89-飛竜のカバンシさんとミニ鬼の緑簾さんと私達

『おーい、主様、止まってくれ!』


 突然、上空から念話の気配。


 かなりのスピードで走っている筈なのに、と思ったけれど声を聞いて納得。

 緑簾さんだ。


 インディゴは少しずつ速度を落として、危なげなく停止してくれた。

 ちょうど良いから寿右衛門さんに頼んで水分補給をしてもらおう。


「インディゴに水分補給をお願い。寿右衛門さんもね」

『畏まりました』


 リュックさんに頼まないという事は、寿右衛門さんは自分の魔法で新鮮な水を生成するのだろう。


「ナーハル、ナー嬢、一度、降りますか?」

 私は先に降りて手を差し出した。

 千斎さんに頂いた昔の士官学校の制服と組になっている編み上げブーツは、分厚い底に補助魔法が掛けられていて高地から降りても衝撃がほとんどないのだ。


 実は、気付いたのはハンダさんとの試合の最中。やばい、骨折するかな、と思ったら足は無傷、無事だったのだ。


 多分、千斎さんが先に付与してくれていたんだと思う。


 結局、お礼を言いそびれてしまった。

 次に会った時にお礼、言えるかな。

 隊長さん、大将さん、お仕事は? とツッコむばかりでうっかりしていたよ。


「ありがとうございます、ニケ様」

 ナーハルテ様は本当に、重さが確かにあるのに軽く感じられる、不思議な感触。

 多分、私が負荷を感じないようにして下さっているのだろう。


 私、というかニッケル君が割と鍛えているから大丈夫だと思うのだけれど。


 インディゴと寿右衛門さんは仲良く水分補給。


 私達は降りてくるカバンシさん達をお迎え。

 この道は馬車用に整備された広い道だし、対向馬車が来てもこの面々ならすぐに避けられる。


『主様、インディゴは速いなあ!』

 ちびっ子鬼緑簾さん、かわいい。

 角も小さい。精霊獣マニアとかがいたら、誘拐されそう。


『いえ、第三王子殿下、こいつを誘拐するのは至難の業ですよ?』


 飛竜のカバンシさんにツッコまれた。

 確かにその通りですね。命知らずにも程がある。


『ナーハルテ様、このまま私にお乗り頂けますか? 筆頭公爵御家から依頼をお受けしております故、ハンダがお送りするのが筋かと』


 それから、緑簾さんに仕事を頼んでも良いかとカバンシさんに訊かれた。

 召喚主が私だからだね。


 ナーハルテ様のご自宅、筆頭公爵家の邸宅近くまで飛竜のカバンシさんが二人を乗せて、移動。


 その後は筆頭公爵家の防御システムに感知されないように配慮した簡易結界の中で緑簾さんが竜に変化、カバンシさんはハンダさんに変身。

 そして邸宅までナーハルテ様をエスコート。


 なるほど。


「どうぞどうぞ。確かに、私がお送りしたら先触れも無くて失礼ですしね。ハンダさんの契約もあるだろうし」

 実は契約したのはハンダさんになっていたカバンシさんなんだけど、そこはそれ。


『リュックさん、悪いけど俺とカバちゃんに冷たい飲み物をもらえるか?……ありがてえ、冷てえ?』

 リュックさんが二人に2本ずつ、合計4本のミネラルウォーターの瓶を出してくれた。そうだ、私達も。


「リュックさん、リュックさんの中のリュックちゃん、あのコブのコップを出してくれる? あと何かおすすめを」

 了解です、でちゅ、とばかりに出してくれたのは、アイスティーだった。良い香り。アールグレイかな。


 ついでにリュックちゃんはナーハルテ様のお膝に。


「乾杯しま、しようか」

「はい、頂戴します」


 こん、と軽ーく打ち合わせて、二人で喉を潤した。


「中央冒険者ギルドと居酒屋カンザンと色々、また、必ず行きましょ、行こうね。あと、千斎さんが大書店に案内したいって言ってくれていたよ。予約できそうだって」

「楽しみなお誘い、ありがとうございます。あの高名な大書店は、予約は当然ですが、初回は推薦の方がおられないと伺えないのです。嬉しいお申し出です、だわ」


 あちらではバリバリ庶民の私に比べたら絶対難しい筈なのに、市井の話し方を試みてくれているのが嬉しい。


 私の為にだけではないだろうけど、少しはそうだと己惚れても良いと思う。


『『『そこは全部と』』』

 うわ、召喚トリオから総ツッコミ。


「フーン」

 うわ、インディゴも鼻息。


 多分これ、はっきりしなさい、って言ってるよね。


『まあ、仕方ありませんな。カバンシ殿、そろそろ向かわれますか?』

『ええ、茶色殿。お待ち下さい、少し大きくなります故』


 カバンシさんがインディゴと並ぶ位に大きくなってくれたので、カップや瓶なんかをリュックちゃんに収納して背中に背負ったナーハルテ様を私がよいしょ、とお乗せする。

 やっぱり羽の様な軽さと優雅さ。


『ナーハルテ様にくっつくと主様に悪いから、俺はカバちゃんの頭の上な』

 かわいい子鬼さん緑簾さん、ますます小さくなって、カバンシさんの頭の上に。

 ミニミニサイズだ。


『じゃあまたな。主様、俺の事、こういう配慮もできる男だって、機会があったら聖魔法大導師様あのお方に伝えてくれよ!』


 風を呼んで、カバンシさんが浮かび上がる。本当に、あっという間。


「では、ニケ様、皆様。お先に失礼いたします。この度は誠に良い経験をさせて頂きました」

『ナーハルテ様、筆頭公爵家の皆様方に良きご報告をなさって下さい』


「ヒーン!」

「こちらこそ、気をつけて。いつか、お宅にお招き頂けたらと思います」


『え、第三王子殿下? 気流に乗る前に言って下さらないと、そういうのは!』

『大丈夫だよカバちゃん、主様の伝言は俺がお伝えする!』


 あれ、また、言うタイミング間違えた?


『主殿、ご訪問をなさりたかったのであれば、先触れか手紙か、はたまた私にご依頼頂ければ宜しかったのではないでしょうか』

「フフーン」


 あ、そうか。


 いや、でもね?

 まだ王宮にも伺っていないし、やっぱり、婚約破棄権はまだ続行なのかな、とか色々気にしちゃうんですよ、元まぬけ王子殿下としては!


 ……あ、あちらのニッケル君、ごめんね!






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