幕間-6 魔道具を愛する侯爵令嬢と一応婚約者の僕
魔道具開発局。
魔力を重んじる諸国では魔法局や魔法省の方が高名だと思うけれど、愛する僕の生国、コヨミ王国では魔道具開発局が魔法関連機関の中枢的存在となっている。
それは、異世界から転生をされた初代国王陛下が即位される以前に国の礎を築かれた際、嘗ての民や精霊殿達を苦しめ、国土と人民他を我が物としようとした連中が聖霊王様と聖霊殿達、そして聖魔法のみを尊いものとし、魔道具を疎んじていた為に定められた尊いお考えに端を発する。
魔力が少ない者、魔力を持たない他国からの移民や流民達が困らぬ様にと魔道具開発局を第一の魔法関連局とされたのである。
現在、聖教会も聖魔法も、そして魔法局もコヨミ王国には存在していて、聖教会はあらゆる民の心のよすがとなっているし、聖女候補は毎年の様に現れ、聖女信仰が深い国からは羨望される程だ。
そして、聖女様が顕現なされた国ではなく、我が国に聖教会本部が存在する。
この理由は、筆頭公爵家のご血族でもあられる大国に聖霊王様が予言をお与えになられたことであると大陸の正史に刻まれている。
事実、聖教会本部の宝物庫には聖女様由来の収蔵品が納められているらしい。
当然、ほぼ直に拝することはできない宝物ばかりだが、目録の抜粋ならば王国民は拝見することは可能だ。
……申し訳ない、話を戻そう。
魔法局は常に一段階下の扱いを受ける事が不満ではあるだろうが、その成立の理由を知らぬコヨミ王国民は皆無であるから、表向きは魔道具開発局の補佐という立場に甘んじているのが現状だ。因みに現在の魔法局局長閣下は公明正大の素晴らしい人格者であられる。
長々と話してしまった。……すまないと思う。
僕はカルサイト・フォン・ウレックス。魔道具開発局副局長の息子で、侯爵令息でもある。
ついこの間までは何故か王立学院普通クラスに在籍している第三王子殿下の側近もどきの内の一人、聖女候補セレン-コバルトの取り巻きの一人扱いをされていた。
まあ、有り体に言えばまぬけ王子と仲間達の一人だ。
その事自体には慣れていたし、事実の部分もあるので特に文句もなかった。
ただ、僕の婚約者、魔道具開発局局長のご令嬢にして侯爵令嬢のナイカ・フォン・テラヘルツにまでそう思われるのは心外なのだが。
そう、僕は(僕達と言うべきか?)聖女候補セレン-コバルトの笑顔や下心のない所に惹かれた。
あくまでも、惹かれただけなのだ。
彼女は学問への姿勢は申し分ないし、性格も朗らか。
僕達が間違えたのは、彼女に良い女性の友人を紹介しなかった点に尽きる。
……それならば君達の婚約者方を紹介してあげれば良かったのに、と言われる方もおられるだろう。正論だ。
しかし、彼女達がどれだけ学院内で慕われているか、それを思うと躊躇されたのだ。
もしかしたら、セレン嬢が逆に嫉妬やいじめの対象にならないか、それならば、婚約者のご令嬢達には劣る僕達、まぬけ王子とその取り巻き達と仲良くしている方がましなのではないか、というのは、今思えば何とも浅い考えだろう。
結果として、現状、セレン嬢はニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ第三王子殿下とそのご婚約者、ナーハルテ・フォン・プラティウム筆頭公爵令嬢とそれから第一側近候補のスズオミ・フォン・コッパー侯爵令息と共に平民差別という恥ずべき行いをしていた者達を断罪するという快挙を以て、僕達と親しくしていたのも断罪計画の一環ではという好評価を得てしまった。
しかも、第三王子殿下に至っては過去のまぬけなご様子は全て深遠なる演技でいらしたのだと言われる程の変貌ぶりである。
皆の規範、学院の理想と言われるナーハルテ様と並ぶ事も当然、と周囲の評価も激変した。
この間、久々にお会いしたが、その魔力、お持ちの魔道具等、確かに別人の様だった。
ただし、人柄の良さを初めとした僕達が好いていた彼のそれは変わってはおらず、安心したのだった。
変化と言えば、第三王子殿下は既に合格されたそうだが、スズオミとセレン嬢は選抜クラスの編入試験を目指し、魔道具開発局副局長令息、医療副大臣令息、財務副大臣令息の僕達は上クラスへの編入試験を目指して努力している。
断罪が行われた後、パーティーにて第三王子殿下がナーハルテ様との似合いの様子をこれでもかと示した事で、元々出来過ぎた婚約者に対して自己嫌悪じみた何とも言えない感情を持っていた僕達は自分達の愚かさをそれぞれ自覚し、各々の婚約者に詫び、許しを得て、それからは共に勉学に励んでいる。
婚約関係も無難に続けてもらえており、不満は特にない。
……ない筈なのだが。
僕には実は、ある。
先日、第三王子殿下が
「君の婚約者、ナイカ様は本当にシルバーグレイの髪と目が知性的に輝いておられるよね」
と言ったのだ。
その場にはナイカ本人も同席していて、
「ありがとうございます。第三王子殿下の様に魔道具を大切にされる方にお褒め頂けましたのは、光栄の至りです」
と返していたのだ。
何故だ。ナイカ・フォン・テラヘルツ侯爵令嬢。
君はテラヘルツ家のしきたりで、異性にのみ掛かる認識阻害魔法によって、男性からは分厚い眼鏡の、ぼんやりした良く分からない容姿の人に見えている筈なのだが。
いや、それ以前に説明不足だったが、第三王子殿下はきちんと、「君の婚約者を褒めても良いだろうか」と僕に確認して下さっていた。
そして、「僕はどうぞ、恐れ多いことでございます」と答えている。
いや、恐らく魔道具の事だろうと思ったからなのだが。
それでも、きちんと防音魔法で完璧に遮断してからだったから、文句も言えない。
あ、そうだった。
元々は、ナイカがナーハルテ様の事を褒めた事が始まりだったことも付加しなければ第三王子殿下に申し訳ない。
場所は、図書館棟の魔道具関連の書物棚の前。第三王子殿下はお一人で、僕達は二人連れ。本当に偶然だったのだ。
僕は実は、彼女が理性的で知性的で美しい、細い眼鏡が似合う女性だと言う事を知っている。
何故かと言うと、僕は婚約者になる前から、綺麗に作られた彼女の魔道具に惚れ込んでいたから。
だから、僕は彼女の真の姿を知る事ができたらしい。
この事は彼女のご両親には父を通じてお伝えしてある。
最初はナーハルテ様の姉君が友好国の大国に嫁がれる事が決まり、優秀な女性人材の流出を防ぐべく提案された僕達の婚約。
きっかけはそうだったが、先方にのみ破棄権が、という事もなくなり各家に任されるものとなったと知らされて、僕は心から安堵したものだ。
これも第三王子殿下のお陰らしい事は魔道具開発局副局長たる父から聞いている。
だが、僕は悩んでいる。
どうしたら、何よりも魔道具と魔道具開発を愛している我が婚約者に振り向いてもらえるのだろうか。
第三王子殿下、友として君に訊いたら教えてもらえるだろうか。
隙あらば僕達にナーハルテ様の素晴らしさを蕩々と語り出す、
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