感動したもの。


 特にナーハルテ様のお美しさ、心根の清らかさを良くあそこまで描けたよね、あの絵を描いた方。

 まるで、見たことがあるみたいな……。


 ……あ、そうだ。

 それで、第3攻略者とそのご婚約者にお会いした時の事だけれども。


「第三王子殿下、ご無沙汰しております」


「第三王子殿下、この度は金階級取得並びに選抜クラス編入試験の合格、誠におめでとうございます。婚約者であられるナーハルテ・フォン・プラティウムの友人としましても、昨今の殿下のご活躍を語るナーハルテ嬢の輝かんばかりの表情を見る事ができまして、殿下への尊意が増すばかりにございます。あの方は常に皆の規範たれ、という姿勢であられましたが、現在は良い形で力が抜けた様で、私も嬉しく存じてございます」


 魔道具関連の本棚の前での一幕。


 どうやら、上クラス編入試験の為の勉強会の様だった。


『キミミチ』と違って中々上手くいっているみたいで何より。私は本気でそう思った。


 カルサイト君にやあ、としたら、ナイカ様がまあ、こんな感じで色々と褒めてくれた。


 なんて素晴らしいことを仰る方なの?

 あの瞬間は心拍数が上昇していた、と思う。


 ナーハルテ様が私を? 自慢? して下さっているの?


 ナイカ様、教えて下さってありがとう!

 と、内心で興奮しまくった私は辛抱たまらず、つい、カルサイト君に「君の婚約者を褒める言葉を申し上げても良いだろうか」と確認してしまっていたのだ。

 一応、防音魔法できちんと遮断してだったけど。


 確認を得て褒め称えたのはナイカ様のシルバーグレイの髪と目の、知性的なお美しさ。


 何しろ、前世仕込の思い入れだから、ご本人にお伝えできるのが嬉しかったし、しかも、それに続けて、ナーハルテ様が私の話をされた時のご様子を伺って、更にその奥床しい控えめなお可愛らしさを蕩々と語り出してしまったものだから。


『そこまでにいたしましょう』


 寿右衛門さんが念話でツッコミを入れてくれて、終了したんだよなあ。


 ……やり過ぎて引かれてないといいなあ。


 ナイカ様は「魔道具を大切にする方からお褒め頂き、光栄の至り」

 と返して下さったし、リュックさんに確認してから触れてもらったらナイカ様は目を輝かせていらしたので、多分気分は害されてはいなかった……筈。


 ただ、カルサイト君には悪かったよね。


 そもそも、婚約者というよりは魔道具を褒め合うと思っていたっぽいし。


 確かに褒めました。それは、ナイカ様の髪留め。

 使用者の意思で記録映像を撮る事ができる、映像水晶ペンダントの簡易版みたいな感じで、精緻な細工物。


「お目に留めて頂けて嬉しいです」

 って言ってもらえたよ。


 ナイカ様も黒白を見付けて下さって、指にも腕にも装着可能な時計、と感心されていた。


 多分、黒白は喜んでいた。パタパタが激しかったもの。


 そうだ、ナイカ様は第三王子殿下の魂の事をご存じだからいいけれど、認識阻害魔法の事、カルサイト君は誤解していないかな。


 どうしよう。


 魔道具開発局局長さんから副局長さんに上手く隠した感じで説明して頂けないかなあ。


『……主殿、他の皆様の恋路のお話よりも、ご自身は如何いかがなさいますか』

 あれ、寿右衛門さんがあきれ顔。


 ……あ、はい、すみません。


 デートにお誘いしたい気持ちは溢れているし、ニッケル君のお話もしたいし、ニッケル君からの手紙も頂きたい。


 私宛だけナーハルテ様が直渡しを、と考えてくれている事も嬉しいし。


「寿右衛門さん、ナーハルテ様宛の手紙の草稿書くから、添削してくれる?」


『良く仰いましたな。口述で良いですよ。お任せあれ』


 寿右衛門さんがあきれ顔からニコニコ顔になった。


 とりあえず、お茶会のお礼状への署名は終わったから、ナーハルテ様にお手紙を書くぞ。


 それから局長さんへのお手紙かな。

 寿右衛門さんに伝言をお任せでも良さそうなんだけどね。


 あ、お会いする前に黒白に色々指輪の事を聞いておいたら良いのかな。


 おや、パタパタ黒白。

 ありがとうね。


 ……それでもやっぱり、会話は面倒くさいんだね。

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