94-ライオネア様と私

「あ、ライ、ゴールド公爵令嬢」


「貴方様からならばライオネアでも何でもご随意に。ああ、ご婚約者の許可は得ております。第三王子殿下、この度は銀階級取得、誠におめでとうございます」


 ご婚約者、と言われるお顔が凛々しくて、ファンの一人としては歓喜に耐えません、耐えられません? かな? です、ライオネア様。


 黒白の認識阻害魔法のおかげで必要以上には声を掛けられたりしなくなったらしいので、私はゆっくりと時間をかけて学院内を回っていた。

 一応『キミミチ』のここ! みたいな場面確認も幾つか出来て感動した事は内緒。贅沢の極みの聖地巡礼だよね。


 堪能ののち、高級食堂で早めの昼食を取っていたら、獅子騎士様ことライオネア様に会えた。


 若枝の様なその手には分厚い本。題名は『剣術総論』。


 実は、今日の私は寿右衛門さんの勧めで学院に顔を出してみたらたまたま(じゃあないよね。多分寿右衛門さんの手腕? 羽腕?)、セレンさんとスズオミ君も登校していたのだった。


 そして、転生してからは初めての登校で普通クラスとは思えない活気のある授業を受ける事ができたのでした。


 ただ、それでも正直、寿右衛門先生の授業の方が密度が濃かったのは否めない。


 他の攻略対象者君達は順調に学習を進めているらしく、今はほぼ自宅学習か、学院に来ても自習室か図書館棟通いらしい。

 彼らは婚約者様達との仲も順調の様で、色々な意味で安心な状態。


 まあ、それぞれで色々違いはあるみたいだけれど、とにかくイケメン令嬢様達が攻略対象者達の編入試験対策に付き合って下さる位には上手くいっているということだ。


 婚約関係が壊滅的だったら、さすがに有り得ないだろうから。


 あ、授業の1時間目は歴史でした。

 私とセレンさんに挨拶をしてくれた後で、スズオミ君は図書館棟に向かった。お疲れ様。


 2時間目は魔法概論。スズオミ君は戻らない。自習に切り替えたのかな。

 魔法概論担当の先生には申し訳ないけれど、ハイパーの方が教科書より遥かに親切丁寧。

 寿右衛門先生については言わずもがな。


 そうそう、寿右衛門先生曰く、

『ご安心の為に一度ご見学のおつもりで』と言われた講義は2時間目も同様。


 あれだけの内容を理解できたのだから、私には確かに選抜クラス編入試験合格の為の学力はついていたのだなあ、と確信させられるものだった。


 多分、これからは私も自主学習となり、学院来校時は図書館棟や図書室、自習室に行く事になるのだろう。


『王子殿下、セレン』

 カバンシさんだ。

 あ、セレンさんも気付いたね。

 でも、魔法概論の先生は魔法学の先生だから、念話に気付いて……いらっしゃらないな。

 あ、黒白、パタパタしてる。ありがとう。私とセレンさんにだけ、認識阻害魔法を掛けてくれてるんだね。


『授業中に誠に失礼を……』

 恐縮したカバンシさんが念話で伝えてくれたのは、これから学院長先生に会いに行くからセレンさんには後で来て欲しいと言う事と、私にはその後でまた連絡するかも、という内容だった。


『分かったよ、兄ちゃん。後で待ち合わせの座標を送ってね』これはセレンさん。


『いつでもどうぞ。寿右衛門さんにお伝え頂ければ』こっちが私。


『どちらも、ありがたい。では』

 セレンさんと、こっそり目配せをした。


 黒白がまだ認識阻害魔法を掛けてくれているから、多分大丈夫。


 せっかく誤解が解けたのに、やっぱり怪しいのか、この二人? お二方? にはなってはいない筈だ。


「じゃあ、あ、私も行ってきます」『正直、あたしもこれからは聖教会本部と図書館棟と自習室通い専門になりそうです』

 会話しながらの念話。

 セレンさん、魔法技術の向上、すごいなあ。


 召喚獣の赤ヒヨコちゃんもかわいかったし、もしかしたら、セレンさんもそろそろ編入試験合格なのかな。


「うん、私も同じかな」『あ、ちょっと学生食堂には行きたい……な』この同時会話、やっぱり難しい。セレンさん、すごい。


「最近の殿下は、ご婚約者様と共に励まれておられますからね。それでは」『え? すぐにこの会話に対応できちゃうってすごいですよ! でも学食、気を付けて下さいね。最近、第三王子殿下の人気、かなりのものだから。実は、スズオミ様も割とモテモテなんですよ。だから、高級食堂の方がいいかもですよ。じゃあまた!』

 見た目はきちんと距離を取った、丁寧な礼。


 うーん、そうか第三王子、大人気なのか。

 確かに視線は感じるな。一応気を付けます。

 忠告ありがとう、セレンさん。


 本当にね。

 キミミチのヒロイン、聖女候補セレンだったら、婚約者がいる高位男子学院生に対して近いよ近い! って距離になるのだろう。


 ニッケル君達の扱いもひどいけど、セレンさんの扱いも相当なひどさだったな、あの乙女ゲーム。

 いや、大好きなんだけどね、プレイする分には。聖地巡礼も楽しいし。


「スズオミは、セレン嬢とセレン嬢のお父君の所に向かいましたよ」


 ……回想終了。


『キミミチ』一のイケメン、ライオネア様のお声とお顔。うん、現実。


 ああ、そうだった。

 スズオミ君が女子学院生から婚約者がいる学院生としては問題視される形で人気がありかなり困惑しているらしいという事は特級騎士舎にいる間に騎士さん達からも聞いたなあ。


 勿論、コヨミ王国の騎士達が第三王子に語る騎士団副団長のご子息の話だから、女性にだらしない、とかの悪い言い方ではなかったよ。


 むしろ、鍛錬と勉強を頑張っているスズオミ君の集中を妨げる存在がある様なので、恐縮ながら、もしも可能でしたら第三王子殿下からも目を光らせては頂けないでしょうか、という控え目なものだった。


