100-断罪される悪役令嬢の筈だったわたくしと転生された素敵な王子様なあの御方

「ナーハルテ筆頭公爵令嬢、私は貴女の婚約者として転生したのではありません。自らの使命を全うします。さようなら」


 お待ち下さいませ第三王子殿下マトイ様

 どうか、わたくしの思いをお聞き下さいませ!

 あの黒曜石の如きお姿の貴方様も、いいえ、むしろ、わたくしは貴方様のことを……心からお慕い申し上げております!


「……お嬢様、泣いておられる? 王子殿下、埋める?」


 ……! 駄目ですわ、いけません、お止めになって!


 恐らく、第三王子殿下、と声に出しておりましたわたくしの元に参じてくれた彼女は、わたくしの専属メイド候補。


 少し言葉が覚束ないのは他国への留学が長かったからです。しかしながら、メイドとしての技能他はとても優秀です。


 何しろ、彼女は我が家が頼りにするばあや、メイド長のお孫さんなのですから。


 王立学院には帯同しませんが、このコヨミ王国筆頭公爵家、プラティウムの本邸では実地研修がてらわたくしに付いてくれる事が多くなりました。

 彼女は三姉妹の末妹で、長女は望まれて大国に嫁ぐ予定のわたくしの長姉の専属メイドでございます。長姉は短期帰国を終えまして、大国に長期滞在中です。


 次女は留学中のわたくしの次姉の専属メイド。


 そして三女が末妹のわたくし、ナーハルテ・フォン・プラティウムの専属メイド候補なのでございます。


 ばあやの娘は筆頭公爵家当主たる母の専属メイドです。その夫である彼女の父はわたくしの父の専属執事兼法務大臣専属秘書を務めてくれております。


 執事長たるじいやとばあやはお似合いの夫婦で両名共に爵位もある出自。

 王国成立時から両家共が我が家に仕えてくれている家系なのでございます。


「なりませんよ、決して埋めるなどと! それから、違いますでしょう? 今の王子殿下は本当に、本当に素晴らしい御方です! 夢とは現実と逆の内容を見る事もありますのよ? それに、あの方に不穏な事がございましたら、わたくし泣いてしまいますわ!」

 斯様なわたくしの必死の説明に、専属メイド候補には安堵の表情をしてもらえました。


「……確かに、今の第三王子殿下はすごい方。良い評判ばかり。留学から帰る時にも噂が聞こえてきた程。新聞も拝見しました。……納得。お嬢様が泣くのはダメ。ならば、私も必ず殿下をお守りします。約束。……では、もう少しお休みを」


「分かりました。お休みなさいませ」


 ……今度こそ、良い夢を。


 そう思いながら目を閉じますと、何故か瞼に映るのは異世界の遊具の箱の中から拝見した、かつてのマトイ様の御姿。


 あの美しい黒曜石の輝き、忘れる筈もございません。これは、わたくしの願望が見せた幻でしょうか。


 幻。

 その筈なのですが。


「ナーハルテ?」


 この口調は、第三王子殿下?

「いやまさか、おま、君と会えるなんて!あ、それ寝衣しんいだろう? 元婚約者とは言えその姿はよろしくはないから、何か着てくれ。ほら、俺みたいにまとい殿の服とか。投げるけどいいな?」


 そうですね、夢か現かは存じ上げませんが、わたくしも殿下にお会いできました事、幸甚の至りです。


 クローゼットから素早く取り出して中空に投じて渡して下さったお洋服は、マトイ様のご愛用の着衣の様です。

 ……と思いましたら、着用する事ができました。

 不思議な現象ですが、今この瞬間を思えばさほどのことではないのかも知れません。


 第三王子殿下、ニッケル様は今はマトイ様とお姉様のお住まいにお一人でいらっしゃいました。


「今日は有給。給与が支払われて休みを取る事が出来る休暇の日で。余暇を楽しんでいたんだ」


 法務の長たる父が検討中の制度に似ておりますね。

 働いた方がきちんとした給金とお休みを頂けるのは素晴らしい仕組みですわ、とわたくしが言いますと、

「そうなんだよ。まとい殿に色々伺うと良いぞ。あの方はこちらで本当に仕事をきちんとされていたんだ。俺も毎日が充実している。こちらの良きところを学ばせて頂き、コヨミ王国の法が、皆の生活が更に良くなるのは嬉しいな」


 ニッケル様から、この様に素晴らしいお言葉が……!


