65-ナーハルテ様と僕

「お久しぶりです、コッパー侯爵令息。よろしければあちらでお話を。ライオネア様もおりますので」


 有難い、本当に有難い。

 元々がお美しい方だが、今日は本当に後光が見える様だ。


「ありがとうございます、ナーハルテ筆頭公爵令嬢。ご令嬢方、もう良いだろうか。婚約者に呼ばれているので」

 さすがに、この状況で粘りを見せてくる貴族階級はいない、と思いたい。


「は、はい。勿論です。それでは失礼いたします、ナーハルテ筆頭公爵令嬢様、コッパー侯爵令息様」


「この様な事は多いのですか?」


 女生徒達が逃げるように去った後、ナーハルテ様が僕に転移陣を持つ様に促された。


「はい、実は恥ずかしながら剣術大会後から増えまして……。第三王子殿下が断罪を為されてからは、ますます増えました。失礼して、持たせて頂きます」

 陣の座標は恐らく、ライオネアとの待ち合わせ場所だろう。


 匿って下さるおつもりなのだ。重ね重ね有難い。


 簡易転移陣の逆側を持たせてもらい、微力ながら僕も魔力を流して共に移動させて頂いたら、そこは学院内でもかなり端の、でもきちんと整えられた東屋だった。


 これでも一応騎士団副団長令息なので、もしもの時に要人を送るべき学院内の場所は地図上では把握している。


 それにしても、まだ八の街から戻られて間もないというのに、第三王子殿下もこの方も、実にきびきびと活動しておられる。


「君の転移陣に座標を入れておくといい。逃げるのにここはいい場所だよ」


 転移して着いた先には、相変わらず、自然な言葉と姿勢の所作一つ一つが格好良い今のところは僕の婚約者である人物、ライオネア・フォン・ゴールド公爵令嬢がいた。

 王国騎士団団長のご令嬢。凛々しく強いこの人に、少しでも引け目を感じていた昔の己を恥じたい。

 そうそう、僕はスズオミ・フォン・コッパー。侯爵令息で、王国騎士団副団長の息子でもある。


 異世界から魂の転生をされた(事は勿論秘匿事項だが、この面々であれば話題にできる)ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ第三王子殿下の隠されていた有能さが表に出始め、その側近候補たる僕も、実はさぞや……と、婚約者を持たない女生徒からあの様にまとわりつかれる事が増えてきた。


 剣術大会でライオネアに決勝で敗れた後も少しはこんな事があったが、それよりも多い。

 他の友人達は婚約者との関係が中々上手くいっており、この様な事はないらしい。


 前のように僕達がセレンに、またはその逆、というよりは平民差別の断罪の為に内々に協力していたのが彼女であるという理解(良い方向の誤解)をしてくれている向きもあり、聖女候補セレン-コバルトは編入当初に比べれば真逆と言っていい程学院に受け入れられている。


 ただ、復学後は聖教会本部での講義が増えていて、元々編入試験の為の自主登校も許されるこの時期、会う機会が減ってしまい、正直寂しい気持ちはある。

 ただ、これはあくまでも僕だけが感じている事だ。


 話を戻すと、渦中のお方、第三王子殿下ご自身は地方の八の街にご婚約者ナーハルテ・フォン・プラティウム筆頭公爵令嬢様と赴かれ、そして更に殿下ご本人が説得し途中から帯同して頂いた聖魔法大導師様の聖魔法による悪しき魔力に満ちた土地の浄化魔法を補助され、引退を決め込んでいた元邪竜斬りのカーボン殿(現在はハンダ-カーボン殿。セレンのお父君!)に現役復帰を決意させ、召喚大会で事故召喚をしてしまった鬼属の高位精霊獣殿に本来のお姿で召喚獣として仕えて頂けるまでになられたという。

 どれを取っても逸話である。


 とまあ、かつてのまぬけ王子は深遠なる演技であられたのだ、筆頭公爵御家そしてナーハルテ筆頭公爵令嬢様はご婚約者のお力をご存じだったに違いない、等と言い出す者達が現れる程、現在のニッケル様のご活躍は華々しい。

 ぜひ王位継承権を、等と画策する者が現れない(または潜んでいる)のは、聖魔法大導師様と王立学院学院長先生という超大物が目を光らせておられるからだ。


「今は、第三王子殿下は騎士団の特級騎士舎と聖教会本部の準々貴賓室をどちらもお使いになっていらっしゃるのだったね」

 ライオネアが聞く。


 今の第三王子殿下の正体を彼女も知っているので、冗談でもまぬけ王子などとは言わない。

 ちなみに準々貴賓室なのは傍仕えを置かなくても良いからだ。


「そうです。どちらの所蔵物にもご興味がおありで。図書室の主様に禁書庫入室のご許可を頂けましたそうで、さすがは第三王子殿下マトイ様とわたくしも誇らしく思っております」

 図書室の主様の許可。


 図書室の主とは騎士団魔法隊の大将クリプトン閣下の別名だ。

 コヨミ王国の全ての禁書庫の鍵を持つと言われるお方で、そのご許可は学院の先生方でも殆ど頂けていないもの。


 学院長先生、王宮の召喚士でもあられる召喚の先生……それ位しか思い浮かばない。

 王家の方でもその都度、許可を求める必要(しかも閣下には拒否権がおありだ)があった筈。


 第三王子殿下は何を目指すおつもりなのだろう?


