88-馬上の私達

「ええと、ナー嬢、どうぞ」

 私は今、体を低くしてくれたインディゴの背の上にいます。


 単独騎竜だった筈なのに、どうしてこうなったかをご説明しますと。


 中央冒険者ギルドには、鉄階級等の子供達に小学部、中学部相当の学習内容を教えるという素晴らしいカリキュラムが存在するという。


 コヨミ王国の国民には当然の素晴らしい制度、義務教育。それに該当しない方達、つまりは移民の方や王国民申請通過待ちの方達のお子さんに向けての取り組みだ。


 コヨミ王国のギルドは中央冒険者ギルドに倣って、どこも似たような試みを行っているらしい。とても良いと思います。

 まあ、中央ほどとはいかないのかも知れないけれど、それでも、ですよね。


 因みに聖教会は高等部相当。現在本部に通うセレンさん然り。


 あとは休日に子供さんや事情があって文字や計算を履修できていない方々に向けてのものなども様々に、とのこと。


 こちらもまた素晴らしい取り組みです。さすがはコヨミ王国。


 あ、そうでした。現状は。


 その冒険者ギルドのカリキュラムに参加していた子供達が、中央冒険者ギルドの勉強室の窓からインディゴや寿右衛門さん、朱々さん達を見付けてしまったので、さあたいへん。

 子ども達の余りの興奮ぶりに、先生役の事務担当さん達では抑えられなくて。


 カンザンさん達も居酒屋関山から出てきて、インディゴや私達に近付き過ぎない様にしてくれている。

 先に外に出ていたギルドマスタースコレスさんも、皆に優しく言い聞かせていらした。


 そんな感じだったのだけれど、


「お姫様? 素敵!」

「魔馬さんだよね! 王子様、お姫様を乗せて! エスコートして!」

 結局、子供達に危険が無いように、逆にこちらが素直にかわいらしい要求に従った方がいいのでは、ということになりまして。


 朱々さんもこっそりと人型になって、美しい男装執事さんとして動いてくれています。


 黒の執事服、めちゃくちゃお似合いです。女児に囲まれてるけど、丁寧な対応が完璧。


 あ、カバンシさんはどうするのかな。


 ハンダさんと緑簾さんは得意の武闘派アピールで、やんちゃそうな子供達の視線を釘付けにしてくれている。ありがとうございます。


 演舞なのに真空波の衝撃で地面にぼこぼこと穴が開いているのはご愛嬌。


 千斎さんはどんな服装でも騎士様っぽいから、認識阻害で分室の騎士見習いさんの振りをしながら、巧い具合に私達が出発できる様にしてくれている。


『これで私が変化したら多くの子供が興奮状態になるでしょうから、後から出ます。先にお行きなさい。茶色殿がおられるから大丈夫でしょう。インディゴもおりますし』

『私は転移での移動でも構いません。ギルドマスター殿にお時間を頂けるそうなので仕事をいたします』


 カバンシさん、そうか、そうですね。

 凛々しい竜さん、子供達に人気が出るに決まってます。千斎さんはスコレスさんと話し合い。こちらは調査結果の職務遂行、ですね!


「は、はい。ニケ様。よろしくお願い申し上げます」


 ナーハルテ様を抱き込む形で、二人乗り。馬に慣れている女性は、女性向けとされる横乗りよりも安全な普通の乗り方で騎乗するのがコヨミ王国。


 インディゴもめちゃくちゃ優しい。

 かなり体勢を低くして乗りやすくしてくれているから、8本脚がたいへんそう。


『必要ならばインディゴに求められましたら私も身体補助魔法の手助けをいたしますから、ご安心を』

 さすがは寿右衛門さんだ。


 山脈の様にズウウン、と体を上げたインディゴに、わあ、という子供達の歓声。


 お姫様、きれい! 王子様、カッコいい! だって。


 後者はともかく、前者は多いに同感。できるなら私も一緒に叫びたい。


「ニケ様、わたく、私が姫というのは訂正するべき事項ではないでしょうか」

「あの子達にとってはお姫様なのだから、良いと思い、思うよ。まあ、わた、僕にとってはお姫様でも誰でも、どんな貴女も素敵に思えますが。では、出発しまし、しようか」


「は、はははい!」

 珍しい、うろたえナーハルテ様。

 かわいらしい。そもそも、お家柄的にはお姫様では、とは言いませんよ。そういう奥ゆかしさも素敵だから。


『いや、主殿……いえ、何も言いますまい』

 あれ、どうしたの寿右衛門さん。


 何かあったのかな、と思ったら、うおーい、という声。カンザンさんだ。


「王子殿下、これを!」

 ムキムキな腕から投げてくれた竹みたいな皮の包みを私の背中のリュックさんが自分から開いて、ナイスキャッチ!


 あ、リュックちゃんは、リュックさんの中に入っています。

 目的地に着くとか、落ち着いたら自分で出てくれるみたい。


「その魔馬なら着くまでに弁当食う暇も無いだろうけどな、握り飯!」

 嬉しい。ありがとうございます!


 あ、そうだ。もしかしたら。

 リュックさん、確かドライフルーツが入ってたよね。あれ、スコレスさんなら活用できないかな?


『面白いですね、では、私が。』

 良かった。

 特に何もなく平常運転なパタパタ寿右衛門さんがリュックさんから受け取ったのは、ブルーベリー、マンゴー、なつめなんかのドライフルーツ、紙袋入り。

 懐かしい。大豆もだけどこれも二人であちらで良く食べていたよね、お姉ちゃん。


 寿右衛門さんは無詠唱の転移魔法でドライフルーツをスコレスさんに手渡し。鮮やか。


「これはこれは。戻せる物は種に戻しまして育てさせて頂いてもよろしいでしょうか」

 どうぞどうぞ、さすがはスコレスさん。


 この世界にない(育たない)物はリュックさんの能力で出てこない筈だから、積極的に育てて下さい。


『では、そろそろ』


 寿右衛門さんの念話で、インディゴが一声、高く高くいななく。


 私はまだ、寿右衛門さん達みたいに魔馬インディゴとは念話で話せない。


 だけど、今だけは。


『参りますよ!』

 そんなインディゴの声が聞こえた気がしたのだった。






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