99-大切な人達と最高のメールと仕事の俺

「ですから、私をゼミ生にして頂けない理由を教えて下さい!」


 姉君の恋人殿、俺の雇い主でもある一輪松葉准教授の研究室に、珍しく学生が来ていた。

 まとい殿以外には後にも先にもゼミ生を持つつもりも気配もない先生だが、優秀な研究者なので希望者はたまに現れる。そして、けんもほろろな対応に諦めて(いない場合もあるがとりあえず)去っていく。

 実は、もしかしたら、の学生がいたことはあるのだが、残念ながら専攻が合致しなかったのだと聞いている。


 で、今ここにいるのは……論外の学生だ。


 こういう時の一輪准教授は実に冷徹だ。

 ナーハルテの親友、ライオネアが欲しがるそれだろう。姉君もまとい殿も、彼女のこういう面は知らないかも、と思う。


 俺はコヨミ王国でこういったやり取りも多少は経験がある為、あまり隠されない。が、確実に俺にも対応は緩い。


 あ、俺は今の名前は暦まとい。魂の転生をする前は、ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミという名前の異世界の王族、コヨミ王国第三王子だった。


 研究室のドアをノックする。

 一輪先生の用事だが、研究室がダメならば隣室の助手作業室にいてもいい立場なのだからとりあえず、だ。


「どうぞ」

 あ、このどうぞのトーンは。

 よく来た、こいつを追い払いたいから丁度良かった。だな。


「先生、本日の郵便物です」

「ありがとう、


 中身を傷つけない刃物で上部を切り、請求書等、早めに見てもらうべき物を分かりやすくして郵便物箱に入れる。

 先生が見てくれたら細分化されて返ってくるので、俺が対応する。


 この流れで、いつものこよみん、とは違う呼び方なのは、済まないが茶番に付き合ってくれ、の合図だ。


「で、何の話だっけ」


 郵便物を確認しながら、学生に促す。

 これ、確実にこの学生を煽ってるよな。

「ですから、私は成績だけではなくて事務能力にも自信があります! パソコン等の資格もあります! 一度、私の実力をご確認下さい!」


 何だこいつ。

 失礼にも程があるだろう。まとい殿の地位を狙っているのか? 

 そもそも、まとい殿の就職は一輪先生が頼んだ事に拠るものだぞ。


 全く、思い上がった奴というものは、どこにでもいるのだな。

 それに多分お前が言った資格、まとい殿もお持ちだぞ。しかも上位のを、だ。


 ああ、そう言えば。


 いたよなあ、あちらでの俺の婚約者、ナーハルテ筆頭公爵令嬢に一目惚れした奴。


「筆頭公爵令嬢の婚約者には僕の方が相応しい!」って俺に言ってきた留学生の他国の王族、あいつもこの様な感じだった。


 あれは、ええと。

 ……俺がいない所でライオネアが滅したのだったかな。


 そうだ、あれはライオネアが激怒したからさすがにやばいとスズオミがとりあえずと対応したのだった。

御身は退かれた方がいいです」と他の友人達と共に避難させられて、残った二人が対応したのだった。


 それからは、少しは冷静になったライオネアが一応学院長先生に伝令鳥を飛ばしたら、

『ばれないようにやるなら何をしてもいいぞ』

 と言われたので、スズオミに確認して、ライオネアが手も足も出さずに気だけで圧倒した様だ。


 何でも、「第三王子殿下は少なくとも地に足を付けて立っておられましたが?」って挑発してたらしいしなあ。


 後でスズオミから聞いて、「俺、それをされたら多分逃げるぞ」と言った記憶がある。

 スズオミは笑っていた。


 あと、ナーハルテの婚約者の第三王子殿下がライオネアだと勘違いしてた奴もいたなあ。

 まあ、コヨミ王国は女性の殿下も珍しくはないが、それを言うなら王女殿下だよなあ。

 今更どうでも良いが、男女どちらだと思ったのだろう。やはり王子殿下か? 姉上に話したら爆笑していたぞ。


 ああ、懐かしい。

 ライオネアに求婚してスズオミにのされた奴もいたなあ。

 スズオミあいつ、ライオネアの事を友人としてはものすごく大切に思ってるよな。


 そうだ、スズオミが最大級にキレたのは、婚約者同伴で留学してきた奴だった。

 婚約者であるご令嬢がライオネアに惚れてあわや婚約解消か、と騒ぎになって。


 そいつが事もあろうに「女のくせに……」と言ったものだから、さあ大変。

 あの時は俺も学院長先生と方々に手を尽くして色々ごまかしたなあ。懐かしい。


 魔力を解放して、キレ散らかしたスズオミ。それでも、対象は絞れていたのはさすがだった。


 まあ、もうあれ程にはなるまいが。

 あれからはあいつも魔力制御に気を遣い、そういう事も無くなったからな。


「僕は本当に、ライオネアの事を人として、として、尊敬しているんです……!」というスズオミの言葉は、俺達まぬけ王子と仲間達は何回聞いた事だろう。


 あいつらの婚約解消、上手く行くといいけどな。

 ただ、セレンは絶対、ライオネアが1番大事なのだと思うが。


「こよみん、終わったよ」


 あいつらの事を考えていたら、先生に声をかけられた。どうやって追い返したのだろう。


「簡単。旧こよみんの出してくれたレポートとか質問内容とか、リストにしてある奴を見せた。データも見るか、って言ったんだけど、出直します、って言うから金輪際ゼミ生は取らないから出直す必要はないと言った。いまこよみんに何かしてきたら全責任は取るから好きにしてね」

