92-学院長先生と元邪竜殿とセレンと僕
「コッパー侯爵令息、このものが人ではないと分かった事は、大したものだ」
面白いな、という学院長先生の表情。
今回は、知の精霊珠殿に『乙女げーむ』を見せて頂いた時の様な問わずの誓いは無かった。
ここは、王立学院学院長先生の執務室。
毛足は長いのに脚を取られない、竜の紋章が美しい絨毯が僕を迎えてくれた。
相変わらずの綺麗な紋章。
ただ、前よりも毛足が揃えられ過ぎていないだろうか。少しだけ、雑な印象があったのに。そこがこの竜の紋章柄の絨毯に似合っていたのだが。
「そうだ、名乗らないのは失礼だな。私はカバンシ。元は邪竜と呼ばれたものだ。元邪竜斬りにして現在では王国唯一の現役ダイヤモンド階級保持者となったハンダ-コバルトの召喚竜だ。こちらのセレン-コバルトの兄のようなものでもある。まあ、婚約者にならないかと父であるハンダに誘われたが、妹、家族だからと辞退した身だ」
宵闇色、と言えばいいのか、青の髪と目。
逞しく、且つ引き締まった体躯が素晴らしい男性。
セレンの父君を模されたとのことだから、父君もこの様な外見のお方なのだろうか。
「騎士、コッパー侯爵令息、お父、父は確かにカバンシ……さんに似ていますが、カバンシさんの方が落ち着いていて、ご聡明さが現れた素敵な容姿をされていますよ。あと、婚約者ってなに、何ですか!」
セレンの口調は途中からは興奮したものになっていた。
「それに関しては私から説明しよう。ああ、扉は開けておいて良い。元々、この空間を見る事が出来る者だけを招き入れるつもりだったからな」
あ、そうか。
だから絨毯がいかにもな絨毯然としていたのだ。
「そう。これは私が作った亜空間の学院長執務室。座標からはわざと外してあるから、本当の学院長執務室に今行ったものは、私の代わりをして下さっている知の精霊珠殿と会話をしている筈だ。まあ、ご本人がお嫌なら対応をして頂かなくても構わないとお伝えしてあるのだがな。この二人は私が招いてここに居る。転移陣のずれを自動修正してたどり着いたコッパー侯爵令息、君の感知能力は中々のものだよ」
「すごいです、この執務室。内部障壁に加えて魔法防御まで。聖魔法大導師様の転移する執務室みたいです」
セレンの顔に笑顔が戻った。
「私は聖魔法は使えないから、大導師殿から術式を教えてもらって空間魔法で再構築してみたのだ。セレン-コバルト、許可を頂けたら、君になら教えてもよいぞ。まずは、聖魔法大導師殿に伺ってみなさい。……ああ、婚約者の件だが、まず、現状、君が聖女候補の中で最も聖女殿に近い位置にいることは理解しているかな」
「ええと、正直、聖女候補としての自覚が強くなったのは皆様と親しくさせて頂けるようになってからです。あ、勿論女性と男性両方です! 私の聖魔力が特に強い事、本当は上クラスにも入れる成績だった事は聖魔法大導師様に教えて頂きましたが、正直、婚約者さんって微妙な気がいたします。申し訳ございません」
「いや、大丈夫だ。話し方の作法を諫める場でもないし、君の努力は理解しているつもりだよ。そもそも、お父上があの邪竜斬りのカーボンだと言う事も知らなかったのだろう?彼が冒険者業に復活されたのも、君を守る為だ。ダイヤモンド階級に昇級するのはいずれ、と考えていらした様だが、そこは中央冒険者ギルドのギルドマスタースコレス殿が上手く対応してくれた」
そうか、セレンは強すぎる薬師の元金階級の父君と言っていたものな。
だが待てよ、僕はライオネアと戦って生き延びても、その後、ダイヤモンド階級保持者と戦うのか?
仕方ないとは言え、難題が過ぎる。
いや、そもそも英雄、邪竜斬りのカーボン殿だ!
