76-邪竜だった頃の俺とカバンシの私

『早く逃げて、竜さん!』


 精霊達が、俺に早く逃げろと叫ぶ。


 どうやら、年貢の納め時の様だ。


 この森の資源や精霊達を私欲の為に使おうと画策する連中(命は残した)だけでなく、普通に食物や毛皮や森の恵みを得る為だけに森に入った人間達、傷付けたくはなかった者達を軽傷とは言え害してしまっていたから、邪竜と呼ばれる事も仕方ないとは思っていた。


 しかし、俺がいなくなったら、この森はどうなるだろう。

 生活の為に入る人間達だけなら良いが、心根の卑しい奴らに良いようにされてしまったら。


「おいおい、精霊にかばわれてんのか? お前、本当に邪竜?」


 人にしては高い背丈と、年は若いがかなりの技量を持つのが一目で分かる男だった。


 こいつ、今までの連中とは違う。

 殺さずに帰せるか、自信が持てないのは初めてだ。

 それに、あの言葉。まさか、精霊眼持ちなのか?


「いや、精霊の気配が感じられるだけで、精霊眼? 精霊を見られる目、か。そんなもん、持ってねえよ。お前の周りに精霊達が浮いてて、お前の事を心配してるってのが何となく分かるだけだ」


 駄目だ。

 かなりの魔力があるのに尋常ではない体力で戦う人族だ。


 分が悪い。

 こいつを殺さないと、俺が殺される。

 ただ、希望はあるのかも知れない。話せば分かる奴なのかも? という気配がある。


 今も、見えないくせに精霊に向かって、

「危ねえから奥に行ってろ!」と怒鳴りつけているくらいだからな。


 こんな冒険者、初めてだ。


 そもそも、竜族としては名前も頂けず、色の名前も名乗れない若輩者の俺が、誤って決して近寄ってはならないと言われていた土地の上を飛んでしまった事が発端だった。


 恥ずかしい話だが、何故かが全く分からない。飛行は飛竜の里でも上の竜だったのだが。


 近寄ってはならないと言われたそこは、竜族にも偉人と伝わる異世界の人、コヨミ王国初代国王陛下達によって成敗された人間達の墓地、禁地だ。

 何度も何度も浄化は行われてはいるが、邪な気は残るので、せめて皮膚の色が名乗れる年になった竜族しか近寄ってはならないと厳しく言われていた場所。

 理由が分からない、うっかりでは済まない。


 俺は体を休める為に、離れた森を選んだ。


 幸い、そこに暮らす精霊や生き物達は俺を迎え入れてくれた。


 そして数十年が過ぎ、魔石等、採掘可能な資源が豊富なこの森を侵略しようとする人間達が現れ、俺がそれを倒すという事が繰り返され、その内に俺は悪竜という事になってしまった。


 しかしそれでも、普通に暮らす森の近く民達の事を傷つけていない間は、何とかなっていたのだ。

 だが、俺の体に入った邪な人間達の気が俺を蝕み、終いには一般の民達まで傷つける様になってしまった。


 そして100年が経つ頃、俺は邪竜と呼ばれるようになった。


 生き物達や精霊達に守られながら、何とか冒険者達を追い払う事ができてはいたが、今回は厳しい。


 ただ、こいつなら。

 俺の代わりに生き物達や精霊達を守ってくれるのではないだろうかと思えたのだ。


 俺が全てをそのまま話すと、そいつは、

「分かった。分かったけど、悪いのはお前じゃねえのに、何とかならねえのかなあ」と、首をかしげた。


 へんな奴だ。

 お前は邪竜討伐を命じられたのではないかと聞いたら、


「いや、そうなんだけど、この近くの村の人達は、お前に怪我させられた奴もいる事はいるけれど軽傷だし、何か事情があるんだろうって。お前は何とか逃がそうとしてくれてたって、怪我した本人とか家族とかも言ってたぜ。むしろ、悪徳領主を成敗して猛獣はやっつけてくれていた昔の良い竜に戻ってくれたら嬉しいとさ。お前、地元では守り竜って呼ばれてんだぞ」

『そうなのか?』


「お、念話もできんだな。でな、俺が来たのも、冒険者ギルドの新米がこの辺の出身で、俺なら何とかしてくれんじゃねえかって泣きつかれてさ。邪竜って呼んでんの、ろくでもねえ金持ち連中だけだよ。そいつらが金積んでギルドに依頼出しまくるから金目当ての奴らが挑んじゃあ負けてるんだろ? よく殺さないでいてくれたなあ。難しかったろう?」


 守り竜。

 そうか。それはありがたい。それならば。


「おい、ちょっと待てや。守り竜として俺に後を託してとか思ってねえかあ?」


 やっぱりこいつ、読心術でも使えるのか?


