93-学院長先生と僕

「セレン、あくまでも私と緑は婚約者候補が見付からない場合の保険だから余り気にするな。それより、今日は私が付き合うから、学院の授業が終わったら待ち合わせよう。食べたい物は大体何でも、欲しい物はできるだけ希望に応じる。それでは、賢きお方、コッパー侯爵令息、失礼いたします」


「報告ありがとう。また連絡するからな。セレン-コバルトも、また。余り根を詰めすぎぬ様に。君の努力は聖魔法大導師殿も認めておられるぞ」

「ありがとうございます。気を付けます。それでは失礼いたします、学院長先生、コッパー侯爵令息」


 カバンシ殿とセレンが退室した。

 今度は扉が閉まった。

 そして、扉の向こうから

「カバンシ兄ちゃんとデート、嬉しい!」というセレンの弾んだ声と、

「こら、学院を出るまでは父上、かお父様、と呼びなさい」と窘めるカバンシ殿の声が聞こえた。

 カバンシ殿の声は朗らかだった。


「さて、どうする、コッパー侯爵令息」

「どうする、と仰られますのは?」


「君とゴールド公爵令嬢の婚約解消については私も聞き及んでいる。君達に課せられていた婚約の、高位階級の優秀な女性を国内に留め置く為という建前も必要性は薄くなっている。建前として残されてはいるが、お互いの家同士、協議を重ねて解消、継続はもう自由だ。王家からもその旨は伝わっていよう」


「御意にございます」


 「本当にありがたい事だ」

 長時間土下座をし続け、王宮の大理石の床に刻まれた対魔法防御用魔術式の模様を額に付けたまま帰宅した父は恐縮しきりだった。


 しかし、既に各家代表に対して王配殿下からは直々に『あの婚約話は元々王家の勅命ではない。よって、これからは各家同士の判断で執り行って構わぬ。ただし、報告だけは忘れぬ様に』という女王陛下のお言葉を頂戴しているという。


 ただし、実際に解消に向かっているのは僕とライオネアの婚約だけ。

 学院内外でのライオネアの人気が甚だしい為、このまま年度末の試合で親子共に奮戦、後に円満解消となっても、よほどのことがなければ大々的な解消の告知は高等部卒業時となるだろうとの事。

 それでも、父の言うとおり。


 本当にありがたい。


「単刀直入に言う。私は君を候補者として推挙しても良いと考えている。ハンダ殿には今年度終了時に候補者を選定するつもりだと飛竜頭カバンシを通じて返答の予定だ。候補者選定者は他には聖魔法大導師殿、中央冒険者ギルドのギルドマスター、スコレス殿といった所だ。まだ増えるかも知れないがな」


 候補者選定者。

 何と言うか、錚々たる方々としか言えない。言葉が出ない。


「一応、断罪劇場に協力してもらった礼のつもりだ。無論、年度末の試合の結果次第だが。第三王子、ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ殿下の魂の転生については、君も思う所があっただろうに、良く協力をしてくれたな」

 ああ。学院長先生は、第1の臣下としてではなく、親友としての僕を慮っ下さっておられるのか。


「いえ、彼、ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミの意思と失礼ながらマトイ様の強いお気持ちがあったればこそ。それはこの不肖の身でありましても、理解しているつもりにございます」

 そう、僕は、心からそう思っている。


「そうか、それならば、たまには今の第三王子殿下マトイ殿と胸襟を開いて話してみたらどうだ。ゴールド公爵と君の父君の様に。ああ、セレン-コバルトにはまだ伝えていないが、当時、邪竜斬りのハンダ-カーボンには叙爵の話もあった。必要なら再度の叙爵もあり得るそうだ。そして、その爵位は準辺境伯だ。当人は男爵辺りか、何爵だったか? 等と思っているらしいがな」


 父と騎士団団長閣下との話し合い。

 殴り合いか飲み比べ位しか想像が付かない。いや、閣下は話し合いをなさろうとされているのを、父が殴り合いか飲みかにしてしまい、前者は半々、後者の場合はほぼ全敗なのだ。


 ただ、話に聞くその様子は実に楽しそうだ。


 僕とニッケルも、彼の魂が異世界へ飛ばなければ、いつかああなれたのだろうか。


 もしかしたら、今の第三王子殿下とも、そうなれるのかも知れないのか?


 コヨミ王国初代国王陛下の末裔殿に対して余りにも尊大ではないだろうか。


「そこまで、頑なに考えなくとも良かろう。ところで、準辺境伯の爵位については大丈夫そうだな? 君なら理解できていると思うが」


「はい、理解しているつもりでおります」

 先程、準辺境伯と学院長先生は言われた。


 辺境伯は他国であれば侯爵とほぼ同等の爵位だが、コヨミ王国では公爵に準ずる高位階級だ。


 我が国の辺境伯家は代々の陛下が認められた地位と実力をお持ちの家系。

 コヨミ王国の公爵家はプラティウム家、ゴールド家、そして代替わりされたばかりのもう一つのお家の三大公爵家。

 幻の四大家と呼ばれるのが辺境伯家だ。


 辺境伯という地位に代々強い栄誉を感じておられる為、公爵家に上がる事がないのだという。

 その辺境伯家に準ずる、準辺境伯家。

 長い間空席であったその爵位は、王家から、そして辺境伯家からのハンダ殿への期待が分かるものだ。


 そうなると、自分で言うのも情けないが、今の僕の唯一、侯爵家嫡男である事はそれ程有利でもないという事か。


「第三王子殿下の選抜クラス編入試験合格を側近候補の君が祝うのはおかしくなかろう?」


 筆頭公爵令嬢も召喚士試験に合格したしな、と学院長先生。


 そうか、そうだ。確か、ナーハルテ様が中央冒険者ギルドに銀階級昇級試験を受けに行く際に身辺警護をされたのがハンダ殿だった。


 もしかしたら、カバンシ殿だったのかも知れないが。

 お二人が監査殿でいらした可能性は高い。ギルドマスタースコレス殿も。


 そもそも、ナーハルテ様は首席入学者にして模範生であられるし。他にも監査役に相応しい方々がおられた可能性は想像に難くない。


「はい、ありがとうございます。この後に、第三王子殿下の本日の宿泊先を確認に参ります。編入試験合格の件につきましては、学院長先生から伺いました事、お伝えしても宜しいでしょうか?」


「宜しい。ただし、まだ限定された一部のものしか知らぬ事なので、期限付きの誓約を掛けるが良いかな? ちなみにセレンにはこの後、カバンシ殿から伝わる筈だ」


「お願いいたします」 「うむ」

 誓約魔法を掛けて頂きながら、僕は考えていた。


 一つ、分かった事があるのだ。


 僕は僕なりに、魂の転生を果たされた第三王子殿下を尊敬し申し上げるのと同時に、友人としても好ましいと感じている。

 その点は、人(以外にも)に対するセレンの正直さが少し羨ましくもあり、見習うべきなのかも知れない。


 僕の性格上、上手くはできないかも知れないが。


 それでも、少しでも。

 それを表に出して行く事ができれば、と思う。


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