 感動をしておりますわたくしに、

「あ、そうだ。これ、気になってたろう?」

 笑顔のニッケル様が見せて下さったのは、異世界の遊具です。


 持ち手と、箱? でしょうか。


 説明して頂いたそれは、『乙女げーむ』というものとそれを動かす箱でした。


 正しくは『乙女ゲーム』。


 そう言えば、白様からマトイ様の転生前後のご様子を伺った際にその様な名称を耳にした記憶がございます。


 こちらの世界では、魔力や魔法は存在しない物とされていて、代わりに科学という物が発達しているのだそうです。

 長姉が嫁ぐ予定の友好国の大国には雷の魔力や魔石の他に電気と言う物も用いられておりますが、その進化版、と考えれば良いらしい事は理解できました。


「さすが、理解が早いな。だがやはり、見た方が分かりやすい。映像水晶も鮮明だけれど、これ、乙女ゲーム『君と歩む道筋』もなかなかのものだから」


 その中では、わたくし達は悪役令嬢という役割でした。


 絵ではありますが、わたくし達と一目で分かる描かれ方。


 この絵から、あの方はあちらでもわたくしを見付けて断罪を両断して下さったのですね……。


 そうですわ、悪役令嬢。


「何か悪事を行う悪しき存在なのでしょうか」と伺いましたら、そうではない様です。


 セレン様が、主役の女性。ニッケル様達は……。


「攻略対象者、って言うんだよ。でも、ナーハルテ達の方が俺達よりも人気なんだ。イケメン令嬢、って呼ばれてるぞ。ああ、イケメンってのは、顔とか性格とかが格好良い、みたいな事」

 マトイ様も同じで、わたくし達の事をイケメン令嬢と呼んでいらした様ですが、その中でも特にわたくしを応援して下さっていたそうです。


 イケメン。このお言葉は……。


 確か、聖女候補セレン様はお使いになられていましたね。ぜひ、わたくしも使いこなせるようになりたいものです。


 「どうだ、これ。召喚大会だよ。……本当に、すまなかった」

「いいえ、わたくしも未熟な面がございましたので。もちろん、まだまだでございますが」


 ……ああ、それに。

 召喚大会のあの時、マトイ様が泣いていらしたのは、そうだったのですね。


 そうですわ。


 わたくしはあの頃、泣いて下さるあの御方をお見かけした時から……マトイ様の事を?


「……ナーハルテ、顔が赤いぞ。まとい殿が転生をされた時、パーティーでもそうだったろう?」


 ニッケル様、貴方は何故ご存知なのですか?


「いや、そりゃ分かるよ。ナーハルテ、君は、まとい殿に対してだけ反応が違う」


 そ、そうでしょうか。


 確かに、違いませんわ、とは申し上げにくいです。


「まあ、まとい殿は俺と違って、第三王子に転生をするってご存知なかったけどさ、もし、他の奴に転生しててもお前の事を大切にして下さったと思うよ。だから、まとい殿がこっちに戻りたいと願われたらどうしよう、とか他の女や男をお好きになってしまわれたら、とか色々考える前に、まとい殿が婚約者になって下さった、嬉しい! って気持ちを表に出してみたらいいんじゃないかな」


「ニ、ニッケル様、な、何ということを仰るのですか!」

「いや、本当に。これ、俺の今話してる事全部、ナーハルテの銀階級取得と召喚士資格取得のお祝いだから、素直に受け取れよ。あと、その服持って帰れるなら持ち帰るといい。それからもしも、これを渡せたら、皆に渡してくれるか? 字はまとい殿の筆跡でこちらの文字だけど、もしそのままでも多分まとい殿なら訳して下さる筈だから。……もう時間みたいだな。お前、何か光ってるし」