 俺が何とか冒険者を殺さない様にしていたのもばれているし。


「読心術なんて使えねえ! お前が強いのは分かる! 俺なら何とかか何とかならねえ位だ! とりあえず、邪竜は成敗して、お前を生かす方法を考えろ! ろくでもねえ金持ち連中は後から何とかするから! 精霊達も、なんか考えろ! いや、考えてくれ、下さい、か? よしこれだなやっぱ。考えてくれ!」


 何だこいつ。

 何とかして、って。


 この森に入って来る奴らの上には裏で糸を引いている貴族連中もいるのに。


 ……ついには精霊達も一緒に考え始めた。本当に変な奴だ。


 だったら、こいつになら。


 あれを預けてみるか。駄目なら駄目で、それでも。


「今からお前に大切な話をする……」


 俺はこいつに、全てを託す事にした。

逆鱗げきりん、即ち竜が触れられる事を許さない箇所。その部位、逆さに生えた顎の下の1枚の鱗も含めて全ての鱗をお前に預ける。俺はそのあとで体に残る自分の魔力のほとんどを使って分体を作り、最後の力で自分自身に睡眠魔法を掛けるから、81の鱗全てと良い部分の皮を取れ。それで盾を作り、お前が名付けた俺の名前を呼べ。この儀式が成功したら俺はお前の召喚獣になる事ができる。勿論、分体でもこの森位は守れる。むしろ、俺がいなくなるから精霊達に従い、悪しき者達だけを退治するだろう。大丈夫だよな。お前がそうしてくれるのだろう?」


 そう言ったら、こいつは笑った。


 本当はまだまだ俺は竜族としては名乗りは許されない。


 しかし、誇り高き竜族が本当に認めた相手から名をもらう事は特別に許された行いだ。


 その代わり、長い竜の生涯ただ一度きり。二度目はない。それ程の気高い儀式なのだ。


「よし、その儀式、絶対成功させる。俺はハンダ-カーボンだ。寝る前に覚えろ。あと、鱗の時に目が覚めても暴れんなよ? 逆鱗て、触ったら怒りまくるやつだろう?」


「分かった、約束しよう。竜族は約束は守る」


 俺は誓った。大丈夫。

 お前の竜になれば、逆鱗すらお前の支配下だ。

 勿論、支配なんて気はさらさらないだろうが。

 それを言ったら、「馬鹿、相棒だ!」と返された。 


 馬鹿、と言われたのは生まれて初めてだった。


 それからハンダは竜が邪竜になった理由と近隣の連中の悪事を全て王都の法務局に届け、村々の警備の依頼と共に鱗全てと良い部分の皮以外は魔道具開発局に届けた。


 案の定、逆鱗はよこせと他の幾つかの局からは言われたらしいが、精霊王様の直参の高位精霊獣殿が間に入って下さり事なきを得た。


 医療局等の助力も頂けた様だった。

 法務大臣殿は金階級最年少取得者とは言え平民の冒険者がかき集めた証拠を精査して厳正に対処して下さり、魔道具開発局は局長殿を中心に、竜以外の生き物にも役立つ研究を進めていってくれた。


 騎士団は分室の巡回警備を増やしてくれた。俺の分体も、治安維持の為として許可してもらえた。


 あの森は、真の意味で守られたのだ。


 邪竜斬りの称号には釈然としないが仕方なく(俺もうつらうつらではあったが逆鱗の状態で説得した)、という感じで勲章も頂戴し、さすがに叙爵からは逃げたあいつを許して下さった王宮の懐の広さに二人で感服して、ハンダ馴染みのドワーフの武器防具店で俺を盾にしてもらい、その後また逃げていたら、偶然、大きな隕石が落ちると予測されていた村まで逃げていた。


 そう言えば、今はこの先の村には行くな!と騎士団の分室の連中に途中で止められたなあ、と呑気に言うハンダが妙に落ち着いていた。


「なあ、隕石ってでけえかなあ」

 多分大きいから村人を避難させているのだろう、と返したら俺よりも速い大きな物が落ちてくるのが分かった。

「でけえなあ。でも俺達なら壊せそうだな!」


 馬鹿だなあ、こいつは。

 でも、面白い。こいつとなら、生きていたい。


 俺がそんな風に思う様になるなんて。


 何とか生き延びたハンダは隕石を破壊した事による瀕死の状態を救ってくれた医師殿に恋をして、座学は苦手なのに猛勉強して薬師の資格を取り、求婚をして受けてもらう事ができた。


