67-魔馬さんと私

「うわあ、魔馬車の魔馬さんて大きいんだねえ」

 しまった、初めて馬を見た子供みたいな事を言ってしまった。王子様なのに。


『このものも、主殿を初めてお乗せする栄誉を嬉しく存じておりますでしょう』

 いやだから寿右衛門さん、貴方私の事好きすぎ。


 ……でもまあ、ありがとう。

 それにしても、魔馬さんはかわいい。


 コヨミ王国一の大冒険者ギルドでもある二の都市の中央冒険者ギルドまでは学院や騎士団官舎がある地区からは馬車だと半日。魔馬さんならその3分の1位。

 昼前の今からだったら、夕方前に十分着ける。

 帰りは転移魔法でも転移陣でも、夜でも魔馬さんなら問題なく走れるし、何なら宿泊も可能だって。


 藍色の毛並みが綺麗で、馬特有の格好良さに神秘的な雰囲気が足されていて、脚が4本じゃなくて8本な所も魔馬!って感じでいい。


 あ、勿論普通の馬さんにも乗ってみたい。ニッケル君は運動神経がかなり良かったらしく、難なく騎乗していた記憶がある。

 早く確かめたいけど、とりあえず今日は、安全第一。


「では、王子殿下をお乗せして」

 

 千斎さんが魔馬さんに言うと、自分から脚を曲げて体勢を低くしてくれた。これなら私、またぐだけ。

 その後ろに千斎さんが乗ってくれて、魔馬さんの頭の上に寿右衛門さん。リュックさんは魔馬さんの後ろに括り付けられた荷物置き場に。

 

 ナーハルテ様はハンダさんと一緒にカバンシさんに乗って行くから現地待ち合わせ。


 竜に騎乗するナーハルテ様、見たかった。カバンシさん、大きさもある程度は自由自在なんだって。本人曰く、


「人型の方が大きさの調整に気を遣いますね」だって。


「それでは、出かけましょう」

 

 千斎さん、騎士団魔法隊の準正装、マント付きだから、いつもよりも更に出来るお方の雰囲気。表情は柔らかいんだけどね。


 そしていかにも、な魔法隊の魔馬さんに乗って冒険者ギルドへ抜き打ち視察にという訳です。

 場合によっては認識阻害魔法も使って、普段の様子も評価されるおつもりらしい。


 貴重な魔馬さんを借りてしまって良いんですかと聞いたら、


「大将閣下が率先して図書室以外の仕事をされるのは珍しいので、是非! しかも、今をときめく第三王子殿下とそのご婚約者様筆頭公爵令嬢様までいらっしゃるとは! 近衛隊の連中のはがみが聞こえるようです!」

 と、魔法隊厩舎担当の方にむしろありがたがられてしまった。


 私はともかくナーハルテ様は常にときめいてるよね、うん。

 まあ私も一応ときめく存在という事で。


 あと千斎さん、やっぱり騎士団魔法隊のお仕事より図書室の主をしている方が比重が多かったんですね。


 そうそう、私の服。昔の士官学校生の制服なのです。

 今朝、カバンシさんが去った後、時間が少しあるからと騎士舎の倉庫を千斎さんに見学させてもらった時に聞いてみたら頂けてしまった。

 動き易くて作業しやすそうでお気に入り。


 大学の准教授秘書だった時、見学に着ていた高専、高等専門学校の子達の制服にも少し似てて、中の襟付きシャツの白さも良い。

 その上に黒のセーター。カシミヤみたいな肌触りの上等なもの。

 そしてブレザータイプの上着とパンツは綺麗な白。縁取りは薄い水色。爽やか。


「よろしければまた何着か差し上げますよ」

 と言って頂けたのでお言葉に甘えようかなとも思ったけど、リュックさんが任せて!をしていたから多分予備を作ってくれるつもりだと思う。


 あ、対価はいらないと言われてしまった。

 第三王子殿下のご成長を楽しませて頂いております、だって。


「上手く乗っておられますね。体の比重がよろしいです。これならば休憩がいらぬかも知れません」

 支えてくれている千斎さんの声。


 そうなの? 嬉しい。

 魔馬さんが超初心者に優しいのかも知れないけれど、良くバランスボールに乗っていたのが良かったのかも。

 あとは勿論、ニッケル君の運動神経。ありがとう攻略対象者。


 ヒロインとの乗馬シーン、決まってたよ。でも実は追加ディスクのライオネア様が圧倒的だったけれども。


「早く着きましたね。ほら、あちらです」


 え、想像以上に早い!


 視界に入るのは、二の都市の端、三の工業区にも近い場所にある中央冒険者ギルド。

 かなり大きな二階建て。

 二階に張り出し部分があるのは床下から一階の敵を攻撃する為らしい。(騎士団官舎図書室所蔵『建築-防衛について』より)


 石造の基礎にはきちんと害のある魔物除けの魔石を使っていた。

 その上に組まれた建物全体のレンガにも魔法防御と物理防御の二種の防御魔法。

 魔石と魔法が反発し合わない様にもされている。いい建築物ですね。


『『王子殿下、たいへんによくおできになられました』』

 千斎さんと寿右衛門さん。ありがとうございます。


 中央冒険者ギルドから認識されないぎりぎりで停止して、認識阻害魔法を千斎さんがご自身と魔馬さんとに掛ける。


 元々目立ちそうなこの一行が移動中に周囲から騒がれなかったのは、寿右衛門さんが最初から認識阻害をしていたから。


 道中の私達はちょっと良いところのお家の学生さんと鳥さん、お付きの騎士さんとお馬さん、リュックさんに見えていた筈だ。


 冒険者ギルド内では私と寿右衛門さんはそのまま第三王子殿下と伝令鳥さんで良いのだけれど、千斎さんと魔馬さんは視察なので正体はまだ秘密。そういう意味での認識阻害なのでした。


「私にはちゃーんと素敵な藍色に見えているからね、インディゴさん」 


 栗毛色(も綺麗だよ!)の一般のお馬さんの魔馬さんの姿も見えてはいるんだけど、何というか、正体が分かっている私達には着ぐるみと中身、みたいに見えているのだ。

 勿論、千斎さんもそんな感じ。一般騎士服の中に準正装の高官さん。


 あ、思わず名前呼びしたけど、私魔馬さんの名前知らないのに! 

 しかも、天然染料の藍染めと化学染料のインディゴ染めならこの魔馬さんは天然馬さん、前者なのに! 


 でも、インディゴ染め独特の色合いの良さってあるよね? 均一の美しさ。その藍色なの、この魔馬さんは! でも、ごめんなさい、かな? だよね!


「ごめんなさい、勝手に呼んでしまって」


『いいえ、主殿、このものは喜んでおります。色を褒められました事も、無論、名を頂きました事も』

 え。


「ありがとうございます、第三王子殿下。この魔馬は使命には忠実で優秀なのですが、名付けを嫌がっておりまして。良かったなあ、名無しよ。120年待った甲斐があるなあ」


 120年。

 魔馬さん、軽く肯き。

 寿右衛門さんも千斎さんもうんうん。そうか、皆さんには割と普通の待ち時間(?)なんですねえ。


「おーい、良く来てくれたな!」

 遠くから声が。


 あ、ハンダさん。良かった。ナーハルテ様も! 

 多分カバンシさんはうんうん、の方だから。


 120年を長い、と感じる人がいてくれると私的に安心感があるのだ。


 尤も、ナーハルテ様にはいつでもお会いしたいのですが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る