『おちゅもり、て、あなたも、べにちゃんのきゃぷてんにおいちゅきまちぇんと』


 え、何、なんなんだ。

「すみません、コッパー侯爵令息。わたくしの召喚獣の血統のヒヨコのものです。ライオネアとのお茶ですから、よろしいかと思いまして」


「自分が会いたいと言ったんだよ。セレン嬢の召喚獣のヒヨコちゃんがとても可愛らしかったから。スズオミ、君の所には来てくれなかったかい?」

 ああ、あの朱色に赤色が混じったヒヨコの鳥の召喚獣。紅ちゃんと言うのか。


 確かに、

『はじめまちて。べにちゃんとよんでくだちゃい! セレンキャプテンからの伝令でちゅ!』

 と言っていたなあ。


 2メートル超えのあの体躯からは信じられないと言う方もおられるだろうが、あれでかわいい生き物に目がない父上がマジックバッグから高級フード(かわいらしい獣に出会えた時用だ)をたくさん出して、目尻を下げながら、


「お土産だよ。ご苦労様」

 と優しく接していたなあ。


 あの鳥の精霊獣は慣れているのか父におびえもせず、

『ありがとうございまちゅ、きしだんふくだんちょうちゃま! ごれいそくもはげんでくだちゃいね!』

 とやってくれたから、興奮した父が「聖女候補殿と婚約できたらあのかわいらしい鳥ちゃんが付いてきてくれるのか! よし、特訓特訓! 俺も金ちゃん(団長の金紅きんこう様の事)と戦って生き残るぞ!」と、特訓メニューが増えたんだよな。


 まあ、編入試験勉強も大事だからというカリキュラムにしてくれているけれど。

 そう言えば、今の第三王子殿下の伝令鳥殿も小さくて茶色くて愛らしい方だが、あちらは相当の高位精霊獣殿だから父上も安易には可愛がれなかったのだろう。


「いや、来てくれたよ」

 セレンからの伝令鳥、嬉しかった。

 しかし。


『無事にまたクラスメートになれました! よろしくね! あとライオネア様にライオネア様とお呼びして良いと許可を頂いたの! ナーハルテ様はあたしの事セレン様って呼んで下さって! もう、今の第三王子殿下最高だよ! 友達の騎士候補様、スズオミ君だからお話したんだよ、秘密だからね!』以上。


 会いたかった、寂しかったを少しでも期待した僕が悪いのだが。


 あの鳥は、さすがに伝令鳥なだけあって伝言は流暢だった。その流暢さのせいで、友達、という言葉が更に響いた。


「そうそう、お二人の聖魔法大武道場での対決だが、さすがに第三王子殿下が戻られるまでとはいかなくて、君達の選抜クラス編入試験を終えてからの日程を抑えて頂けた様だ。そして、我々の試合も行っても良いがと父上が言われていた。どうする? 聖魔法大導師様が許可を取って下さるそうだ」


「いや、どうすると言われても。それまでに僕は君との真剣勝負に耐えられる様にならないといけないのか?」

「まあ、そうなるかな」


「皆様、様々な事に挑んでおられますのね。わたくしも取り急ぎ、冒険者ギルドに赴き、銅階級から銀階級への昇級をお願いしたいと考えております。それから、召喚士の試験も受験したいです」


「さすがだね、ナーハルテ。素晴らしい向上心だ。スズオミ、君もセレン嬢との婚約に向けて、婚約者じぶんと戦い、婚約解消を勝ち取るべきだよ。聖魔力が卓越している彼女には、婚約を申し込む者が現れないとも限らないぞ?」


 ライオネアがマジックバッグからカップとソーサーを出し、ポットから紅茶を自ら注いでくれた。

 獅子の透かし彫りが美しい、ゴールド家の茶器だ。


 コーヒーもありますが、とナーハルテ様が言って下さったがこれで十分だ。

 香りが素晴らしい。多分、味も良いのだろう。

 だが、正直よく分からない。


 セレンの婚約の可能性!

 そうだ。わざわざ第三王子殿下とナーハルテ様が説得に向かわれての復学。

 その意味を多角的に考えていなかった自分は、まだまだ修行が足りない。


 味の分からない紅茶を頂きながら、僕は再度、こちらに破棄権のない婚約の解消を、父同士、当人同士の決闘のみで済ませて下さるゴールド公爵家の懐の広さに思いを巡らせていた。


 やはり、父との特訓メニューをありがたくお受けするべきなのだろう。


 ただ、あの父の場合、天下に名高い聖魔法大武道場で、金紅・フォン・ゴールド騎士団団長閣下と純粋な勝負ができる事が楽しみで仕方がない様にも思えるのだが、それはそれ、これはこれ、なのだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る