 ああ、先生は怒っている。


 ちなみに旧こよみんがまとい殿、今こよみんが俺の事だ。普段はまとい殿がいらした時と同じく、こよみん呼び。


 先生は、自分の事なら論破か無視で終わるが、姉君かまとい殿が絡むと相手を潰す。徹底的に。俺もその輪に入れて頂いているのが嬉しい。


 こういう所は、『キミミチ』のライオネアに似ている。

 正にイケメン令嬢。そうそう、一輪先生、外見はイケメン令嬢の一人、魔道具開発局局長令嬢に似てるんだよな。


 あちらでは俺から見るとやたらとぶ厚い眼鏡をかけていて、良く分からない容姿だったのだが、確かに女子学院生からは「知性と美貌のバランスが素敵。眼鏡がお似合い!」と言われていたからなあ。


 多分、男に対する認識阻害だったんだろうなあれは。婚約者たる開発局副局長令息には真の姿が見えていたのかもな。


 一輪先生の外見の件、これについては姉君は賛成してくださったが、先生からは全否定された。

「私の眼鏡はもっと細いフレームだし、髪の毛も、目の色もあんな色じゃない!」と。


 確かに先生の眼鏡は俺も初めて拝見した時に驚いた程のすっきりとしたフレームだし、髪と目も色が異なるが。問題はそこなのだろうか?


 まあ、いいか。


 ゲーム『キミミチ』は俺達とセレンがどまぬけな事を除いたら意外と面白い。

 別ディスク、イケメン令嬢編もきちんと全てクリアした。


 特に、ナーハルテが母上の様な女王陛下に即位したのは似合ってはいたが、やはり今のあいつは色々な所に自由に行き、まとい殿の隣で微笑んで生きたいのだろうと思う。


 まだあちらからは何も送られてこないが、こちらからの送信はできている。


 姉君達は写真をたくさん送っている。俺もスマホを持ったし、多少は送信してみている。


 いつの日にか、まとい殿とのメールのやり取りが可能になったら、ナーハルテの事を色々まとい殿に教えて差し上げたい。多分、お喜びになるだろう。


「どうしようかな。こよみん、今日はもう帰ってもいいよ。後の事は私がやっておくし。それか、隣の部屋で何かしてる?携帯ゲーム機で『キミミチ』とか」


 何て事を言うのだ、この人は。


 確かに、携帯ゲーム機バージョンの『キミミチ』は発売されたが。

 しかも、追加ディスク分もきちんと入ったものだ。この件はまとい殿に伝えるべきか、正直迷っている。


 小さい画面でも、相変わらず、俺達の馬鹿さ加減以外は割と面白く、ナーハルテ達、いわゆるイケメン令嬢達を引き立てる為に俺達がいるのだと思えば、中々のものだった。


 成る程、俺は確かにまぬけだった。あちらでは映像水晶に映る断罪劇場しか見ていなかったから文句たらたらだったが、入学式の挨拶等、「俺はやっていないぞ」とは言い難い箇所がいちいち自分の過去の愚かさを思い出させてくれて、何ともむずがゆい。


 これでは、異世界に魂の転生をされるまとい殿が俺への転生だと告げられていたら最終的には決意はされたろうが躊躇はされただろうな、と思うばかりだ。


 また、追加ディスクのイケメン令嬢の面々は実に様々な職種に就く皆が眩しく、今の彼女達には様々な選択肢があるのかもな、と感心させられた。


 まあ、でも、今のナーハルテは請われたとしても即位はあるまいな、とは思う。


 仮に、まとい殿のお力で第三王子殿下の評価が爆上がりしたとしても、まとい殿は王位は勿論、王配にも就かれまい。固辞される筈。


 あくまでも、自由な立場でナーハルテの傍に。それがあの方の願いだかろうからな。


「とりあえず、食事に行きませんか。学生とのやり取りでお疲れでしょう。……あ、確認良いですか」

 スマホの電源は、切る必要がある時以外はむしろ入れておいてくれと言われている。


 メール受信の音がした。先生がいいよ、と言うので見てみたら。


「……まとい殿!」

 このアドレス、間違いない。


 それに、題名がニッケル君へ、って。日付の表記が何だかおかしいが、知った事か。

 詐欺メールにこのタイトルはあるまい。アドレスもそう。元々のまとい殿の物だ。俺のは機種もメールアドレスも異なる。


「え、本当に?」

 慌てて添付ファイルを開くと、出てきたのはまとい殿とスズオミ。

 あとはチュン右衛門殿に似た雀殿とリュックサックと時計に似た魔道具、か?


「うわ。まぬけじゃないねえ、格好いいよ。これなら攻略対象者っぽい、イケメンだ。元気そうだね。ね、これ転送して!私とこよみん姉に!」


 先生達からの写真と俺の分も含めたメールは全て見る事ができたらしい。

 本文は電報の様(先生に頼まれてごくたまに使う)だ。


『選抜クラス編入試験合格! 冒険者銀階級取得はナーハルテ様も一緒! ナーハルテ様は召喚士資格もゲット! 暴れん坊鬼さんは私の召喚獣になってくれたよ。雀さんは寿右衛門さん! スズオミ君もセレンさんも選抜クラス試験対策頑張ってるよ! じゃあまた!』


 ただ、やはりあちらからの送信は難しい様で、こちらに届いた返信はこの一通のみだ。


「でも、これからもやり取りができるかも知れないって事だから。あと、こっちからのが見てもらえてるのは嬉しいねえ」


 先生の声。


 本当に。日付が怪しかろうが、気になどならない。


 ありがとう、まとい殿。俺も、先生も、姉君も、貴方からの便りを心から嬉しく思うよ。


 俺の親友の今を送ってくれた事。


 本当に、心から。感謝します。



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