 人間としてはあり得ない速度で回復したハンダは隕石破壊の功績でダイヤモンド階級という現役最高の階級に昇級する事がほぼ決定していたが、無理矢理引退、金階級返上をしようとして、返上は認められず、引退も現役復帰可能な引退とさせられた。


 その後、医師の奥方、小さな診療所、愛娘のセレンお嬢とたまに人型になる俺達は、地味ではあるが幸せに生活していた。


 しかし、愛娘が聖魔力持ち、しかもかなりの規模、ということが分かり、王立学院高等部に編入、聖教会本部にも通うという事態が生じ、それがハンダと俺をまた騒がしい日々に戻させた。


 人型で、私という人称を使い、カバンシという名前とあいつにそっくりな姿(周りには賢いあいつと言われる)をして、セレンお嬢に敵意を抱いた馬鹿貴族に雇われた冒険者崩れを一蹴したりしていたら、魂の転生をされてこの国の第三王子殿下となられたコヨミ様の末裔殿とも知り合えた。


 俺は竜族の繋がりでこの事を知っているが、ハンダは末裔殿の事はまだきちんと知らされる立場にはない。


 然しながら、天性の感覚で第三王子殿下の魂が代わられた事を理解している。相変わらず面白い奴だ。


 こいつの今の悩みは恐らく、セレンお嬢に婚約者が必要かも知れない、という事だろう。聖女信仰が厚い国、そこに敵対する国、もしかしたら我が国に潜む悪意のある奴等。

 そんな連中から娘を守る手立ては多いに越した事はない。

 俺にどうだと言ったが、セレンお嬢、セレンは家族だ。あり得ない。


 そうだ、前にセレンに「カバンシ兄ちゃんはお父さんにそっくりなのにかっこいいんだから、その人見知りを直した方がモテるよ?」

 こう言われたが、正しくはハンダ達家族以外に話をしたいと思う事が少なかっただけだ。


 人見知りは装っていただけ。


 ただ、その考えも改めつつある。


 こいつになら殺されてもいい。

 そう思った奴に生かされて、面白いハンダだけではなく色々な人や獣や精霊や精霊獣殿達を知った。


 いつか、偉大な竜族、王立学院の学院長を務めておられる賢き方にもお会い出来るかも知れない。


 竜族から見たら人の世は短い。


 しかし、だからこそ色々なものに出会える今のカバンシの生活を、邪竜おれは気に入っている。


 色々と言えば、ハンダと内面がそっくりな第三王子殿下の高位精霊獣殿(なのだが威厳に欠ける)にまでセレンの婚約者にならないかと声を掛けて、妹みたいだから、と言われていた。

 あいつは本当に、どれだけ周りから婚約者を選びたいのだろう。


 剣を持たないハンダこいつが第三王子殿下に腕を捧げたので、俺も盾として我が身を捧げた。


 そして俺達は今、ハンダがかつて属し、晴れて復帰を果たし、ギルドマスター殿に試合で敗れた為にダイヤモンド階級昇級が決定した中央冒険者ギルドで一緒に第三王子殿下の銀階級試験と王立学院高等部編入学試験の試験監督をしている。


 銀階級試験はともかく、編入試験の方はご存じない件であったらしく、滅多に魔力を使用しないハンダが魔力のみで第三王子殿下と戦うという特殊な試験内容にもかなり戸惑っておられる。


 ご安心下さい、第三王子殿下。


 ギルドマスタースコレス殿、王国騎士団魔法隊大将千斎殿が縛りの術式を二重掛けにした上に、私が盾に戻りますから、御身にご不安はございません。


 あとは、二人がどの様な魔法で試合をされるか、それを最も近い場所で楽しませて頂きます。


「さあ、第三王子殿下、私も盾に戻りますよ。変化の様子をご覧になりたいでしょう?」

「あ、見たいです! あと、気になっていたんですが、カバンシさんの逆鱗、守られている形でしたが見えてますし触れられますよね。大丈夫なんですか?」


 先ほど、銀階級試験と学院選抜クラス編入試験が同時、その上相手がハンダと聞いて困惑されていたのに。


 この方は好奇心がすごい。

 この好奇心と筆頭公爵令嬢様への感情で、異世界まで魂となって飛んでいらしたのだろうか。


 勿論、この世界の『気』を整えるという崇高な使命はご存知だったのだが。


 全く、ハンダ程面白い奴はいないと思っていたのに。


 私の楽しい日々は、まだまだ続く様だ。

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