 確かに、わたくしだけではなくライオネアやナイカ達のゲームでの様子を見せて頂きましたから、思ったよりも多くの時間が過ぎていたのかも知れません。


 光る、とは良く分かりませんが、発光魔法の様なものでしょうか。


「マトイ様、まとい? 様は本当におごらず、努力をされ、好奇心に溢れた素晴らしいお方です。黒曜石のお姿も理知的であられましたが、今のお姿、白金の髪の中にごくたまに見える黒の筋が淑やかな黒を示されていまして、わたくし、うっとりとしてしまうのです」


「な? ナーハルテが俺の容姿を褒めた事なんてないのに、まとい殿の事ならそうやって、いくらでも言えるだろう? そういう所自覚しろ、って言っても君には無理か。時間がなさそうだから言うけど、それ、まとい殿の事が好きだからだよ」


 す、好き?


 それは長姉が申しておりました、ときめきの事でしょうか。


『そういう事。あと、機会があったらまとい殿にキミミチの携帯版が出ましたよ、って教えて差し上げてくれ。あと勿論諸々合格おめでとう、って! 今度はまとい殿もお連れしてくれよ。手紙、頼んだぞ!』


 何故かわたくしの元に手紙の束と、ニッケル様の念話? が届きました。


 先ほどのマトイ様のお洋服のことといい、ニッケル様、貴方はこちらの世界で魔力に目覚められたのですか?


『かも知れないな。まあ、また会えそうだからその時は携帯ゲームも一緒にやろうな!』


 やはり、念話が……。


 ニッケル様、ありがとうございます。


 わたくし、婚約者でありました時よりも貴方様を近くに感じる事ができました。


 ……また、お目に掛かれます様に。


 目を開けましたら、頭上にはわたくしの愛用の魔道具、リュックちゃまが。


 マトイ様が異世界で愛用されていた私物の収納袋を聖霊王様直参の高位精霊獣であられる白様が魔道具として再構築された逸品から更に生じた、感嘆しかない程に優れた亜空間収納マジックバッグです。


「今までの出来事は、貴女のお力ですか?」


 上半身を起こしますと、先ほどのマトイ様の衣服と手紙の束が、パラパラと落ちてまいりました。


 筆跡は、やはりニッケル様のものではございませんでしたが、わたくし共の世界の文字に変化しておりました。


『……? 夢渡りの事は良く分かりませんが、持ち主ちゃま、この宛名だけは違いますよ。あと、持ち主ちゃま宛のお手紙もあります』


 リュックちゃま、念話がおできになりましたの?


 先程の邂逅については、貴女にもお分かりにはならないご様子ですね。


 ……文字が異なる宛名書き。異世界の文字ではありましたが、これはわたくしも読む事ができました。


 ま、と、い。


 これが、マトイ様の真の芳名であられるのですね。


「わたくし宛の物と、この手紙とお洋服は、リュックちゃまが預かって下さいませ」

『分かりました』


 他の皆様方にはわたくしの伝令鳥、白様の血統でもある美しき鳥の精霊獣、朱々にお願いして配達をして頂きましょう。


 白様、学院長先生、女王陛下、王配殿下、王太女殿下、王太子殿下、第二王子殿下、ライオネア、コッパー侯爵令息、セレン様。


 まずは白様に、皆様にお渡しして良いものかを朱々を通じてご確認願わなくてはいけませんね。


 マトイ様とニッケル様の魂の転生に直接携わられた、白き高位精霊獣殿に。


 わたくし宛のお手紙以外でリュックちゃまにお預けします分は、手ずからお渡ししたく存じます。


 ニッケル様、お手紙をありがとうございます。


 白様のお許しが頂けましたら、皆様方に、必ずお渡し致します。


 それから。


 この世界の『気』が魔力のみに頼るものにならないように、『気』を整えるという気高い使命と、そして、自惚れてしまいますが、わたくしをお守り下さる為に異世界からの魂の転生を果たされた御方、わたくしの、素敵な王子まとい様にも、必ずや。






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