91-セレンと父君?と僕

「セレン嬢が学院に来ていたぞ。何でも、父君から学院長先生へのご報告だとかで。元気そうだったぞ。『聖魔力が更に高まった気がするからライオネア様にモデルになって頂いて、姿絵の作成速度を確かめたいです!』 と請われたので、聖教会本部の許可があれば、編入試験に合格したらぜひ、と快諾したよ。『わっほい!』と、かわいらしく喜んでいたよ」

 ありがとう、確かに良い事を教えてもらった。僕の(一応)婚約者はやはり、すごい。


 セレンのわっほい、に疑問を抱かないのか。

 君は本当に、稀有な人だよ、ライオネア。


 さて、目的の場所に急ごう。

 その前に、ほんの少しだけ時を戻して話させて頂いて。


 僕、スズオミ・フォン・コッパー侯爵令息は選抜クラス編入試験に向けて、せめて知識だけでも伸ばせたら、と学院の図書館棟で苦手な召喚魔法に関する基礎的な文献を漁っていた。


 そこで、『騎士学概論』の新刊を手にした婚約者(今の所は)に偶然会ったのだ。


 選抜クラス編入試験は監査殿による承認、と普通の試験とは異なるが、不得手な科目に備えておいて悪いことはないだろう。


 万が一、年度末の聖魔法大武道場での試合がそれに該当していたら、とは考えたくないがあり得る話だ。

 その場合は監査のご担当はライオネアの父君、騎士団団長閣下となるのだろうか。


 僕の父では身内であるし、公明正大とは言えまい。まあ、あの父ならば、僕が選抜クラスに不適格と感じたら、即座に不合格とするだろうけれど。


 もしも、泣きの一手で筆記試験をお願いする場合、知識は多いに越したことはない。


 まあ、ライオネアと試合をして死なない、はクリアできるのではと思えるくらいに父から鍛えられたし、今も鍛えてはいるのだが。


「スズオミ、君も読みたいだろう。何しろ、今回の概論はクリプトン大将閣下の『魔法構築概論序説』が巻頭だからな。どうする? 自分の次に予約を入れるかい?」

 優雅な手つきで見せられた分厚い本。

 図書室の主殿の新概論、読みたいに決まっている。


 しかし、既に召喚獣殿達に主と認められている第三王子殿下やセレンに比べたら、僕は召喚魔法についてはものすごく遅れている。歯がみしたい気分だったが、


「いや、今は編入試験に備えて召喚魔法の勉強が……」と答えた。すると、


「偉いぞ。褒美に良い事を教えよう」

 と、女生徒なら失神しそうな距離(本人は怖がらせたと恐縮するだろうが)で美声で囁かれたのが先ほど、かつ、現在進行中のそれだ。


 僕は慌てたが場所柄騒がず、召喚魔法学ならこれも借りておけとライオネアが勧める本も併せて司書担当の先生にお願いして手続きをした。

 その後で愛用の背負い型のマジックバッグに丁寧に入れ、学院長先生の執務室を目指す事にした訳である。


「いや、走らずに転移陣を使えよ。マジックバッグに入っているだろう」

 後ろから聞こえたのは、ありがたい婚約者の言葉だった。


「お時間を頂きありがとうございました」


 学院長先生の執務室を出たら必ず通る曲がり角。

 転移をしてみたら、離れた所から声がした。


 幅の広い廊下と、微かに重厚な扉が視界に入る。


 あの方は、恐らくセレンの父君だ。


 セレンはともかく、父君には不審者と思われても仕方がない事をしている自覚はあるので、せめて端の方で直立不動の姿勢を取っておく。


 セレンもいるのかな、などと魔力を探る事は絶対にしない。

 例え気配を感じても、今はもう冷静でいられる。


 わざとしている訳ではないのだろうが、何故か僕につきまとってくる女生徒達に似たような事をされてかなり気が滅入ったのだ。


 自分がされて不快な事は人にはしない。

 当然と言えば当然の事を実行できる様になったのは、自然にそれを行えるお方、第三王子殿下の影響かも知れない。


「終わっ、りましたか? まだ時間はある、りますか?」


 セレンの声も聞こえた。

 高等部編入後、言葉の矯正に気を付けているらしい彼女だが、やはり身内には素が出てしまう様だ。


 気になるのは、何故か扉が開けられたままだということだ。


 僕はここで、姿を現しても良いものかを計りかねていると。


「そこの者、姿を見せよ」


 父君の声だろう。

 僅かに不信感が込められたもの。当然だ。


 知の精霊珠殿の保護下、王立学院内とは言え、セレンに対する不埒なものかと思われたのかも知れない。


 まあ、絶対に不埒ではないと誓えるかと問われたら、返す言葉もないのだが。


 仕方ない。

 覚悟を決めて数歩踏み出して、できる限り整った礼をする。


「待ち伏せのようにいたしました事、たいへんに申し訳ございません。スズオミ・フォン・コッパー、コヨミ王国王立騎士団副団長令息並びに侯爵令息に存じます。ご息女のセレン様の学友にございます」


「……よい、頭を上げよ」

 許可は頂けたが、お名前を言われないという事は、呼ばせる名はないと暗に示されたのか。いや、これは?


『ふむ、気付いたか』

 これは、念話? 

 まさか。それじゃあこの魔力は。


「いかがでしょうか、……学院長殿」

「まあ、良いのではないか? 皆、入りなさい。全員だ」


 執務室の奥から学院長先生のお声がする。


 お怒りや呆れのそれではなさそうだ。


「皆、って、あ、私もですか? あれ、騎士候……スズオミ様?」

 息をほぼ止めていたのか、顔が少し赤いセレンが言うと、

「そうだな。コッパー侯爵令息もだ」


 セレンの父君の姿をされた方にこう言われた。


 この方は、多分。いや、きっと。


『そう。お察しの通り。私は元邪竜だよ』


 ……やはり。


 実のところ、僕は、この状況に驚きも恐れも感じない自分に、一番驚いていたのだった。








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