 勿論、はっきりとは言われてはいないけれど、そんな感じ。

 相応しくない場所での王族への直談判になってしまうと良くないのだろう。貴族階級へのそしりも同様。


 正直、スズオミ君が騎士さん達から好かれているのは嬉しかった。


 やっぱり、スズオミ君の頑張り、皆さんにも伝わってるよね。

 各方面への配慮ができているのもさすがはコヨミ王国の騎士団員さん。


「できるだけ心掛けておこう。」

 と、王子殿下らしくできてるといいなと思う受け答えをしておいたけれど、ライオネア様も多分、この件はご存知なのだろうな。


『一応音声遮断魔法を掛けましょうか。殿下の指輪殿にお任せしても?』


 あ、黒白パタパタ。

 あっという間に音声遮断。

 リュックちゃんもライオネア様ファンだけれど、性別不詳の指輪も虜にしました、獅子騎士様。念話もやっぱり良いお声。


「それでいいで、いい。済みません、ライオネア様との会話と思うと緊張してしまって」


「殿下の自分に対する緊張感は心地良いものですよ。他の者だと目を見てもらえなかったり、怖がらせてしまったりとかで。気を付けてはいるのですが。同世代で安心して話せるのはナーハルテと選抜クラスの友人達、それからスズオミ位しかおりませんでしたが、セレン嬢も中々に親しみやすい人物ですね。実は、お父君、というか竜殿に頼まれてセレン嬢とスズオミに会って来た所なのです。ああ、選抜クラスの友人達の他の婚約者達ともこれから親しくできればと思っております」


 ファンの女子学院生(多分いる男子学院生も)の皆さん、頑張って下さい。


 ライオネア様は、ご自身の魅力にあんまり(全く?)頓着されてないですよ、こりゃ。


 あと、もしかしたらセレンさんも親しみのあるお友達枠に入れて頂きつつあるのかも知れない。

 良かったね、セレンさん。


 ライオネア様によれば、セレンさんに魔法の進捗を訊き、「選抜クラス編入試験に合格、なおかつ聖魔法大導師様のお許しがあれば」という大前提はあるものの、獅子騎士様自らが聖魔法の姿絵のモデルになると約束されたらしい。

 それはすごい。

 セレンさん、やる気の燃料投下が最大値を超えたかも。ていうか実現したら私にも下さい。


 そして、スズオミ君はライオネア様が所持していた分厚い本に掛けられた今は必要ないけれど喉から手が出る程読みたいであろう本に見える認識魔法の罠(の様なもの)をクリアしたので、カバンシさんとセレンさんに会いに行けたらしい。


「今、学院長先生の本来の執務室には知の精霊珠殿がおられます。ご対応はご自由に、というご指示でお引き受け下さったそうです」


 学院長先生のお姿を認識させる魔法って、物凄く高度な術式か多大な魔力を使用するのだろう。さすがは精霊珠殿。


 そう言えば、精霊珠殿をお呼びする呼び名、どうしようかな。

 一応考えてはいるのだけれど、やっぱり責任が重い気がする。何しろ、双珠であられるから、お名前も二通りなんだよねえ。


『『大丈夫ー。楽しみだよー。待ってるよー。なるべく早くね。10年位しか待たないよー』』

 え、お返事、二重。


 国宝が今、学院長先生の執務室にお二つ? お二人? 王宮は良いの?


 あ、まあいいや、聞いたけれど半分しか聞かなかった事にしよう。


 いやしかし、10年。

 インディゴも名前、120年待ちだったっけ。


 皆さん、待つ基準が長め。


 ふむふむ、としていたら、ライオネア様がアイスティーを持って来て下さった。ありがたい。


 時間的にはほとんど人がいない筈の時間帯なのに、ポツポツと人が集まって来ているのは、ライオネア様の一挙手一投足を拝見したいという人達だろうか?


 一応、ある程度の爵位の血縁者以外は使用不可の食堂なのだけれどね。

 あ、あとは研究者さんとかお客様方とか。


「自分ではなく第三王子殿下のお姿を見たいという者が多いかと存じますが」

「いや、それはいくら何でも」

「いやいや、少なくともそこに立つ者はそうですよ。なあ?」


 そこ、とは。……あ。


「そうだな。そしてお話中失礼するよ、ライオネア。改めまして第三王子殿下、本日は、騎士舎の方にお戻りになられますか?」


 そこにいたのは、騎士団副団長令息、そして侯爵令息たるスズオミ・フォン・コッパー君。


 ……あれ、スズオミ君、何だか雰囲気変わった? 吹っ切れた感じ。


 うん、まあ正直どちらでも、だけど。


 これは、騎士舎に、と答えるべきなのだろうな。

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