『そうなるな。ただ、第三王子殿下はハンダに認められたぞ。何しろ、あいつに試合で勝利したのだから。しかも、元々、ハンダはそのお人柄を気に入っていたのだ』
「第三王子殿下は、ダイヤモンド階級保持者、元邪竜斬り殿に勝利を収められたのですか!」
いけない、叫んでしまった。
本当に、第三王子殿下はどこまで凄いお方なのだ。
「申し訳ございません。取り乱しました」
「大丈夫だ。ただ、その様子だと今朝の『コヨミ新聞』は読んでいないな」
「ほら、これだ」
学院長先生が無詠唱で机上から僕の手に移動させて下さったものを拝見する。
第三王子殿下とナーハルテ様が国内最大級の冒険者ギルドで銀階級を取得され、王子殿下におかれては何と、ハンダ-コバルト殿が試験監督をされたのだと言う。
全く、これは召喚魔法の勉強に囚われ過ぎて王国一の権威を誇る新聞社の朝刊にすら目を通さなかった僕の落ち度だ。
一応、殿下の側近候補として挙げて頂いているのに。何たる事だ。
「コッパー侯爵令息、あまり落ち込むな。ただ、情報収集は心掛けた方がいい。あと、セレンの婚約者の件だが、要するに聖女候補という立場に加え、聖女殿に近い存在に将来なり得るかも知れない聖魔力保持者、このセレン-コバルト。彼女を害悪から守る後ろ盾を増やす、その対策の一つが婚約者というだけだ。……賢きお方、お話を遮り申し訳ございません」
「いや、私の話を略してもらったのだから構わないよ。ただ、賢きものではなく、学院長先生、と呼んではもらえないのか?」
「恐れ多い! どうかご容赦下さい。然しながら私のことはぜひカバンシ、と」
竜族であられるカバンシ殿の学院長先生への尊敬の念は相当なものだ。
「まあ仕方ないか。ではカバンシ、とりあえず付け足すが、聖女候補セレン-コバルト、父君は彼にとって理想的な方、第三王子殿下には素晴らしい婚約者がいる為断念し、そこのカバンシと殿下の鬼の召喚獣殿には家族だから、妹の如き存在故不可、と辞退されてしまった。そこで、『一応侯爵令息以上から選ぶ方が良いのか、相談に乗っては頂けまいか』とカバンシを通じて私も候補選定の依頼を受け、内々に承諾した所だ。まあ、君の意思に反する様な相手は勧めるつもりはないから安心してほしい」
『お父さん、緑さんにも訊いたの? それより第三王子殿下に本当に話してたら大絶交してたわよ! 本当に、次にお父さんにあったら、ナーハルテ様がどんなにかわいらしく健気なご様子で第三王子殿下の事を思っておられるか、しっかり説明しなきゃ! そもそもあのお二人の仲を邪魔したら、そいつが誰であろうとあたしが許さないんだから!』
いや、セレン、思念が漏れて念話になっているよ。
ただ、まあ、そうか。
ライオネアだけではなく、ナーハルテ様の事も大好きなんだね、君は。
全く、乙女げーむ、ゲーム? 『キミミチ』だったか。
あの聖女候補もどきとは雲泥の差だな。
さて、僕はどうしたら良いのか。
多分、学院長先生はわざと僕を試された。
とりあえず座標の修正、カバンシ殿の真のお姿とこの空間の謎を理解した事で一応合格を頂いた様だが。
いや、もしかしたらライオネアも共謀者か?
そう、確かあの大将閣下の概論は、来月発行の予定だった筈だ。
この後、僕はどうするべきなのか。
セレンの婚約者候補に入れて頂きたいと直訴するのか?
いや、さすがにそれは厚顔無恥も甚だしい。
しかし、いつまで他の候補が候補でいてくれるかは分からない。実に悩ましい。
……とにかく、僕は動かないといけないのだろう。
それは、間違いない。
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