77-ニッケル君と私
「わあ、カバンシさんの盾姿、やっぱり格好いいですね! 人型も素敵だけど」
我ながら単純だとは思う。
でも、長身の逞しいイケメン(しかも知性派)が美しい宵闇色の盾に変化する様子なんて、見たいに決まってますよね!
ちなみに逆鱗という竜が絶対に触らせないとされる鱗は、中心部で唯一逆側に位置して、美しく輝いています。
ハンダさんの支配下(この呼び方はハンダさん的にはなし。あくまでも相棒)にあるので、普通に盾の一部と見なしていいらしい。
良かった。
『この状態でも会話はできます。ハンダ、どうだ? 魔力消費のみに特化する術式の二重掛けは』
「ああ? 最悪だ。王子殿下の助けになるから仕方なく、だ。カバンシ、お前もどうせ普段よりも魔力を巡らしてんだろ?」
ハンダさん、やっぱりいつもよりも動きづらいらしい。
それでも、指立て伏せをあっという間に100回くらいこなして、「やっぱり厳しいな。500回くらいは通しでいけるかと思ったのに。とりあえず、カバンシ、重さを確かめたいから来てくれ。あ、魔力で呼ぶのか」
面倒くせえな、と言いながら、ハンダさん、しっかり浮遊魔法を使いこなしている。
さっきの指立て伏せも、体力増強の補助魔法を掛けてから行ったのだろう。
使用していない魔力量、多分ものすごいな。
「確かに、セレンに何かしようとする連中は魔法でしか倒せないとかもあるだろうから、丁度いいかもな。どうすんだ、ジジイ? 王子殿下に茶色殿と緑ちゃんを呼んで頂くか?」
「いや、王子殿下には指輪とご自身の魔力のみで試合をして頂く」
指輪。
指輪って。あ、この時計か!
腕輪にもなってくれるから、目立たない時計としてかなり気に入ってるんだけど、黒に私の魔力を増やしたり、白にハンダさんに何かしてもらう感じかな。
あ、パタパタしてる。
最初の印象こそ悪い指輪、って感じだったけど、もしかしたら他の指輪もリュックさんの指導があれば直してあげられるのかな。
結局、この指輪の元になった魔道具達も悪意を持った誰かに利用されてるんだもんね。
まあ、だからこそ私は嫌われていたんだけど。
あれ、ちょっと、震え?
リュックさんの教育的指導、相当だったんだね。
でも、今は割と楽しい? どう?
あ、揺れががパタパタになった。よかった。
「ええと、黒が私の魔力体力増強。白が相手の思考を操る……」
「ああ、王子殿下、こちらを。儂の手製のハーブティーです。カップも浄化いたしましたから、これをお飲み頂いて、落ち着かれましたら始めましょう」
『スコレス殿、念の為一滴、私に』
「おお、そうじゃな」
『……間違いございません。どうぞ、殿下』
あ、ギルドマスタースコレスさんの滋養強壮ハーブティー。
カバンシさん、毒味? ありがとう。
確認してもらったし、明らかにおいしい雰囲気なので、一息に飲んでしまった。
やや冷たい、今飲みたい温度。この調整魔法、すごく繊細だ。
スコレスさん、やっぱり魔法の匠さんだ。
ハーブティーはすっきりしているのに甘味もあって、香りが何て言うか、自然のいいとこ取りみたいな、体がこれを飲んでくれてありがとう、ってお礼を言ってくれそうな感じ。
カップが木のコブなのもいいよね。
「ありがとうございます。何だか体にお礼を言われてるみたいなおいしさで。あ、私もカップを浄化しますね」
……浄化魔法、本当に便利。
何でもかんでも浄化、とか無茶な事は出来ない所も好き。
必要な所に必要な分だけ、みたいな魔法です。
「ジジイが、
『ああ。盾に吸収させて頂いて私も頂戴した。お陰で、人型変化の修行が早く進んだと思う。今も、確認させて頂いた一滴で、魔力と気力が甚だしい』
そんなお二人のやり取りが聞こえた。
え、このハーブティーそんなすごいもの?
確かに、飲んだ時から体が少しずつ、全身が呼吸しているみたいになってるけど。
「まず、手を開いて。ご自身の、年月を確認しなされ」
手の平。としつき。
あ、これ、剣ダコ? の跡だ。
そのまた後に皮ができて、意外とごつごつしている。
すごいなスコレスさんのハーブティーパワー。手の平の痛みとかは無しで、修行の足跡だけを出現させたんだ。
「ニッケル君、認識阻害掛けてた? あ、違う。治癒魔法だ」
「王族らしからぬ魔力の少なさ。それを補う為の体力増強ならば研鑽の成果が出ますから。治癒魔法は王宮の治癒担当が行ったものでしょう。殿下は王宮に暮らしておられましたから」
千斎さん、殿下は、って。
スコレスさんとハンダさんはまだご存知ないのに。
いや、私もニッケル君て言っちゃったのに誰もツッコまないし。
多分、カバンシさんは竜さん達の情報網とかか何かでご存知なんじゃないかな、って気がするけど。
私と話す時、たまにだけど言外にコヨミさんを敬うオーラが出てるんだよね。
……ん? でもこの雰囲気。
スコレスさんも委細承知なの……かな?
私も寿右衛門さんに指導を受けて基礎鍛錬はできるだけ続けていたけれど、体が動く事に慣れていた。
ニッケル君、ものすごく頑張ったんだよね。緑簾さんを呼ぶ事ができたのも、ニッケル君の魔力量だといくらセレンさんに聖補助魔法を掛けてもらってもあり得ないって、寿右衛門さんも言ってた。
そうだ、緑簾さんは数少ないニッケル君の能力を買っている精霊獣さんだった。
もういいや、スコレスさんはご存知! そう決めた!
「スコレスさん、何となくだけど分かりました。私の力だけではなくて、ニッケル君の力もきちんと理解して、自分の魔力を馴染ませたら、ちゃんと魔法を使える様になれるんですよね」
「そういうことです。八の街のレベル食い討伐と地竜の体内の邪な魔力浄化並びに土地の生き物の浄化の件、儂の耳にも入っておりますよ。魔力がない世界からいらした貴方はまだ魔力に馴染んでおられない。だからこそ、使い方が分かる様になれば素晴らしい魔法の使い手になられますよ」
『ハンダとの試合はその練習となるでしょう。命のやり取りになる様な事はありませんから、安心なさって下さい。もしもの際には私が盾となりましょう』
「お前、どっちの味方だよ!」
ハンダさん、顔が笑ってる。
ていうか、スコレスさん、魔力がない世界からって言っちゃってるし。
やっぱりご存知でしたか。
あとカバンシさん、普通に念話で言葉を返してるし。
ハンダさんには異世界を彷彿とさせる内容は聞こえていないみたい。
スコレスさんか千斎さんの音声の遮断魔法か認識阻害魔法かな。
「王子殿下、良い形で力が抜けましたね。それでは、私、千斎・フォン・クリプトンが王国騎士団魔法隊
「それでは、コヨミ王国中央冒険者ギルド、ギルドマスタースコレス。エルフの叡智を持って、銀階級試験の監督をいたそうぞ」
あー、やっぱり。
隊長さんかあ、千斎さん。
何だかそういう感じだもの。
しかも、大将さんから上級大将さんへの昇進を自分だけが拒んでる、とかじゃないかな。
とりあえず、ニッケル君、力を借りて……じゃない。
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